第三十二話『天才のアキレス腱』
絶望的な「プレゼンテーション」の直後。
灰色谷の、鍛冶場。
サイラスは、床に、ひれ伏したままだった。
ギデオン。
その「化物」の名をゼニスに告げたことで、かろうじて「処刑」の猶予を得た、という状態だ。
だが、ゼニスは、そのサイラスの「自白」を、冷徹な瞳で分析していた。
そして、静かに、口を開いた。
「…待て、サイラス。話が、おかしい」
「ひっ!?」
サイラスの、肩が、恐怖で、跳ね上がる。
「その『ギデオン』という男が、『ゴミ』から『芸術品』を、造る、と」
「は、はい!そ、その通りで…!」
「…あんたは『ハイエナ』だ」
ゼニスの、言葉が、サイラスの、核心を、突く。
「それが『本物』なら、あんたが、とっくに、そいつを独占し、王都の貴族に売りさばき、巨万の富を得ているはずだ」
「…っ!」
「だが、現にあんたは、ガルトの『共犯者』に成り下がり、俺に脅迫されている」
ゼニスは、サイラスの目を、見据えた。
「…なぜだ?なぜ、その『天才』で、儲けなかった?」
痛い所を突かれ、サイラスの顔が、商人としての屈辱と怒りで、歪んだ。
彼は、もはや恐怖よりも、儲け損ねたことへの憤りで、叫んでいた。
「…っ!む、無理だ!ワシだって、やろうとしたさ!
だ、だが、あの男は、『狂って』いるんだ!
あの、馬鹿は!『ギルド』に、喧嘩を、売りやがったんだ!」
「…ギルド?」
ゼニスの、眉が、ピクリと、動いた。
(…ギルド。…『独占的・排他的な、職人組合』)
ゼニスの脳が、瞬時にその概念を定義する。
彼が驚いたのは「単語」そのものにではない。
(…「ガルト」という『個人』の支配とは、別次元の…)
(…この世界にも、存在したのか。『旧体制』が…!)
サイラスは、唾を飛ばしながら、捲し立てる。
「そうだ!あの男の『鞄』は、芸術品だ!ワシにも、分かる!だがな!
『革細工ギルド』の、認可が、なければ、どんな芸術品も、ただの『ゴミ(非正規品)』なんだよ!
ギルドは、あの男の『技術』が、異端だとして、認可を、出さなかった!
それどころか、ブラックリストに、載せやがった!」
サイラスは、悔しそうに、床を、叩いた。
「ギルドの認可がない革製品なんぞ、王都の、どの商人も、買い取らん!
…だから、ワシも、二束三文でしか、買い叩けなかったんだ!」
サイラスは、ギデオンを憐れんでいるのではない。
自分が『儲け損ねた』ことへの「怒り」を、ただゼニスにぶつけていた。
ゼニスは、そのサイラスの怒りの「情報」を聞いた瞬間、すべてを「理解」した。
彼の脳内で、点と点が、線で結ばれていく。
(…『ギルド』という、『旧体制』)
(…俺が、今、創り出した、『燃える水』も、同じだ)
(このままでは、『薬師ギルド』も、『酒造ギルド』も、認可など、するはずがない。
(『用途不明の、毒』として、『価値は、ゼロ』のままだ)
(…そして、その『ギデオン』という男)
ゼニスは、サイラスの、言葉の奥にある、「真実」を見抜いていた。
(…奴は、俺と『同じ』だ)
(「システム」に価値を認められず、「ゴミ溜め」で、燻っている)
ゼニスの脳内で、「交渉戦略」が一瞬で組み上がった。
(…奴を、『金』で、雇おうとするのは、三流だ)
(…奴が、欲しいのは、『金』じゃない。…『ギルド』への『復讐』の、『機会』だ)
(…奴を、『奴隷』にするな。『共犯者』に、しろ)
戦略は、確定した。
ゼニスは、ボルカスと、まだ床にひれ伏しているサイラスに、命じた。
「ボルカス。ロイドの『蒸留器』から、『燃える水』を、小瓶に、詰めろ。…『交渉』の、手土産だ」
「承知した」
「サイラス」
「は、はいぃ!」
「…立て。あんたの『役目』は、まだ、終わっていない。
その『狂った天才』の元へ、俺たちを、案内しろ」
ゼニス、ボルカス、そして「案内役」のサイラス。
三人が、「燃える水」を手に、王都のスラム街へと、向かう。
ゼニスの、本当の狙いは、もはや、「金貨100枚の価値付け」ではなかった。
それは、「旧体制」という、巨大な壁を共に破壊するための、
「最初の『同志』」を、獲得することだった。




