第三十一話『黄金の値札』
ボルカスは、灰色谷にあの男を、引きずってきた。
影の商人、サイラス。
サイラスは、この数日間、生きた心地がしなかった。
ボルカスに「三日後」と宣告された、残りの「金貨7枚」。
彼は文字通り、全財産をかき集め、三日きっかりでそれを完納した。
(…助かった)
(「処刑」だけは、免れた…!)
彼は、心の底から、安堵していた。
(…くそっ。この、元・奴隷監督めが、調子に、乗りおって)
(だが、取引は、取引だ。投資した分は、回収させてもらうぞ)
鍛冶場へと連行されながら、サイラスの商人の思考が、回転を始めていた。
(それにしても…一体なんだ、この悪魔ども。ワシに何を売りさばけと?)
(…噂に聞いたあの『ツルハシ』か?あの『試作型』とやらの。
それなら、まあ、販路はある。少し『乗せ』れば、すぐに元は取れる…)
そう。
彼はまだ、自分が対等な商人の、つもりでいた。
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「ぜ、ゼニス様…。お、お呼びと、聞きまして…」
鍛冶場には、ゼニスとボルカス、そしてロイドが待っていた。
その、三人の真ん中に。
ロイドが完成させた、「醜い化物」が、鎮座していた。
そして、その「化物」の出口に置かれた、一つの「樽」。
そこには、「透明な液体」が、なみなみと満たされていた。
「サイラス」
ゼニスが、冷徹に、告げる。
「これが、お前が、これから、我々のために『捌く』、最初の『新製品』だ」
「は、はぁ…」
サイラスは、恐怖に顔を引きつらせながらも、「職業病」として、その「新製品」を鑑定しようとした。
まず、「見る」。
(…美しい。最高級の、水のように、透明だ)
次に、「香る」。
彼は、樽に、鼻を、近づけた。
(…っ!?なんだ、この匂いは!?薬か!?いや、違う!ただの『毒』だ!)
そして…。
ゼニスが、その「液体」を、木杯に、注ぎ、差し出した。
「…飲め」
「ひっ…!」
サイラスは、助けを、求めるように、ボルカスを、見た。
ボルカスは、自分の「体験」を、思い出し、ただ、ニヤニヤと、笑っている。
(…こいつも、飲んだのか!?)
サイラスは、逆らえず、意を決し、指先に、ほんの、数滴だけ、つけ、それを、舐めた。
「ごふぉっ!?!?」
サイラスは、床を転げ回り、激しく咳き込んだ。
ボルカスと寸分違わぬ、リアクションだった。
「ぜ、ゼニス様!」
サイラスは、涙目で、絶叫した。
「こ、これは…『毒』です!喉が、焼けます!こんなもの、売れませぬ!」
「黙れ」
ゼニスは、冷静に、その「毒」を、指に、すくった。
そして、鍛冶場の、ランプの「火」に、かざす。
――ボッ!
「青白い炎」が、ゼニスの、指先で、燃え上がった。
サイラスの、顔面から、血の気が、引いた。
(『燃える』…『毒』…!?)
(こ、こんな『呪物』、誰が、買うんだ!?)
(こいつら、無理難題を吹っかけて、結局ワシを処刑しようとしているのでは…!?)
「ぜ、ゼニス様!ご、ご勘弁を!」
サイラスは、ゼニスの足元に、這いつくばって、命乞いをした。
「こ、これを、どう、捌けと…!
せ、せいぜい、物好きな貴族に、『火のつく珍品』として…
『大銅貨10枚』で、売るのが、関の山、で…!」
ゼニスは、そのサイラスの「値付け」を、冷徹に、首を横に振って、否定した。
「…サイラス。その『一樽』。お前への『卸値』は、決まっている」
「は、はい!お、おいくらで、しょうか…?」
ゼニスは、冷酷に、その「値札」を、告げた。
「『金貨100枚』だ」
「………………はい?」
サイラスは、意味が理解できず、愛想笑いのまま、固まった。
そして、白目を剥き、ゆっくりと、後ろに、倒れた。
「…まあ、そうなるわな」
ボルカスが、呆れたように、呟く。
ロイドは、その醜い「機械」を造った自分自身を呪うように、頭を抱えている。
ボルカスは樽から木杯に「燃える毒(の原液)」を汲むと、それをサイラスの顔に、バシャリとかけた。
「ぎゃああああっ!!」
サイラスは、飛び起きた。(※火傷ではなく、毒の、強烈な、刺激で)
「む、無理だ!無理です!『金貨100枚』!?この『燃える毒』が!?
どうせ殺すつもりなら、いっそ今、ここで、殺してくれ!」
サイラスは、本気で、号泣した。
「…サイラス」
ゼニスは、その「絶望」を、静かに、見下ろした。
「俺はお前に、これを『酒』として売れとは、言っていない」
「…へ?」
(…じゃあなぜ飲ませた!?)
「これは、『黄金』だ。だが、その『価値』はまだ、この世の誰も、知らない」
ゼニスは、サイラスに「問題」を出した。
「『この燃える水に、金貨100枚の、価値をつけろ』」
「し、しかし、ワシのようなハイエナに、そんな『価値』を『創造』する力など…!」
「…知っている」
ゼニスは、サイラスの目を見据えた。
「だからお前に、二つ目の『命令』を出す。
『この燃える水を、金貨100枚で売れる人間を、見つけてこい』」
ゼニスは、ボルカスが、持つ、「原本」に、視線を、やった。
「期限は、三日だ。
…もし、見つけられなければ、お前の『処刑』を、執行する」
サイラスは、処刑の恐怖と、金貨100枚という絶望の、板挟みになった。
彼は、鍛冶場から放り出され、灰色谷の泥道を這いずり回った。
(…『価値』を『創造』する?)
(『金貨100枚』…?)
(そんな化物が、この世にいるものか…!)
(…いや、待て)
サイラスの脳裏に、一人だけ心当たりが浮かんだ。
彼が商人として、最も軽蔑し、最も恐れていた、一人の、男。
(…いる。一人だけ、いた)
(…王都のスラムで…『ゴミ』から『芸術品』を生み出すと、本気で豪語していた…)
(…あの、『狂った』天才が…!)
サイラスは、転がるように、鍛冶場のゼニスの元へ戻った。
「ぜ、ゼニス様!お、おります!」
サイラスは、ゼニスの足元に、再びひれ伏した。
「ワシでは、ありませぬ!ですが、一人だけ!
この『合理的な無茶ぶり』を解決できるかもしれん、『化物』が、おります!」
ゼニスは、その計算通りの「回答」を、冷徹に見下ろした。
「…名を、言え」




