表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第二幕:産業革命の設計図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/86

第三十八話『退屈な女王』


王都、「金糸雀の籠(カナリアのかご)」、最奥の部屋。

絹のカーテンの奥で、リリアナは手の中にある、「弾丸(ガラスびん)

――『スリーピング・シン(背徳のまどろみ)』――に、完全に魅了されていた。


(…『(シン)』)


彼女の陶器のような指が、荒々しい継ぎ目(背骨)を持つガラスの表面を、なぞる。


(…本当に、そう、名付けた者がいたとは)


彼女は、この世のあらゆる「美」と「贅沢」を知り尽くしていた。

そして、その全てに、「退屈」していた。


(こんな『物語(モノ)』を造れるのは、『常識(ギルド)』に縛られた『凡人』ではない)

(これは、『悪魔』の、仕業だわ)


絹のカーテンの奥から、鈴を転がすような、しかしどこか冷たい「声」が、響いた。



「…支配人」


「はっ」



(ひざまず)いていた支配人が、顔を上げる。



「その『鼠』を、捕らえなさい。…いいえ、泳がせなさい」



声は、静かに、命じた。



「鼠が、どこからこれを仕入れたのか。

その源流にいる悪魔の正体と、アトリエ(工房)の場所を、三日以内に特定なさい」



声のトーンが、変わる。

それは、獲物を見つけた猫のような、愉悦の色。



「…くれぐれも、『ギルド』には絶対に、気づかれぬよう」



数日後。


支配人は、再びリリアナの部屋の前に跪いていた。

その顔は、困惑と、かすかな恐怖に歪んでいた。



「…ミストレス。…特定、いたしました」


「ご苦労さま。それで…どこだったのかしら?」


「それが…信じ難いことに、あの、アークライト公爵領の最果て…」



支配人は、言葉を、選ぶ。



「…『灰色谷』。あの忌まわしい、『奴隷鉱山』であります」


「…『鉱山』?」



カーテンの奥から、(いぶか)しげな、声が、漏れた。


支配人は震えながら、彼が放った密偵が持ち帰ってきた、「信じ難い光景」を報告した。



「…アトリエは、古びた鍛冶場。

『調香師』は、王都スラム出身の『狂人(ギデオン)』、『ガラス職人』は、元・鍛冶屋の『頑固者(ロイド)』。

『原料』は、『腐ったライ麦』と、『そこらに生えている雑草』。

そして『労働力』は…頭に『花冠』を載せた、元・奴隷監督(ボルカス)と、『棍棒』を、振り回す、狂戦士(カエル)…とのことであります」



支配人は、自らに言い聞かせるように、付け加えた。



「…ミストレス。これは、何かの、間違いです!

こんなカオスから、あの芸術品が生まれるなど、あり得ません!」



だが、その支配人の悲痛な訴えを打ち砕くように。

カーテンの奥から、絹を裂くような、歓喜の笑い声が漏れ出した。



「…くくっ…!」


「…あはは!あはははは!」



それは、心の底から「面白いもの」を見つけた者の笑い声だった。



「『鉱山』で、『腐ったライ麦』と『雑草』から、『狂人』と『花冠』が造る、『背徳の香り』ですって…!?」


「…最高だわ」



声は、歓喜に、震えていた。



「…最高に、『退屈』しない、『物語』じゃない!」




――さらに、数日後。


灰色谷、代理看守長室。


金糸雀の籠(カナリアのかご)」の支配人が、数名の屈強な護衛と共に訪れていた。

事が決まると、彼はサイラスを呼びつけて、ゼニスへのアポイントメントを取らせていた。


支配人は、サイラスに案内される道中目にしたのであろう、灰色谷のカオス(訓練中のカエルや、畑仕事の指示を出すボルカス)に顔を引きつらせながら、ゼニスとギデオンの前に通された。


彼は深々と頭を下げると、一枚の上質な「羊皮紙(発注書)」を、ゼニスたちに差し出した。



「…我が『女主人(ミストレス)』からの、お言葉でございます」



支配人は、ゴクリと、唾を飲み込み、その言葉を伝えた。



「『面白い「物語(第一話)」だった。…「続き(第二話)」を読ませなさい』…と」



ギデオンがその「発注書」を受け取り、目を通す。



「…『続き』だと?…『発注』は、何個だ?」



支配人は震える声で、その信じ難い数を、告げた。



「…『スリーピング・シン』…『百個』、で、ございます」


「…!」



ギデオンの、目が、見開かれた。



(…『百個』!?…あの『プロトタイプ』を、いきなり!?)

(価格の確認もせずに、正気か!?)



「そして」



支配人は、テーブルの上に、一つの重々しい「革袋」を置いた。



「これが、『手付金』だ、と。

…ミストレスは、三ヶ月後に催されます、『夏至の夜会』にて、

その『シン』を、王都の全てに披露なさるおつもりです。

『納期』は、それまで。…よろしいな?」



ボルカスが恐る恐る、その革袋の中身を確認し、戦慄した。



「…ぜ、ゼニス…。…『金貨』が、『百枚』…!」

(※金貨1枚=約100万円相当。つまり、1億円)



支配人は、リリアナの最後の言葉を伝えた。



「…ミストレスは、こうも、仰せでした。

『その「カネ」で、あなた方の「舞台(アトリエ)」を整えなさい。

…わたくしが飽きるまで、「物語」を紡ぎなさい』」





支配人は嵐のように帰っていった。


テーブルの上には、金貨100枚。

最初の『利益(投資)』が積まれている。

サイラスからかろうじて搾り取った金貨10枚とは、比較にならない存在感だ。


ボルカスは、その黄金の輝きに目が眩み、震えている。

ギデオンは、そのカネと、百個という無茶な発注書を見比べ、不敵に笑っていた。



「…ゼニス。…どうやら、俺たちは、『顧客』じゃない。

…最高に金払いの良い、『化け物(パトロン)』を、釣っちまったらしい」



ゼニスはその金貨を一枚、静かに掴み取った。

その冷徹な瞳は、成功に酔ってはいない。

既に次の戦場を、見据えていた。


(…『百個』の、大量生産)

(『ガラス瓶』も、『香り(原料)』も、『蒸留器』も、何もかもが足りない)

(『カネ』は、手に入れた。だが、同時に次の、()()()ボトルネックが顔を出した)


ゼニスはそれでも、静かに、頷いた。



「…ああ。順調だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ