第三十五話『弾丸はカオスに鋳られる』
「戦略会議」から、一夜が明けた。
だが、看守長代理室の空気は、凍りついたままだった。
ギデオンとロイドが、ゼニスを挟んで、一晩中、睨み合っていたからだ。
机の上には、二人がそれぞれ描き殴った鋳型の設計図が、山のようになっている。
その全てが、「ボツ」だった。
ロイドの怒声が響く。
「だから、この『抜け勾配』がねぇと、型から抜けねぇっつってんだろ!」
「だから、その『妥協』が、俺の美学を、殺すっつってんだろ!」
ギデオンも、一歩も、引かない。
ボルカスは、その設計図の山を見て、完全に頭を抱えていた。
(…ダメだ、こいつら)
(…二人とも自分が一番。相手を道具としか、思ってねぇ)
(…これじゃ、チームになんて、なれるはずが…)
ボルカスは、恐る恐る、ゼニスに、進言した。
「…ゼニス。…やはり、円柱のただの瓶で、いいのではないか…?安全第一で…」
だがゼニスは、ボルカスの常識的な妥協案を、一蹴した。
「ボルカス。ギデオンの『戦略』を、忘れたか」
「『最高級』で、殴るんだ。妥協した瓶に、『最高級』の価値は、宿らない」
ゼニスは立ち上がり、二人の「設計図」を重ねた。
「ロイド。お前は、型から抜くことの最適解を求めている。
ギデオン。お前は、曲線の最適解を求めている。
…二人とも、正しい。だが、一人で、解こうとするな」
ゼニスはロイドの鋳型の設計図に、一本の「線」を引いた。
中心を、真っ二つに分かつ線だ。
「ロイド。なぜ、一つの型で、造ろうとする?」
「…は?」
「鋳型を、二つに分割しろ」
「…二分割…!?」
ロイドは、目を見開いた。
「…『合わせ型』…!?
馬鹿か!そんな、精密な合わせの精度、出るわけ…!」
「…待て」
その、ロイドの技術者としての反論を遮ったのは、ギデオンだった。
彼の目が、狂気じみた「光」を宿した。
「…二分割…」
ギデオンはロイドの胸ぐらを掴んだ。
「…おい、ロイド。…線が、入るな?」
「…あ?当たり前だ!継ぎ目が醜く残るに決まって…!」
「…それだ」
ギデオンが、嗤った。
「その『継ぎ目』を、隠すな!逆だ!
その『継ぎ目』こそを、デザインの『背骨』に、しろ!」
「…!」
ロイドは、息を、呑んだ。
(…『継ぎ目』を、デザインに…?…こいつ、本気か…?)
ギデオンは、確信していた。
(…『技術的制約』を、『芸術』に、昇華させる…!)
(こいつとなら、それが、できる…!)
二人の目が、初めてそこで合った。
それは敵意ではなく、「共犯者」の目だった。
数時間後。
二人は、継ぎ目を背骨にした、二分割鋳型を完成させていた。
だが、ロイドが新たな「壁」を突きつける。
「…ゼニス様!
この砂を完全に溶かすには、蒸留器とは桁が違う超高温の溶解炉が必要だ!」
ゼニスの「解」は、いつも通り、合理的だった。
「ロイド。お前の『鍛冶場』を、使え」
「馬鹿言え!あれじゃ、『温度』が、足りねぇ!」
「『空気』が、足りないだけだ」
ゼニスは、ボルカスに、命じた。
「…ボルカス。カエルを、呼べ。それと、坑夫の中から、腕っぷしの強い者を、二人、選んでこい」
・
・
・
その日の、午後。
灰色谷の鍛冶場は、祭りの様相を呈していた。
中央には溶解炉と化した、ロイドの「炉」が、赤々と、燃え盛っている。
そして、その四方を、ボルカス、カエル、「筋肉自慢の坑夫」二人が取り囲み、
四つの巨大な鞴を狂ったように踏み続けていた。
「ぐおおおお!ま、まだか、ロイド!」
ボルカスが、汗まみれで、叫ぶ。
「カカッ!祭りだ、祭りだァ!もっと、燃えろォ!」
カエルが、奇声を、上げる。
炉の中の「砂」が、白金の、光を、放ち始めた。
「今だ!溶けきった!」
ロイドの、声が、響く。
ギデオンが、その光景に、戦慄していた。
(…本当に、『砂』が、溶けやがった…!)
ロイドが坩堝に入った、白金に輝く「溶融ガラス」を慎重に持ち上げる。
そして、ギデオンと設計した「二分割鋳型」に、流し込んだ。
ジュウウウウ…!
激しい、水蒸気が、上がる。
数十分の、冷却の後。
ロイドが、汗まみれで、その鋳型を、水につけ、冷やす。
そして、慎重に、二つの「型」を、外した。
中から、現れたのは――
ギデオンがデザインし、ロイドが技術でねじ伏せた、「継ぎ目」を持つ、荒々しくも美しいガラスの「弾丸」だった。
まだ熱を帯び、淡い光を放っている。
ギデオンが、まだ熱い「弾丸」を、革手袋で掴み取る。
その、完璧な曲線と、意図的に残された継ぎ目の力強さ。
(…『器』は、できた。…完璧な『弾丸』だ)
彼は、ゼニスに、向き直った。
「ゼニス…。『弾丸』は、鋳られた。
…次は、こいつに、込める『火薬』だ」
ゼニスは、頷いた。
(…『器』は、ロイドとギデオンの『技術』だ)
(だが、『中身』は彼らの領域ではない)
ゼニスは、ボルカスに、告げる。
「ボルカス。…エララを、呼べ。
『雑草』から、『香り』を、抜き出す」




