第三十話『三日間の錬金術』
その夜。
灰色谷の、古い鍛冶場。
鍛冶職人のロイドは、ゼニスから投げ渡された「金貨3枚」の重い革袋と、奇妙な「設計図」を、見比べていた。
(…なんだ、これは?)
彼は、灰色谷で唯一の、本物の「鍛冶職人」だ。
そのプライドが、この設計図を理解することを、拒絶していた。
(フラスコ…?冷却管…?こんな歪なものを造れ、と?)
(これは『武器』じゃない。『農具』でもない。
…こんな『ガラクタ』に、あの『金貨3枚』を、すべて、使えと、言うのか…!)
そこへ、ゼニスが、音もなく、現れた。
「ロイド。設計図は、理解できたか」
「…ゼニス様」
ロイドは、立ち上がり、ゼニスに、食ってかかった。
「俺は『鍛冶屋』だ。…『芸術家』じゃ、ない」
彼は、設計図のある一点を、指で強く叩いた。
「特に、この『冷却管』!この、螺旋状に、細く、長く!
しかも中空で、水漏れ一つ、許さない、だと!?」
ロイドの、声が、震える。
「こんな曲芸、不可能だ!いや、可能だとしても、三日では、絶対に、無理だ!
一本の『銅管』から完璧にこれを造るには、まず、専用の『治具』から造らねばならん!」
ロイドは、「職人」として、揺るぎない「正論」を、ぶつけた。
「それだけで、一週間は、かかる!」
だが、ゼニスは、ロイドの「正論」を一蹴した。
「…ロイド。あんたは、『芸術品』を、造ろうとしている」
「なに?」
「俺が欲しいのは、『機能』だ」
ゼニスは、鍛冶場に転がっていた一本の『鉄の棒』と、裁断された薄い『銅の板』を拾い上げた。
「『管』から、造るから、難しい」
「…は?」
「この『鉄の棒(芯)』に、この『銅の板』を、巻き付けろ」
「…なっ!?」
ロイドは、その発想に言葉を失う。
「『螺旋状』に巻き付け、その『継ぎ目』だけを塞げばいい」
「継ぎ目を塞ぐだと!?そんな曲芸…!
それに、そんな高温にも水圧にも耐えられる接着剤が、この世にあるとでも…!」
「…接着剤ではない。合金だ」
「…合金?」
ゼニスは、ロイドの、目を、見据えた。
「ロイド。この谷で、錫や鉛は採れるか?あるいは、ガラクタ置き場に、捨てられていないか?」
「…?ああ、鉛なら、古い錘のクズがある。錫も、壊れた食器の残骸があるだろうが…」
ロイドは、怪訝な、顔を、する。
「…あんな無価値な金属が、今、何だというんだ」
「その二つの無価値を、混ぜて、熱する」
ゼニスは、冷徹に、告げた。
「…高温に耐え、水を漏らさない、最強の『合金』を、今から造る」
ロイドは、その「発想」に、戦慄した。
(…巻き付ける?継ぎ目を、塞ぐ…?)
(…そんな醜い、やり方…!)
それは、鍛冶職人としての「美学」が、根底から否定される屈辱だった。
一本の銅塊から叩き出し、滑らかな「管」を造り上げることこそが、彼の「技術」だったからだ。
だが、同時に、理解してしまう。
(…だが。…そのやり方なら)
(…三日で、間に合う…!)
ロイドは、目の前の若き指導者を、見つめ直した。
(…この人は『職人』じゃない。…『化物』だ)
ロイドは、自らのプライドを、自らの手で、叩き折った。
「……わかった」
その、ロイドの「目」が、「職人」から「技術者」へと、変わった。
「…あんたのその『醜い化物』、造ってやるよ…!」
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三日後。
夜明け前。
灰色谷の、鍛冶場。
約束通り、サイラスの残りの「金貨7枚」は、ボルカスの元へ届けられた。
同じ頃、鍛冶場ではロイドが、徹夜でゼニスの「化物(=蒸留器)」を完成させていた。
それは設計図通り、継ぎ目だらけの醜い、しかし完璧に「機能」する、機械だった。
「…火を、入れろ」
ゼニスの号令が、飛ぶ。
この「三日間」で用意させていた「原料」が、釜に投入される。
「待て、ゼニス様!」
ロイドがその「原料」を見て、激怒した。
「こんなゴミを、俺が命懸けで造ったこの釜に入れる気か!」
ボルカスが、その「原料」をまじまじと見つめ、その「酸っぱい匂い」に気づく。
「…ゼニス。これは……
『ガルト』が横流し用保管庫の奥で『腐らせていた』、あの『ライ麦』か…!」
ゼニスは、ボルカスの気づきに、静かに頷いた。
「そうだ」
彼は、釜と、金貨と、ロイドを見渡す。
「ガルトが『腐らせたゴミ(負債)』。
…そのゴミを使って、今から『黄金』を造る」
火が、入れられた。
腐ったライ麦を煮込んだ「泥水」が熱せられ、湯気(蒸気)が、醜い銅の『螺旋管』へと、吸い込まれていく。
螺旋管は、冷たい水樽に浸されている。
やがて、螺旋管の出口から、透明な『液体』が、ポツリ、ポツリと、滴り落ちてきた。
ボルカスが、それを、覗き込む。
「…湯気が、ただの水に、戻っただけ、か…?」
ロイドも、失望の顔で、それを見ている。
ゼニスは、その「透明な液体」を、小さな「木杯」に、受けた。
そして、ボルカスに、無言で、差し出した。
「…ワシが、毒見を、しろと?」
ボルカスは、意を決し、その「液体」を、一気に、呷った。
「…っ!?」
ボルカスの、顔が、一瞬で、赤黒く、染まる。
「ごふっ…!か、喉が…!焼ける…!ゼニス!これは、『毒』だ!」
ボルカスは、激しく、咳き込む。
「…いや、待て、これは…ただの、水ではない…!?」
ロイドが、それを見て、叫んだ。
「…!?成功か!?だが、飲めない『水』など…!やはり、使い道のない、失敗作か…!」
ボルカスが咳き込み、ロイドが膝を折る。
そのカオスの中で、ゼニスだけが冷静だった。
ゼニスは「木杯」に残った、数滴の「毒」を指にすくう。
そしてまだ薄暗い鍛冶場の「ランプ」の「火」に、その「指」を、近づけた。
――次の瞬間。ゼニスの指先で、「青白い『炎』」が、燃え上がった。
「…ひっ…!」
「…燃える…『水』…?」
ゼニスは、その「青白い炎」を、冷徹に、見つめながら、呟いた。
「…いや、これは『黄金』だ」
第一の武器、『錬金術』が無事に起動した。
次は、この『黄金』を、捌く。




