第四十五話『第一次・灰色谷カオス製造』
「…『錬金術』の時間だ」
ゼニスがそう宣言した直後。
ピカピカの工場のラインは停止していた。
俺はマルコ。
ボルカスさんに「日銭やるから、麦の袋を運んでくれ」と頼まれて、この工場とやらに来ただけだった。
なのに俺は今、重い麦芽の袋を抱えたまま、立ち往生している。
「…おい、ボルカス!」
工場長のロイドさんが怒鳴る。
「その粉を俺の工場に持ち込むな!チリが入る!」
「あぁ!?」
ボルカスさんがキレ返す。
「この『黄金』がなきゃ始まらねぇだろ!」
「二人とも黙って!」
研究者のリーナさん(とんでもない美人だ)が叫ぶ。
「それよりその釜は殺菌したの!?エララさんの『酵母』が汚染されたらどうするのよ!」
「全員止めろ!」
CFOのギデオンさんが頭を抱える。
「揉めているこの時間が、最大の損失だぞ!」
専門家たちが、完璧な縄張り意識で衝突し、一歩も進まない。
(…あの…俺この袋どこに置けば…?)
(…てか帰っていいかな…)
その場違いな俺に、ゼニスが振り向いた。
「…おい」
「(ビクッ)…は、はいっ!?」
「…マルコ。お前を、この製造ラインの工程管理者に任命する」
「…は…?こうてい…?かんり…?」
ゼニスは狂人たちを指差した。
「…お前の仕事は、こいつらを黙らせて、その袋を釜に入れることだ。…やれ」
「(絶句)…はぁ!?俺が!?」
俺の地獄めぐりが始まった。
やれと言われたって…どうしろってんだよ!
俺は、意を決して麦芽の袋を担ぎ直した。
「…よ、よし!とりあえず、あのデカい釜に入れりゃいいんだろ!」
「(リーナ絶叫)ストップ!その服で触るな!」
「…げっ!?」
リーナさんが、鬼の形相で立ちふさがった。
「…あなたの服のホコリと汗が、私の発酵プロセスを汚染する!」
「…はぁ!?これ仕事着だぞ!どうしろってんだ!」
「これよ!」
リーナさんに、有無を言わさず「高純度アルコール」の原液で手を消毒させられた。
「…熱いッ!てか火傷だろこれ!?」
おまけに顔には、清潔な布、とやらをグルグルに巻かれている。
アルコールでヒリヒリする手で、マルコが袋を掴み直す。
「…(涙目)…こ、今度こそ…!」
「(ボルカス絶叫)待て!その運び方じゃない!」
「…またかよ!?」
今度はボルカスさんが仁王立ちだ。
「…もっとこう、優しく運べ!俺の黄金の風味が逃げる!」
「(さっきから…菌だか汗だか風味だか、うるせぇんだよこの人たちィィ!)」
「いいからこうだ!」
俺は、ボルカスさんの謎の品質指導(赤ちゃんを運ぶ手つき)を受けながら、麦芽を運ぶハメになった。
フラフラになって、ようやく釜のすぐそばにたどり着く。
「…ぜぇ…ぜぇ…!あと数メートル…!」
「(ロイド絶叫)止まれ!土足で入るな!」
「…(膝から崩れ落ちる)…もうやだ…」
鍛冶屋のロイドさんが、「俺のマリーが汚れる」とブチ切れている。
「…その麦芽の粉塵が、俺の工場の軸受に入ったらどうする!」
「…あんたは鍛冶屋の親父だろ!?なんでそんな乙女みてぇなこと言ってんだよ!」
「うるせぇ!この布の上だけ歩け!」
俺はロイドさんが敷いた、謎の清浄な布の上だけを歩かされ…。
ようやく…ようやく!釜に麦芽を投入できた…。
「…(燃え尽きた)…終わった…。俺の仕事は終わった…」
麦芽は入った。
エララ(唯一の癒しだ)が、「お腹を空かせた子たち」を投入する。
そして、ゼニスの号令で蒸留が始まった。
…だがそれこそが、カオス・フェスティバルの本番だった。
「…火力を上げろ!スチームが足りねぇ!」
「…上げるな!燃料の無駄だ!」
「…待って!温度が急すぎる!成分が壊れる!大体この釜は…!」
「…そうだ!もっとじっくり、俺の麦の味を…!火加減は…!」
最強の専門家たちが、一斉に口論を始めた。
「…(震)…ままた始まった…。てかもう火点いてるのに…!」
ゼニスがその混沌を見て頷いた。
「…カエル!攪拌が必要だ!やれ!」
「お任せをッ!殺しますねッ!」
「…え?」
カエルが棍棒を振り上げ、釜の内側を攪拌し始めた。
俺は泣いた。
「…もうイヤだぁぁぁ!なんなんだこの地獄はぁぁ!!」
カオスが頂点に達したその時。
全員が「ギャーギャー」と騒ぐ中、蒸留器の出口から、
ポタ…
ポタ…
と、透明な液体が滴り落ち始めた。
「…あ……水だ…。透明な水が出てきた…。いったいなんだってんだ…?」
ゼニスは、その透明な水を、静かに小皿に受けた。
そして、火打石を打った。
「ボッ」
「…え……燃えた…?」
黄色の炎ではない。
青白い、清浄な炎が立った。
ゼニスが宣言する。
「…システムによる高純度のアルコール、完成だ。」
専門家たちが、一斉に歓喜する。
「…どうだ!てめぇの注文通り、俺の機械が造った火だ!」
「…俺の麦が『炎』になった…」
「…カネだ!燃えるカネが流れているぞ!」
「…俺の威嚇が効いたようだな…」
「……美しい…。この『純度』は完璧よ…!」
それぞれが別々のことについて喜んでいる。
…なんか分からんが、うまくいったらしい。
俺は、燃え尽きて工場の隅で座り込んでいた。
リーナさんが、水に何かを垂らして調整している。
ロイドさんが造った、鋳造ガラスの小瓶に、それが注がれた。
ギデオンさんが、その様子を見つめて興奮している。
「…できた…!これで、あとは『100個』造れば…!」
ゼニスは、その第一号の小瓶を手に取り、その香りと品質を確かめる。
「…上出来だ」
ゼニスは第一号を懐に仕舞った。
「…ギデオン。行くぞ」
「…どこへ!?」
「…決まっているだろう。王都だ。『金糸雀の籠』に営業しに行く」
ゼニスは、ギデオンさんと共に出口へ向かう。
そして最後に、灰になっている俺に振り向いた。
「…マルコ」
「(ビクゥ!?)」
「…工程管理者としてよくやった」
「…も、もうこりごりだよ…(泣)」
「…そうか。だがお前は唯一、このカオスな製造工程の全てを見た人間だ」
「…は、はあ…?」
ゼニスは、工場の入口にまだ山積みになっている、残りの麦芽を指差した。
「…ロイド。残り99本の瓶を頼む。…ボルカス、リーナ、エララ。『第二陣』の仕込みを開始しろ」
専門家たちが、第二陣の手順を巡って、再び口論を始めようとする。
(「おい次はもっと粉塵を…!」)
(「その前に釜の完全殺菌が…!」)
(「いや麦の投入の温度が…!」)
「…そしてマルコ」
ゼニスは俺に告げた。
「俺たちが王都から戻るまで…あの『カオス』を管理しろ」
「…は?」
そう言うと、ゼニスはギデオンさんと共に行ってしまった。
工場には、再び衝突を始めた専門家たちと、「不可能なミッション」を与えられた俺だけが残された。
「(…冗談じゃねぇぇぇぇぇぇ!!)」




