第三十四話『ゼロのデザイン』
ギデオンが灰色谷に到着してから、数日後。
看守長代理室では、新チーム最初の「戦略会議」が、始まろうとしていた。
ギデオンは、改めてこの「狂ったチーム」のメンバーを、鑑定していた。
頭にまだ、エララが作ったであろう花冠を載せたまま、真顔で書類の山と格闘している元・奴隷監督。
自らが造った醜い化物を、まるで芸術品だと言わんばかりに布で磨き上げている元・鍛冶職人。
そして、この「カオス」の中心で、平然と次なる「システム」の設計図を描いている元・奴隷。
ギデオンは、内心で、嗤った。
(…常識が、一切、ない)
(最高だ。ここなら、ギルドの常識を破壊できる…!)
「さて」
ゼニスが、静かに、口を開いた。
会議が、始まる。
「議題は一つ。この『燃える水』。…これを、どう『黄金』に変えるか」
ゼニスは、ギデオンの目を見た。
「ギデオン。お前は、これを『価値ゼロ』だと言った。
…お前がこの『ゼロ』に、『最初』の『値札』を、つけろ」
その、ゼニスの問いに答える前に、二つの凡庸な「解」が、提示された。
「ぜ、ゼニス!」
ボルカスが、興奮気味に、口を挟んだ。
「これは、すごい『酒』だ!あの燃えるような喉越し!坑夫たちに売れば、大儲け間違いなしだ!」
「馬鹿言え」
ロイドが、技術者として、即座に、反論した。
「こんな燃える水飲ませるより、『燃料』にした方がよっぽど効率的だ!石炭の、節約になる!」
ギデオンは、その二人の「提案」を、冷ややかに一蹴した。
「…『愚者』が、二人」
その、侮蔑に満ちた、言葉。
「だから、お前たちは、搾取されるんだ」
ボルカスとロイドが、同時に、色をなす。
「「なに!?」」
ギデオンは、まず、ロイドを、睨みつけた。
「ロイド、とか言ったな。お前の『燃料』。…『価値』が、低すぎる。
お前が造った『蒸留器』の『製造コスト』を、回収するのに、何年かかる?却下だ」
次にギデオンは、ボルカスを睨みつける。
「そして、ボルカス。お前の『酒』。
…お前は、『ダイヤモンド』を、『砥石』として売るつもりか?」
「…は?」
ギデオンは立ち上がり、「燃える水」の小瓶を掲げた。
「この『燃える水』は、『純粋』だ。不純物が一切、ない。
これは、『完成品』ではない。あらゆる『価値』を、生み出すための、『原液』だ」
ギデオンの、瞳が、ボルカスを、射抜く。
「それをそのまま『坑夫』相手の『安酒』として売った瞬間、
この『原液』の『ブランド価値』は、『安酒』に、確定する。
そうなれば、二度と、貴族相手の『高級品』にはなれない」
ギデオンは、ゼニスに、向き直った。
「俺たちは、『価値』を、『創造』するんだろう?
…『ゼロ』から、始めるなら、『最底辺』から、ではない。
『最高級』から、仕掛けるんだ」
ギデオンは、再び「燃える水」の小瓶を掲げる。
「こいつの『真価』は、『溶かし』、そして『保存する』ことだ。
この谷に生えている、あの『雑草』から『香り』を抽出し、この『燃える水』に溶かす」
ギデオンの目が、狂気じみた「熱」を帯びる。
「王都の『香水ギルド』が売っている『高級品』は、所詮、水だ。
すぐに、香りが、飛ぶ。
だが俺たちは、『香りが消えない香水』を、造る」
ギデオンは、ゼニス、ボルカス、ロイドを、見渡した。
「『酒』や『燃料』とは、桁が二つ違う、『高付加価値』商品だ。
『ギルド』が逆立ちしても造れない、この『本物』で、『旧体制』を上から殴りつける」
「…『一点突破』。合理的だ」
ゼニスが即座に、その「戦略」を承認した。
「それで行こう。…ロイド。ギデオンの、指示に従え」
ギデオンが、初めてロイドに向き直った。
その目は、もはや「仲間」を見る目ではない。
「道具」を見る目だ。
「…おい、そこの『醜い化物』造り」
「…あ?」
ロイドの額に、青筋が浮かぶ。
「やんのか、『新入り』」
「ああ、やるぞ」
ギデオンは、せせら笑った。
「だが俺はこの『宝石』を、お前が造ったような『醜い樽』や『汚い木杯』に入れて売る気は、ない」
ギデオンは懐から小さな「炭」を取り出すと、机の上の羊皮紙に、凄まじい勢いで「設計図」を描き始めた。
それは、小さく優美な曲線を描くガラスの小瓶と、そこに精緻な紋様を刻み込むための、金属のキャップだった。
ギデオンは、その設計図をロイドの目の前に叩きつけた。
「…これを、造れ。百個だ」
ロイドは、その「設計図」を見て、ついに激怒した。
「…『ガラス』!?…ふざけるな、この狂人がぁっ!」
ロイドはギデオンの胸ぐらを掴み上げた。
「俺は、『鍛冶屋』だ!『ガラス職人』じゃないんだよ!
こんな曲線だらけのモンを吹けってのか!?一個造るのに何日かかると思ってやがる!」
「知ったことか」
ギデオンが鼻を鳴らす。
二人が掴みかかろうとする。
だが、その「激怒」の真っ最中。
ロイドの目が、自らが造った「醜い化物」と、ギデオンの「設計図」を比較した。
ロイドの怒りが、一瞬、思考に変わった。
「…待てよ」
ロイドは、ゼニスを睨みつけた。
「…『吹く』…?」
「…ゼニス。…俺はあんたに教わった」
「『管』から、造るな。『巻き付けろ』、と」
ゼニスが、静かに、頷く。
ロイドは、ギデオンの「設計図」を、掴み取った。
「…この『瓶』も、同じだ。…『吹いて』、造るんじゃねぇ。
『鋳型』に、流し込んで、『造る』んだよ…!」
ギデオンの目が、見開かれた。
(…こいつも、ただの『職人』じゃ、なかったのか…!)
ゼニスが初めて、その「化学反応」に満足げに頷いた。
「…その通りだ、ロイド。あんたが造るべきは『瓶』じゃない。その『鋳型』だ」
ゼニスはロイドの「技術者」としての「覚醒」を試す。
「だが、ロイド。…『何を』、流し込む?」
ロイドは、もはや激怒してはいない。
彼は、足元の灰色谷の「土」を、無造作に掴んだ。
「…『砂』だ」
「…『蒸留器』を超える超高温でこいつを溶かし、『鋳型』に流し込む」
ロイドの「目」がギデオンを睨み据える。
「…これなら三日で百個、造ってやる。…だがなァ、ギデオン!」
芸術家と、技術者が、「鋳型」の「設計図」を睨みつけながら。
「ここを、こう、抜け勾配をつけねぇと、鋳型から、抜けねぇだろ!」
「馬鹿言え!そんな妥協、俺が許すか!この曲線が死ぬだろうが!」
…と、完璧な『共同作業』を、始めていた。
ボルカスが、頭を、抱える。
「…ぜ、ゼニス。また、始まったぞ…」
「ああ」
ゼニスは、頷いた。
「順調だ」
それは、第二フェーズ開始の承認だった。




