第四十七話『工場は飢えている』
王都からの帰り道。
馬車の中は静寂が支配していた。
ゼニスは目を閉じている。ギデオンは沈黙している。
彼はリリアナとの「狂った商談」を反芻していた。
「(…あの女は、『論理』を買わなかった。…『夏至の夜会の支配』という物語に契約した。…俺はカネを計算していた。…だが、ゼニスはリリアナを計算していた…!」
ギデオンは乾いた喉で唾を飲み込む。
「…利益とは何だ?……人を動かす力そのものか…!?」
それは、CFOが「覚醒」した瞬間だった。
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「(絶叫)…うぉぉぉぉぉぉ!」
マルコの叫びがこだまする。第三陣の仕込みが始まっていた。
「聖母」による「調停」の結果、狂人たちは喧嘩をやめている。やめて、団結していた。
「…おい、マルコ!温度が下がる!麦芽をもっと早く入れろ!」
「…違う、マルコ!攪拌が足りん!風味が死ぬぞ!もっと手を動かせ!」
「…待って、マルコ!この酵母を入れるタイミングがずれる!計算を信じてその速度で!」
狂人たちは喧嘩をやめ、団結したのだ。
その結果。プロセスの全てのしわ寄せが、唯一の調整役であるマルコに集中していた。
「(…カオスの方がまだマシだった…!)」
「(…調停された結果、俺の仕事量が三倍になってるじゃねぇかぁぁぁ!!)」
ゼニスとギデオンが工場に帰還した。
二人が見た光景は、完璧な連携で、マルコを地獄の歯車のように酷使し、第三陣を製造する狂人たちの姿だった。
CFOとして覚醒したギデオンは、そのあまりに牧歌的な手作業の光景と、ロイドの「連続式蒸留器」の圧倒的な生産能力を見比べ、新たなる絶望に気づく。
「…ゼニス……詰んでる」
ギデオンは工場ではなく、その手前の製麦所を指差した。
「…工場は一日中稼働できるのに!原料を造るのに五日もかかっている!」
ギデオンはゼニスに絶望を叩きつける。
「…カネの問題ではない!時間の問題だ!工場が飢えている!これでは夏至の夜会の100個の納期に間に合わない!リリアナとの契約に負けるぞ!」
「ボトルネック」が牙を剥いた。
蒸留器は完成した。だが製麦所はまだ手作業のままだった。
その絶望を、製麦の責任者であるボルカスがさらに裏付ける。
「…待てゼニス!製麦所の床を増設して並列化したとして…!(マルコを指差し)…あの攪拌地獄も五倍になるんだぞ!…マルコだけではない。俺も部下も全員死ぬ!」
「攪拌だけじゃないだろ!粉砕も手作業だ!間に合わない!」
ゼニスは、その二つの絶望的なボトルネックを聞く。
そして彼は、製麦所ではなく、稼働中の蒸留器を指差した。
「…ロイド。…あの工場を見ろ」
「…あ?俺の最高傑作がどうかしたか?」
「…その工場の心臓は何だ?」
「…熱交換器と冷却ポンプだ」
「…そのポンプを動かしているのは?」
「…!…(ニヤリ)…あんたが設計した水車だ」
ゼニスは頷く。
「…あの水車は今、水を汲み上げるためだけに使われている。…動力が余っている」
ゼニスはロイドに、真の指令を下す。
「…ロイド!あの水車の動力を分岐させるぞ!」
「…(歓喜)…動力を分岐…!?」
「…お前の鍛冶場の技術で歯車と伝達軸を造れ。あの蒸留器の水車から五層に増築した製麦所まで、動力を引っ張るんだ!」
ゼニスは最後に、絶望していたボルカスに向き直る。
「…ボルカス。お前の地獄は終わりだ。その動力で攪拌の鍬と粉砕の石臼を自動で動かす!」
職人芸の終わり。
動力が自動化を生み出す、「産業革命」の始まりだった。
狂人たちが新しい挑戦に目を輝かせる。
灰色谷の全員が、この巨大プロジェクトに動員される。
…その「熱狂」の中で一人。第三陣の地獄の真っ最中だったマルコが震えている。
「(…自動化…?五層…?水車…?)」
「(…つまり俺はもう鍬を持たなくてもいい…?)」
マルコが、恐る恐るゼニスに尋ねる。
「…あ、あの、ゼニス…」
「…自動化ってことは…俺はもう…?」
ゼニスは当然、という顔でマルコを見据え、暇を持て余しているカエルを指差した。
「…ああ、そうだ。マルコ。お前を全工程ラインの総監督に任命する。…お前の部下は彼だ」
「…カエル。護衛はもういい。マルコの指示に従い、五つの工程が止まらないよう監視しろ」
「…(歓喜)…!!はっ!お任se…!」
「(絶叫)…いやぁぁぁぁぁぁぁ!!部下と総監督は死ぬぅぅぅ!!」




