表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第一幕:灰色谷の奇跡

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/40

第十三話『不協和音』


あの仕掛けられた崩落から一週間が過ぎた。


俺とガルトの間に奇妙な「協定」が結ばれたことを、奴隷たちはまだ知らない。

知っているのは、俺が看守長に呼び出され、五体満足で帰還し、新品のツルハシを手にした事実だけだ。

その事実は、俺の周囲に畏怖と関心を集めていた。

一方で、カエルとその仲間たちの視線は、日に日に冷たさを増していく。


俺たちの生活は、表面的には確実に向上していた。

排水計画は、ボルカスという絶対的な信頼を得たリーダーの下、驚くべき速度で進展した。

寝床の空気にもはや腐臭はなく、土の匂いを取り戻している。


それは、革命などではない。

ただ、人間が、最低限、尊厳を持って眠るための、当たり前の環境。

俺たちの、ささやかな、しかし、確かな希望だった。


だが、その希望に影が差し始めるのに、たいして時間はかからなかった。


変化は、配給のパンから始まった。

ただでさえ石のように硬かったあの黒パンが、日に日に小さく、そして硬くなっていく。

まるで、水分という水分を、全て、奪われたかのように。

口に入れれば砂を噛むようにボソボソと崩れ、喉を焼くように通り過ぎていく。


スープはさらに悲惨だった。

かつてはまだ、野菜の屑が浮かんでいた。

だが、今ではただの泥水だ。

温かいというだけの泥水。

それを啜るたびに、奴隷たちの瞳から光が一つ、また一つと消えていく。


俺は、直観的に理解していた。

ガルトの悪意が働いている。

これは、谷の外から仕掛けられた、見えざる「経済戦争」に違いない。

外部の食料供給ルートに働きかけ、干渉しているのだろう。


奴の目的は定かではない。

純粋な嫌がらせか、あるいは、この飢餓を利用して何か企んでいるのか…。

いずれにせよ、このままではまずい。

衛生環境の改善という「希望」が、「飢餓」という抗いがたい本能の前に、容易くその価値を失っていく。


この構造を論理的に理解はできる。

だが、証明する術も、対抗する手段もない。

純粋で巨大な壁の前で、初めて感じる無力感を味わっていた。


そして、その無力感は奴隷たちの間に、最も危険な「毒」を撒き散らし始めた。

彼らの怒りは、直接的な原因であるガルトには、向かわない。

見えざる外部の敵にも。

行き場のない憎悪は、たった一つの分かりやすい的、――俺に集中した。



「なあ、おかしいと思わねえか?」



寝床の隅で、奴隷たちが、ひそひそと、囁き合っている。



「ゼニスが監督をけしかけて何かやり始めてからだ。飯が少なく、不味くなったのは」



「ああ。看守長に魂を売り渡したって噂だぜ」



「自分だけ、たらふくいい飯でも食ってんじゃねえのか?」



俺がもたらしたはずの「希望」が、今まさに、仲間たちの「憎悪」へと、変わり始めている。

その現実に、焦りを感じ始めていた。


その夜だった。

ボルカスが一人、俺の元を訪れた。

腕の怪我もまだ完治していない。



「……ゼニス」



その響きには深い苦悩と、何よりも心配の色が滲んでいた。



「あんたも噂は耳にしてるだろ。

 俺は疑わねえ。俺の命は、あんたに救われた。

 それは、一生、忘れん」



「……」



「だがな。仲間たちの腹は、正直だ」



ボルカスの言葉の一つ一つが、まるで墓石のように重い。



「このままじゃ不満は抑きれん。カエルの奴らもいつ暴発してもおかしくない」



俺の目を、真っ直ぐに、見据えた。

そしてこの谷の最も過酷で、最も普遍的な真実を俺に突きつける。



「このままじゃ、あんたは仲間を全部失うぞ。

 そうなれば、支配者ガルトはお前さんをどうする?

 …もう、用済みだ」



俺は、初めて、知ったのだ。

飢えよりも、暴力よりも、何よりも、恐ろしい、統治者だけが、その身に受ける、呪い。


民衆の「支持」を、失うという、恐怖を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ