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神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第一幕:灰色谷の奇跡

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第二十四話『異常値』


旧体制が「処理」されてから、一ヶ月が経過した。

「看守長代理室」となった旧ガルトの私室で、ボルカスは、冷や汗を流しながら、この一ヶ月の「月次報告書」の作成に追われていた。



ゼニスが導入した、日報による徹底した管理。

それを元に集計した、この一ヶ月の「鉱石生産量」の最終的な数字を前に、俺は、わなわなと震えていた。


(ガルト時代の…二倍…だと…!?)


月の大半は、シフト制や栄養管理の導入で、じわじわと生産量が上がっていた。

だが、最後の数日。

あの「試作型ツルハシ」が先行テストチームに導入されてからの伸びが、異常だった。

グラフの線が、そこだけ、垂直に跳ね上がっている。


俺の胃は、もはや、まったく別の種類の痛みを発していた。

もはや、「不用品として処理される」ことはない。

生産性は、上がっているのだから。


俺が恐れているのは、この「二倍」という、『異常値』そのものだった。


(こんな数字、公爵様が信じるはずがない!)

(ガルトの横領を上回る、「捏造」だと思われるに決まっている!)

(ガルトは「処刑」された。ワシは、どうなる…?)


俺は、そこまで考えると、恐怖のあまり、ある決断に達した。


(そうだ、数字を、偽ろう)

(1.5倍…いや、安全を見て、1.3倍くらいで報告すれば、公爵様も納得してくださるはずだ…!)


俺は、意を決し、インクの染みたペンを、帳簿の「最終集計欄」へと伸ばした。その、瞬間だった。



「――ボルカス」



背後から、氷のように冷徹な声がかかった。

いつの間にか、ゼニスが、俺の手元を、無感情な瞳で、見下ろしていた。



「ひぃ!ぜ、ゼニス…!」


「あんたが今しようとしていることは、『非合理的』だ」


「ば、馬鹿を言え!このまま正直に報告してみろ!不正を疑われて、ワシらは、終わりだ!」


「逆だ」



はぁ…と、ため息を漏らすと、静かに首を振る。



「あんたが嘘の数字を報告すること。それこそが、ガルトと同じ不正行為だ」


「で、では、どう説明しろと!?この二倍という、化け物じみた異常値を!」



俺が、パニックになって叫ぶと、ゼニスは、机の上に、数枚の羊皮紙の束を、静かに置いた。



「説明は不要だ。この『補足資料』を、報告書に添付しろ」



俺は、震える手で、その羊皮紙の束を手に取った。

そこに記されていたのは、俺の理解を、遥かに超えた「分析結果」だった。



『灰色谷・労働シフト導入による生産性向上に関する相関レポート』

『試作型採掘ツール(プロトタイプ)の性能試験結果と、今後の量産計画について』

『栄養管理の改善が、労働効率に与える影響の定量的考察』



「公爵は『経営者』だ」



ゼニスは、冷徹に、告げた。



「彼が求めるのは、パニック(あんたの恐怖)ではない。

事実(データ)』だ。この報告書は、我々が何をしたかの、完璧な回答になっている」



俺は、震えが止まらなかった。

この男、ゼニスは、この一ヶ月、ただ改革を行っていただけではない。

その成果をアークライトという経営者に完璧に理解させるための「証拠」までも、同時に作成していたのだ。



その、数時間後。アークライト公爵邸。


アークライト公爵は、執務室で、一つの報告書を読み、深く、眉をひそめていた。

『ガリア帝国』との国境線に関する、軍事報告書だ。



「…また、増派の要請か。あの前線は、どれだけ『人材』を食えば、気が済むのだ…」



灰色谷の看守どもを「懲罰兵」として最前線に送ったばかりだというのに。

慢性的な「人材不足」と「コスト増」。

それが、彼の領地経営における、最大の問題だった。


そこへ、側近が、静かに入室した。



「公爵様。灰色谷より、『月次報告書』が到着しております」


「…灰色谷か」



アークライトは、眉間に深い皴を寄せたまま、その報告書を受け取った。



報告書を一瞥した彼の眉が、ピクリと、動いた。

『生産量、前月比、200%』。



「……捏造、か」



アークライトは、即座に、そう断じた。


(あのボルカスという男、ガルトが処刑されたばかりだというのに…一ヶ月で愚行を繰り返すとは救いようのない)


ボルカスの懸念は、的中していた。

だが、アークライトは、報告書を破り捨てる前に、それに添付されていた分厚い「補足資料」の束に気がついた。



「…なんだ、これは」



彼は、まず『シフト制レポート』を読み、次に『栄養管理レポート』を読んだ。

その時点では、まだ、彼の表情は、冷ややかだった。


(小賢しい言い訳を…)


だが、彼が、最後の『試作型採掘ツール(プロトタイプ)』のレポートを手に取った瞬間。

その、冷徹な瞳が、初めて、見開かれた。


そこに記されていたのは、言い訳ではない。

恐ろしく精密な、「設計思想」と「性能試験データ」だった。


(…あり得ん。このレポートは、なんだ?)


アークライトの脳裏に、一ヶ月前、この執務室で、怯えながら、かろうじて報告を遂行した、あの奴隷監督の姿が浮かんだ。


(ボルカス…あの男は、恐怖で萎縮するだけのただの『代表役』に過ぎん。こんな分析と改善提案ができる知性があるはずがない)


(一ヶ月前、あの男が報告したのは、「新鉱脈の兆候」という、実に曖昧な情報だけだった)


(このロジックは、ボルカスのものじゃない。これは、王都の学者か、軍の兵站専門官が書くレベルの、冷徹な分析結果だ)


結論は、一つだった。



「……なるほど」



アークライトは、静かに、呟いた。



「ボルカスの背後に、『誰か』がいる。

この『設計思想(ロジック)』を持つ、未知の知性が」



アークライトは、天秤にかける。

この「未知の知性」が、彼の領地を内部から崩壊させる最大の「脅威リスク」になる可能性。

あるいは、彼が直面している最大の問題――帝国との戦線で「慢性的な人材不足」に悩む、この公爵領にとっての、最大の「資産アセット」になる可能性を。


彼は「経営者」として、決断した。



「この生産量が本物ならば、この試作型ツールが本物ならば…リスクを冒す価値がある」



そして、側近を呼び戻すためのベルを、強く、鳴らす。



「――私の私兵から、精鋭を十名、選抜しろ。それと、先触れの使者を一人、すぐに立てろ」


「はっ。使者は、どちらへ?」



アークライトは、その冷徹な瞳で、ゼニスが作成した『補足資料』の束を、指で、強く叩いた。



「灰色谷だ。看守長代理ボルカスに、こう伝えろ」



その口元に冷酷な、あるいは、面白がるような笑みを、わずかに浮かべる。



「――『三日後、直々に、視察する』。

この『レポート』に書かれた『革命』とやらを、この目で、じっくりと、見せてもらおう」

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