第三十三話『価値の創造者』
王都、その最底辺に位置する「スラム街」。
悪臭と、絶望が、澱む路地裏。
サイラスは、恐怖に全身を震わせながら、ゼニスとボルカスをある「工房」へと、案内していた。
そこは、工房、というよりは、ただの「ガラクタ置き場」だった。
中には、「ゴミ」が、溢れていた。
廃棄された、革クズ。
割れた、陶器。
錆びた、金属片。
だが、その「ゴミ」の山々の、すぐ横に。
まるで、王侯貴族が使うかのような、「完璧な『芸術品』」
――精緻な装飾が施された「鞄」や「装飾品」が、無造作に、置かれている。
その異様な光景の、奥。
一人の男が作業台に向かっていた。
ギデオン。
年の頃は、ゼニスと、同じくらいだろうか。
痩身だが、その瞳には、常軌を逸した「熱」が、宿っている。
彼は、ゼニスたちを、一瞥したが、まるで、興味も示さず、ただ、黙々と、手元の「ゴミ」を、ナイフで、加工する作業を、続けていた。
「…ぎ、ギデオン殿!こ、こちらが、その…!」
サイラスが、媚びへつらうように、声をかける。
ギデオンは初めて顔を上げ、サイラスを、ゴミでも見るかのような目で、一瞥した。
「…ハイエナが、何の用だ」
その声は、若いが、底冷えするような、冷たさを、帯びていた。
「…その『カモ』は、誰だ?また、俺の『ゴミ』を、二束三文で、買い叩きに、来たのか?」
ギデオンの「敵意」は、明確に、サイラスと、その連れに、向けられていた。
ゼニスは、言葉を、一切、挟まなかった。
ただ、静かに懐から小さな「ガラス瓶」を取り出し、それをギデオンの「作業台」に、置いた。
中には、「錬金」された、「燃える水」が、満たされている。
ギデオンは、訝しげに、その「小瓶」を、手に取った。
「や、やめろ、それは、毒だ!」
サイラスが、絶叫しようとして、ボルカスに屈強な腕で口を塞がれた。
ギデオンの「鑑定」が、始まる。
まず、「香る」。
彼は、サイラスのように、「毒だ!」とは、思わない。
(…『雑味』が、一切、ない。…『純粋な』、匂い…?)
次に、「触る」。
彼は、それを、飲まない。
指先に、一滴、垂らす。
「…!?」
(消える…?乾くのが、異常に、速い…)
彼は、その「指」で、油と革の染料で汚れた、作業台の「表面」を、こすった。
「……!」
(…『汚れ(脂)』が、溶ける(・・・)…?)
最後に、「試す」。
ゼニスは、黙ってその「液体」を、別の小皿に少量注ぎ、火打石で、火を、つけた。
――ボッ!
「青白い炎」が、音もなく、燃え上がった。
ギデオンは、その「炎」を見た後、自分の「指」と、油汚れが綺麗に消え去った「作業台」を、交互に見比べた。
彼はサイラスのように、「呪物だ!」とは叫ばない。
彼は、その「本質」に、戦慄していた。
(…『燃料』…『溶剤』…『洗浄液』…『消毒薬』…!…そして、『香水』の、『基材』…!!)
(…こ、これは…『水』じゃない…『可能性』、そのものだ…!)
だが、ギデオンは、その内なる「興奮」を、完璧に隠した。
彼は、ゼニスを試すことにした。
この「化物」を持ってきた、この得体の知れない「男」を。
「…面白い『水』だ」
ギデオンは初めて、ゼニスを真っ直ぐに見た。
「…で?これを、ハイエナに、捌かせると?」
ギデオンは、嘲るように、笑った。
「…あんた、馬鹿か?それとも、俺を、試しているのか?
こいつは、『価値』を創造する男じゃない。寄生するだけの、ウジ虫だ。
こんな男に、この可能性を、渡した時点で、あんたの負けだ。
これは、『金貨』じゃない。…『価値は、ゼロ』だ」
ゼニスは、その「テスト」を、待っていたかのように、静かに、頷いた。
「ああ。ゼロだ」
「!」
ギデオンの、瞳が、見開かれる。
ゼニスは、続けた。
「だから、あんたを、呼びに来た。
…あんたが、この『ゼロ』に、『価値』を、つけろ」
ギデオンは、息を、呑んだ。
目の前の男は、理解している。
価値とは、発見するものではなく、創造するものだと。
「…俺の『価値』は、高いぞ?」
ギデオンは、最後の「テスト」を、仕掛けた。
「『ハイエナ』の、カモになって、やる、つもりは、ない。
俺を、『雇う』のか?『金貨』で?
…このゴミ溜めから連れ出して、あんたの『奴隷』にするのか?」
ゼニスは、そこで初めて、ボルカスに顎で合図した。
ボルカスは、抵抗するサイラスをゴミ袋のように担ぎ上げ、工房から叩き出した。
二人きりに、なる。
「…俺は、あんたを雇う気は、ない」
ゼニスは、静かに、告げた。
「俺は、あんたに『武器』を、渡しに来た」
「…武器?」
「あんたは、『ゴミ』から、『芸術品』を、造る」
ゼニスは、ギデオンの、工房を、見渡した。
「…だが、『革細工ギルド』の認可がなければ、それはただの『ゴミ』のままだ。…違うか?」
ギデオンの、目が、鋭く、細められた。
図星だった。
「この『燃える水』も、同じだ」
ゼニスは、続けた。
「このままでは、『用途不明の、毒』だ。価値は、ゼロだ。
だが、これに、あんたが『価値』を、つければ…」
ゼニスは、冷徹に、告げた。
「『薬師ギルド』の、『消毒薬』の、独占を、破壊できる」
「『香水ギルド』の、『基材』の、支配を、破壊できる」
「『酒造ギルド』の、『高級酒』の、権威を、破壊できる」
ゼニスは、ギデオンの目を見据えた。
「俺の目的は、あんたを『雇う』ことではない…ギデオン。俺と、『共犯者』になれ。
俺は、『武器』を造る。あんたはその『武器』で、『旧体制』を『破壊』しろ」
ギデオンは、ゼニスのその狂気じみた「合理性」に、しばし呆然としていた。
やがて彼は、腹の底から笑い出した。
「…『旧体制』を、『破壊』する…。は、はは!」
ギデオンは、ゼニスに、手を差し出した。
「…サイラスの奴、灰色谷に『化物』がいると言っていたが、あんたがその親玉か。
…あんた、最高に、『狂って』る」
「契約、成立だ。…『共犯者』殿」
ギデオンは、自らの「工房」に、松明で、火を、放った。
「ゴミ」と、そこに置かれていた、数々の「芸術品」が、炎に、包まれていく。
「…こんな『ゴミ』は、もう、いらん」
ギデオンは、炎を、背に、ゼニスに、言った。
「…『灰色谷』とやらに、連れて行け。
『本物』の、『芸術』を、始める」
・
・
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数日後。
ギデオンが、灰色谷に、到着した。
彼が、最初に、目にした光景。
それは、棍棒を振り回し、奇声を上げて訓練に励む、カエル。
頭に、エララが作ったであろう「雑草の花冠」を載せたまま、真顔で書類仕事をしている、ボルカス。
醜い「蒸留器」のさらなる「改良」に、狂ったように没頭している、ロイド。
そして、その全ての「カオス」の中心で、ただ一人冷静に、「燃える水」の次なる「設計図」を描いている、ゼニス。
ギデオンは、その「光景」を見て、腹を抱えて笑い転げた。
「は、ははは!ぶはははは!」
涙を流しながら、彼は、ゼニスに、叫んだ。
「最高だ!ここは、最高だぞ、ゼニス!
『ゴミ溜め(スラム)』より、よっぽど、『狂って』やがる!」
こうして、旧体制を破壊する、最初の「共犯者」が、チームに加わった。




