第四十九話『トロイアの木馬』
自動化ラインが吐き出し続ける、アルコールの山。
「夏至の夜会」に必要な百個はもはや完成している。
勝利の空気の中で、ギデオンの絶叫が響き渡った。
「…産業革命は成功した!弾丸は有り余るほどある!…だが肝心の戦略がない!…どうやって夜会をハックするんだ!?」
そのCFOの悲痛な叫びを受け、ゼニスはこの狂ったチームを、戦略会議のために招集した。
・・・
代理看守長室(CEOルーム)。
議事録係として、マルコはその地獄の会議に参加させられていた。
戦場は夏至の夜会。議題は旧体制の破壊。
ゼニスが問う。「…弾丸はできた。…どう撃ち込む?」
この言葉を皮切りに、狂人たちのプレゼンテーションが始まった。
【ボルカス(調達部門長)の主張】
「(自信満々)…簡単だ、ゼニス!あの燃える水の原液を、樽ごと持ち込む!…戦略なんぞまだるっこしい!あの、喉が焼ける衝撃で、貴族どもを黙らせるんだ!」
「(ギデオン:こいつはまだ『酒屋』の発想から抜けていない…!)」
【ロイド(工場長)の主張】
「(不機嫌)…違うなボルカス。…見せるべきは俺が鋳造したあの『ガラス瓶』だ!あの継ぎ目の力強さ!鋳造という技術だ!瓶こそが、俺たちの革命の象徴だ!」
「(ギデオン:芸術家かこいつは…!中身を無視するな…!)」
【リーナ(研究者)の主張】
「(呆れ顔)…二人とも黙って。重要なのは化学的な優位性よ。…夏至の夜会でプレゼンをするわ。アルコール抽出が水蒸気蒸留よりいかに成分を逃さないか。科学が証明する!」
「(ギデオン:…パーティだぞ!?大学じゃないんだぞ…!)」
【カエル(監視者)の主張】
「(棍棒を握りしめ)…お任せを、ゼニス様。夏至の夜会に潜入し、香水ギルドの長を特定する。…そして彼奴に直接、我々の優位性を理解させる…!」
「(ギデオン:…それは『暗殺』だぁぁぁ!!)」
【エララ(聖母)の主張】
「(にっこり)…あらあら、皆様、物騒だわねえ。夜会なのでしょう?…でしたら『スリーピング・シン』と一緒に、わたくしが焼いたライ麦のクッキーと、カミミのお茶をお出しするのが一番ではありませんこと?美味しいものを召し上がれば、皆様幸せになって、きっと契約してくださいますわ」
「(ギデオン:…(白目)…聖母だ…!暗殺の次に、お茶会のプランが出てきた…!)」「(…こいつら、『商売』をする気がゼロだ…!)」
ギデオンがついに頭を抱え絶叫した。
「…全員黙れぇぇぇ!!お前たちは何も分かっていない!これは『マーケティング』という心理戦なんだよ!」
ギデオンが息を荒げながら、CFOとしての戦略を語り始める。
「…いいか、ゼニス!夏至の夜会は、価値を決める戦場だ!…リリアナの権威を使い、この百個の希少性を煽り、香水ギルドよりも高い値札で貴族どもに売り捌く!需要を俺たちが支配するんだ!」
その完璧な商人の戦略。
狂人たちが静まる中、ゼニスは初めて満足そうに頷いた。
「…お前の戦略は、完璧だ。…それこそが俺たちの、第一の弾丸だ」
「(…『第一』…?)」
「…リリアナの権威と希少性。…彼女に対する羨望で、夏至の夜会という城壁に穴を開ける。だがギデオン。穴を開けた後に、何を送り込む?」
ゼニスは立ち上がる。彼は全員を見据え、真の戦略を開示した。
「――トロイアの木馬だ」
「…トロイア…?」
「…城壁に開いた欲望という穴から、九十九個の木馬を送り込む。『夏至の夜会』という城壁を、内側から破壊する」
ゼニスの「ハッキングプラン」が開示される。
「ギデオン。お前は百個のうち、一個だけを持ってリリアナの元へ行け。お前の言う通り、リリアナにはその一個を身に纏ってもらう。…彼女が姿を見せることで、まず、欲望を起動させる」
「…そして、九十九個。…これを戦場に持ち込む」
「…『九十九個』をどうする!?貴族に配るのか!?」
「…違う。夜会を実際に動かしているのは誰だ?…料理を運び、酒を注ぎ、楽を奏でる…名もなき『使用人』たちだ」
ゼニスは冷徹に告げる。
「…九十九個は、彼らに配る」
「「「…は!?」」」
「…リーナ、エララ。九十九個は、スリーピング・シン(原液)ではない。原液を十倍に薄め、安らぎ(カミミ)の香りだけを強調した、簡易版を、造れ」
「…ダウングレードしろと!?なぜ!」
「…戦場を支配するためだ。九十九個は、一個を広告するための、弾丸だ」
作戦の全容が開示される。
「…『夏至の夜会』が始まった瞬間。貴族は、香水ギルドの古くさい匂いを漂わせている。…まずは登場するリリアナだけが本物の香りを放ち、会場の意識を『香り』へと向けるんだ。そんな中、運営する使用人たちも、同様の香り(ベースノート)を放っていることに気づく。」
「…戦場は、俺たちの『香り』に上と下から『挟撃』される」
「…貴族どもは気づくだろう。自分たちが纏うギルドの香水だけが、悪臭を放っていると。…頂点も底辺も、自分たちより上質な香りを纏っていると。…価値は、その瞬間に逆転する。
「…『夏至の夜会』は、スリーピング・シンの披露宴ではない。…旧い香水の、葬儀になる」
ギデオンは、商人の思考を破壊され、震えている。
「(…こいつは、ビジネスをしているのではない。旧体制を叩き潰す、本当の『戦争』をしている…!)」
そこまで思考して、ギデオンがハッと気づいた。
「待て、ゼニス。その、九十九個の簡易版はいつ造るんだ!?夜会は目前だぞ!」
ゼニスは冷静に、リーナとエララの方を見る。
「リーナとエララには、百個が完成した直後から、既に簡易版の試作をしてもらっている。準備はできているか?」
「…(ハッ)あの廃棄寸前のレシピのこと!?…十倍希釈…安らぎ(カミミ)の、強調…九十九個。……あなた、まさか、あの時からこれを…!?」
「…(エララ頷く)レシピも、瓶も、既に準備は整っておりますわ」
狂人たちは、その悪魔的な戦略と、ゼニスの深謀遠慮に戦慄した。
ゼニスはチームに、最終指令を下す。
「…ギデオン。お前は『一個』を持って『表』から行け。リリアナの『共犯者』として、戦場を見届けろ」 ギデオン「…ああ」
「…ボルカス、カエル。お前たちは『九十九個』を持って『裏』から行け。『支配人』にブツを渡せ」 ボルカス「…(ゴクリ)…承知した」
「…ロイド、リーナ、エララ。…お前たちは工場で次の生産に備えろ。…『夏至の夜会』は始まりに過ぎん。これからが本番だ」 ロイド「…チッ。特等席で見たかったぜ」
そこまで指示が出されたところで、ギデオンが気付く。
「(ハッ)…待てゼニス!ならばお前はどうする!?工場に残るのか!?」
ゼニスは初めて静かに笑った。
「…指揮官が現場に行かずにどうする。当然、戦場に行く。表でも裏でもない。頂点と底辺が計画通りに動くかどうか。俺は金糸雀の籠の影から、この戦争の全てを指揮する」
ゼニスはマルコに向き直った。
「…そしてマルコ」
「(ビクッ)…は、はいっ!?」
「…お前は総監督として、この狂った作戦の全てのタイムテーブルを管理しろ」
「(絶叫)…だからなんで俺が総監督なんだよぉぉぉ!!」




