表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第一幕:灰色谷の奇跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/86

第十七話『はじまりの炎』


夜の闇の中、カエルは一人、立っていた。

ボルカスによって懲罰房から秘密裏に解き放たれた彼は、ゼニスの常軌を逸した指示だけを頼りに、鉱山の最深部、第三層の、古い採掘坑へとたどり着いていた。


手にあるのは、一本の錆びついたツルハシ。

だが、今の彼にとってそれは、単なる道具ではなかった。

裏切り者と罵った男から託された、この谷の全ての運命を左右する最後の「刃」だった。



「――本当なんだろうな……」



彼の心の中で、葛藤と激しく戦っていた。

憎い。

あの、冷たい目で俺たちを計算の駒としか見ていない、あの男が。

だが、信じるしかない。

エララの、あの、静かな言葉を。

そして、暗闇の中で悪魔のような笑みを浮かべた、あの男の狂気的な確信を。


彼はゼニスに指示された一点を見つめた。

壁に走る微細な亀裂。

その奥に眠る、「怒れる大地の息吹」。



「……信じるぞ、裏切り者」



それは、呪いであり、そして、祈りだった。

カエルは、ツルハシを、高く、振り上げた。

そして、ありったけの、憎しみと、信頼を込めて、その一点に、振り下ろす。


――キンッ!


硬い、岩を打つ、甲高い音。

何も、起きない。


二度目。


――ガンッ!


火花が散る。壁は、びくともしない。



やはり、嘘だったのか。

あの男の、最後の悪あがきに、俺は、踊らされただけなのか…?

憎悪が、再び、彼の心を焼き尽くそうとした、その瞬間。

彼は、エララの顔を思い出した。あの、静かで、揺るぎない瞳を。



「…くそッ!」



彼は、三度目、最後の力を込めて、ツルハシを振り下ろした。


――ゴッ!


鈍い音が響き、ツルハシの先端が、亀裂の奥深くに、食い込んだ。

その、瞬間だった。


――ゴゴゴゴゴ……。


足元が、激しく、揺れた。

いや、違う。

地球そのものが、呻いている。

壁の亀裂から、シューーーッ!という、蛇が威嚇するような、甲高い音が、漏れ出し始めた。

それは、腐った卵のような、強烈な異臭を、伴っていた。


カエルは、ゼニスの、最後の言葉を、思い出していた。

『三度、打て。そして、全力で、走れ』と。


本能的な恐怖が、彼の全身を貫く。

彼は、振り返ることなく、出口へと駆けた。

闇の中を、ただひたすらに。


その、直後だった。


灰色谷の、全ての奴隷たちが、その音を、聞いた。

それは、落盤事故のような、鈍い音ではない。

天と地が、裂けるような、凄まじい「咆哮」だった。


地響きが、谷全体を、揺るがす。

寝床の壁が軋み、天井から土埃が降り注ぐ。

奴隷たちは、何事かと、恐怖に駆られて、寝床から飛び出した。

そして、彼らは、見た。


鉱山の、第三層に通じる、古い通気口から。

夜の闇を、真昼のように、照らし出す、巨大な「炎と蒸気の柱」が、天へと、昇っていくのを。


それは、彼らが、生まれて初めて見る、光景だった。

世界の法則を、完全に、逸脱した、圧倒的な、暴力。

まるで、大地という名の、巨大な竜が、怒りの息吹を、天へと、吐き出したかのような。

神話的で、あまりにも、美しく、そして、恐ろしい、破壊の光景。


奴隷たちは、声も出せずに、その場に、ひれ伏した。膝をつき、額を地面に擦り付け、ただ、震えることしかできなかった。


これは、人間の仕業ではない。

神の、怒りだ、と。

あるいは、古の英雄譚の、再来だ、と。




――その頃。


ガルトは、執務室で、その轟音と地響きに思わず椅子から跳ね上がった。



「…何事だ!?」



扉が乱暴に開かれ、血相を変えた看守が駆け込んでくる。



「看守長!大変です!鉱山の第三層で、原因不明の大爆発が!」



「……何だと!?」



ガルトの豚のような目が、信じられないというように、見開かれる。



「第三層だと?あそこは、もう何年も前に放棄したはず…!何が起きた!?答えろ!」



「そ、それが…まだ混乱していて…!とにかく、凄まじい火柱が…!」



ガルトの脳裏を、かつてない種類の混乱が襲う。


落盤ではない。

火薬を使った破壊工作?

いや、それにしては規模が大きすぎる。


まさか、あのゼニスが…?

馬鹿な、ありえん。

奴は牢に繋がれたままだ。


彼の完璧な「蟻の巣」という名のシステムが。

彼の計算外の「変数」によって、制御不能なエラーを起こしている。


それはもはや、怒りではなかった。

自らの理解を超えた現象に対する、純粋で、冷たい。

「恐怖」だった。



「…現場へ行くぞ!全員、続け!」



混乱する頭を振り払い、怒鳴り声を上げると執務室を飛び出していった。





カエルは爆心地から、命からがら、逃げ延びていた。

そして、坑道の出口付近で振り返り、自らが引き金を引いたその「奇跡」を、目の当たりにしていた。


天を突く、炎の柱。

大地を震わせる、神の咆哮。


彼の心の内で燃え盛っていたガルトへの怒りの炎は、そのあまりにも巨大な炎の前に、ちっぽけな灯火のようにかき消されていた。


これは、暴力ではない。

情熱でもない。

もっと、上位の。

世界の理そのものを書き換える、絶対的な「法則」の力。


あの男――ゼニス――は、これを、計算していたというのか?

この、神の御業を。


カエルの魂が、その場で、生まれ変わる。

憎しみも、疑念も、全てが焼き尽くされ、その灰の中から新しい感情が芽生えていた。


畏敬。

そして、絶対的な、信仰。


彼はもはや反逆者ではない。

神の奇跡をその身で体現した、献身的な「使徒」へと変貌していた。


彼は、炎に照らされた自らの手を見つめた。

この手で引き金を引いたのだ。

彼はゆっくりとその場に膝をつき、燃え盛る炎の柱に向かって、深く頭を垂れた。


それは、悔恨ではない。

新たなる主への、最初の、そして、永遠の誓いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ