表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/86

第四十六話『王都の密談と地獄の留守番』


【王都へ至る道】


静寂。

王都へ至る道を、ゼニスとギデオンは馬車に揺られていた。


ギデオンは、ゼニスに王都の流儀を説明していた。


「…いいか、ゼニス。王都は灰色谷とは違う。モノの良さだけでカネが動く場所じゃない。あそこはモノではなく、時間と格にカネを払う場所だ。俺の見積もりでは、『香水』の原価は金貨0.5枚。…だが、販売額は金貨10枚付けれる…!」


ゼニスは目を閉じたまま、ギデオンの皮算用を聞いていた。



【王都:『金糸雀の籠』】


二人は王都の一等地にそびえ立つ、豪奢な建物の前に立っていた。

それは、店というより、もはや白亜の要塞、あるいは神殿のように見えた。

磨き上げられた黒曜石の門には、槍を持った守衛が二人、微動だにせず立っている。


ギデオンはその壮麗な構えに息を呑んだ。


(…こ、これは…!想像よりも遥かに…!)


ギデオンが、その『格』に圧倒されていると、ゼニスが、静かに進み出た。

彼は懐から羊皮紙を取り出した。支配人から受け取った、リリアナの紋章が刻まれた「発注書」だ。


「…ミストレスにお目通りを。『灰色谷』の者が来たと」


守衛はその紋章を見ると、顔色を変え、即座に姿勢を正した。


「…かしこまりました。…支配人を呼んでまいります」


すぐに、灰色谷に使いとして訪れた支配人が、黒服姿で現れた。

彼は、ゼニスとギデオンをそれぞれ一瞥すると、深々と頭を下げた。


「…お待ちしておりました、ゼニス様、ギデオン様。…リリアナ様がお待ちです。…応接室にご案内します。どうぞこちらへ」


支配人に導かれる間、ギデオンは圧倒され続けた。

彼が踏み入れた空間は、想像を絶する贅沢さだった。


広すぎるホール。

磨き上げられた大理石の床。

天井には、見たこともないシャンデリア。

その贅沢の全てが、ある一点への額縁フレームのように、配置されていた。


部屋の最奥。

巨大な窓を背にして、「彼女」は鎮座していた。


リリアナ。


彼女は、ゼニスたちに視線を向けない。

手元の紅茶のカップを見つめている。

支配人が、ギデオンたちをそこまで導き、深々と頭を下げた。


「…リリアナ様。『灰色谷』より、ゼニス様、ギデオン様、御到着です」


「…………」


沈黙が落ちる。

リリアナは動かない。紅茶の香りでも嗅いでいるのか。

まるでゼニスたちが、この空間に存在しないかのように。


ギデオンの背中に冷や汗が流れる。


(…試されている…!)

(…これが、「金糸雀の籠」の、「格」…!言葉を発する前に、既に勝負は始まっている…!)


ゼニスが動こうとした、その直前。


リリアナが初めて、ゆっくりと顔を上げた。

その視線が、ギデオンを射抜く。


「…ようこそお越しくださいました。『灰色谷』のゼニス様。そしてそちらが…」

「『CFO(お財布)』殿」


リリアナは、支配人から、聞かされる前に、ギデオンの役割を完璧に言い当てた。


「…ようこそ『金糸雀の籠』へ」


その、完璧に丁寧な言葉と、圧倒的な支配の視線に、ギデオンは背筋が凍る思いがした。


「…して。本日はどのような『物語』をお持ちくださいましたの?」


「(…来た!)」


ギデオンは、準備してきた完璧なプレゼンを開始した。


「リリアナ様、この原価と付加価値を考慮しますと…」


ギデオンの完璧なロジックが、静かな応接室に響く。



【灰色谷:工場】


「(絶叫)…待て!第二陣はまず、(マリー)の完全洗浄からだ!第一陣の不純物(ノイズ)が残ってる!」

「(絶叫)…違う!麦芽(モルト)を投入する温度が重要だ!第一陣はぬるすぎた!もっと高温で一気に風味を…!」

「(絶叫)…二人とも黙って!この酵母()の培養が終わるまで(タンク)に触るな!計算が狂う!」


「(…前回と言ってること違くないか!?『不純物(ノイズ)』ってなんだよ!『ぬるすぎた』ってあんたのさじ加減かよ!)」



【王都:『金糸雀の籠』・応接室】


ギデオンの完璧なロジックが続く。

彼は原価、人件費、輸送コスト、そして金糸雀の籠で売るという希少性(ブランド)を加味した販売価格を提示する。


「…これこそが適正な価格です。リリアナ様」


ギデオンは完璧なプレゼンを終え、リリアナの反応を待った。


「(…どうだ。これこそが、王都の、『ビジネス』だ…!)」



【灰色谷:工場】


カオスは頂点に達しようとしていた。

ロイドが、釜のバルブを締め上げようと、工具箱(レンチ)を開けている。

ボルカスが、「俺の麦芽が先だ!」と、麦芽の袋を盾のように構えている。

リーナが、「酵母を守る!」と、酵母の瓶を抱きしめている。


一触即発。


そこへカエルが割って入った。


「(絶叫)…黙れッ!貴様ら、ゼニス様のシステムを乱す『害虫』かッ!」


カエルが場の鎮圧のため、棍棒を振り上げた。


「(…出たぁぁぁ!『害虫』はお前だぁぁぁ!)」


マルコは、もはや泣きながら、カエルの足に必死にしがみついた。


「(…やめろぉぉ!『金貨50枚』が壊れるぅぅ!)」



【王都:『金糸雀の籠』・応接室】


ギデオンが固唾かたずを呑んで見守る中。

リリアナは優雅に紅茶を一口飲むと、そっとカップを置いた。

そして、あくびを噛み殺す仕草さえ優雅に行い、言った。


「…退屈、ですわね」


「(…え?)」


「…商人のお話ですわ、ギデオン様」


リリアナはギデオンから視線を外し、ゼニスに向き直った。

その瞳には、丁寧な光の奥に、失望が浮かんでいる。


「…私はあなた方に『物語(ロマン)』を期待していたのですけれど?」


「(…な…!?俺の完璧なロジックが…退屈だと…!?)」



【灰色谷:工場】


マルコが、カエルの足にしがみつき、ロイドがレンチを振り上げ、カオスが極まったその瞬間。


「…あらあら、皆様。第二陣は、おやつの後になさいませんか?」


エララが焼きたての、ライ麦クッキーを持って現れた。

狂人たちの動きがピタリと止まる。


「…ロイドさん。『ピカピカ』は大事です。でも、効率だって大切でしょう?(クッキーを渡す)」


「…(ムッ)…ま、まあな…休憩も、稼働効率を上げるからな…」


「…ボルカス様。『温度』は大事です。でも、奇跡の風味を安定して作ることが、腕前なのでしょう?(クッキーを渡す)」


「…(フン)…そ、そうだな…そのためには気持ちも安定させねばなるまい」


「…リーナさん。『酵母』は大事です。でも大事に取っておくばかりでは、何も生まれませんのよ。(クッキーを渡す)」


「…(ハッ)…そ、そうね!糖分が足りなかったわ!」


エララは、全員を肯定し、全員に共通の目的(おやつ)を与え、たかぶった感情をトーンダウンさせた。


「(…(泣)…救世主だ…。ここに救世主がいた…!)」



【王都:『金糸雀の籠』・応接室】


ゼニスが絶望するギデオンを制し前に出た。


「…リリアナ様。ギデオンの言う通りこれは『ビジネス』です。…ですが、あなたが退屈なのは『売る相手』が間違っているからだ」


「…ほう?…と仰いますと?」


ゼニスは「第一号(プロトタイプ)」の小瓶をテーブルに滑らせた。


「…これは『香水』ではありません。『弾丸』なのです」


リリアナの丁寧な言葉遣いを、そのまま模倣し続ける。


「…私は『灰色谷』に、ヒト・モノ・カネを流入させる、新しい秩序を造っております。…そのための最初の『弾丸』を、二ヶ月後の『夏至の夜会』で撃ち込みたい」


そして、リリアナの目を真っ直ぐに見据えた。


「…あなた様に、その戦場の手引きをお願いしたいのです…『共犯者』として」


リリアナの目が退屈から、恍惚こうこつとした笑みに、変わった。リリアナが喉を鳴らして笑った。


「…面白い。…面白い、実に面白いですわ。その狂った計画、買いましょう。『夏至の夜会』…ええ、いいですわね。…契約成立ですわ、共犯者様」


ギデオンは、ビジネスの次元が違いすぎて、震えていた。



【灰色谷:工場】


「あらあら…ロイドさん。まずは釜を拭いて…。その間にボルカス様が温度を…」


おやつを終えクールダウンした狂人たちが、エララの調停に従い、スムーズに第二陣の製造プロセスを開始していた。


マルコは、その奇跡を目の当たりにして、呆然としていた。


「(…お、終わった…。ついに地獄が終わった…)」


エララがマルコににっこりと微笑んだ。


「…おやまあ、マルコ。あなた、『工程管理者』なんでしょう?ぼーっとしてないで、第三陣の麦芽を運んできてくださいな」


「(……え?第三陣…?)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ