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神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

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第四十三話『凱旋と仕込み』




代理看守長室(CEO室)。

リーナが魔力欠乏で倒れてから、数日が経過していた。


灰色谷は奇妙な熱狂と緊張に包まれている。

リーナはエララの献身的な看病のおかげで回復し、堆肥の完成を待ちつつ、今は自らの研究(小麦)に没頭している。

ロイドは金貨50枚の予算を使い、狂ったように工場(=蒸留器とガラス瓶鋳造ライン)の建設を進めていた。


だがその熱狂の中心で。

CFO(ギデオン)だけは、新たな問題に気付き、戦慄していた。

彼はゼニスに問い質す。



「ゼニス。原料()はリーナのおかげで揃った。工場(ロイド)も建設中だ。

…だが肝心の溶剤(アルコール)の再現性はどうなっている?」



ギデオンは机を叩いた。



第一号(プロトタイプ)は腐ったライ麦からだったよな。腐敗の過程で偶然糖化が進んでいたから発酵した。

…だが、ボルカスが今買い占めているのは、最高品質(新鮮)のライ麦だ!」



ギデオンの声が震える。



「新鮮なライ麦から溶剤が作れるのか!?まさか、腐るのを待つのか?

金貨30枚分の食料を腐らせる!?それこそ非合理的な壊滅的(カタストロフィック)・ロスだぞ!」


「…ギデオン。お前の言う通りだ」



ゼニスはそのギデオンの完璧な指摘を待っていたかのように頷いた。



「…腐敗は制御(コントロール)できない。…だが発酵は制御(コントロール)できる」



ゼニスは立ち上がり鍛冶場に向かった。

そこにはあの「醜い化物(=最初の蒸留器)」がまだ置かれている。


ゼニスはその、釜の底に沈殿している、黒い(おり)を指差した。



「まず第一。エンジンだ。…あの腐ったライ麦の奇跡は、釜の底に沈殿している、こいつらに詰まっている」



ゼニスはエララを呼び出し命じた。



「エララ。この澱(=野生酵母の塊)を清潔な瓶に回収しろ」


「あらあら」


「…これは黄金を生み出す生き物(エンジン)だ。…こいつを培養する」


「培養…?ですか?」


「ああ」



ゼニスはリーナの研究室(小屋が手配された)から、眠り花の蜜を少量拝借してきた。



「…こいつら(酵母)は糖しか食えない」



ゼニスはその蜜を、澱が入った瓶に一滴垂らした。



「…ボルカスが帰還するまでこいつを育てろ」


「まあ」



エララはその瓶を大事そうに抱きしめた。



「…分かりました。ワシがこの子たちを育てます」


「…第二。そのエンジンに食わせる燃料、だ」



ゼニスはCEO室に戻ると今度は「工場長(ロイド)」を呼び出した。

ロイドは油まみれで不機嫌そうに入ってくる。



「ロイド。お前の工場に拡張が必要になった」


「…あぁ!?またかよ!」



その「拡張」という言葉にギデオンが即座に反応した。



「(絶叫)拡張だと!?ゼニス!

金貨50枚はすでに工場(蒸留器ライン)の自動化とガラス鋳型で消えたんだぞ!もうカネはない!」


「カネは要らない」



ゼニスはギデオンの絶叫を一蹴した。



「ロイド。お前の(フォージ)の廃熱を利用する」



ゼニスはその場で、羊皮紙に一枚の「設計図」を描き始めた。

それは穀物を水に浸す、「浸水スティーピング槽」。

発芽させるための、「温かいフロア」。

そして乾燥させるための、「キルン」。


製麦所(モルトハウス)」の原始的な設計図だった。



「…ロイド。お前の工場の隣に、こいつを造れ」


「…は?」



ロイドはその「設計図」を見て顔を引きつらせた。



「…水浸しの床…?乾燥室…?

…あんた、次はパン屋もやれってのか!?」


「工場の廃熱を乾燥室にも回せ」



ゼニスは冷徹に告げた。



「そうすれば乾燥(キルン)の燃料コストは、ゼロだ。…合理的だろう?」



ロイドとギデオンは顔を見合わせた。



(…こいつ悪魔か…!)


「…チッ。分かったよ!やってやるよ!」



ロイドはその「設計図」をひったくると、鍛冶場へと戻っていった。





その数日後。

灰色谷の入り口がにわかに騒がしくなった。


ボルカスが帰還したのだ。

彼が引き連れてきたのは、もはや荷馬車の行列だった。

金貨30枚で買い占められた、最高品質の黄金(ライ麦)が山のように積まれている。


ボルカスは馬の上で胸を張っていた。

そこにはもはや、かつての卑屈な面影はない。



「ゼニス!ギデオン!」



ボルカスは馬から飛び降り誇らしげに叫んだ。



「命令通り最高品質のライ麦を買い占めてきた!

これで坑夫たちも腹一杯食えるし、ロイドの工場も動かせるぞ!」



ゼニスはその「黄金(ライ麦)」の山を見据え頷いた。



「見事だボルカス。坑夫たちには半分配給しろ。彼らの士気は最優先だ」


「…!おお、ゼニス!やはり分かってくれるか!」



ボルカスが、心の底から安堵の笑みを浮かべた。



「…だが」



ゼニスは続けた。



「残りの半分」



ゼニスは、ロイドが突貫工事で完成させた、真新しい「製麦所(モルトハウス)」を指差した。

そこは設計図通り、床が水浸しになっている。



「ボルカス。調達の次の仕事だ。

その黄金(ライ麦)を、あの水浸しの床にぶちまけろ…腐らせるぞ」


「…は?」



ボルカスの凱旋の笑顔が固まった。



「…ぜ、ゼニス!?」



ボルカスは自分の耳を疑った。



「今何と…?金貨15枚分の最高品質の食料を…腐らせると!?」



ボルカスの手が、無意識に自らの胃を押さえる。

あの激痛が再び彼を襲おうとしていた。


ゼニスは、その絶望するボルカスを見て、不敵に笑った。



「…すまん、正確には少し違った。

腐らせるのではない。糖化させるんだ」

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