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神なき世界の設計者 ~奴隷の知識が非合理な絆と最強国家を鍛え上げる~  作者: Ken
第一幕:灰色谷の奇跡

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第十話『最初の反逆者』


俺はガルトからの「権限」を、初めて公の場で行使した。


昨日、あの後看守の一人が、俺のところに数本の新品のツルハシを置いていった。

それは、この谷では決して目にすることのないはずの「価値ある道具」だった。


翌日、ボルカスを通じて十数人の奴隷たちを集めた。

彼らは排水計画の最初の実行部隊となる者たちだ。


ボルカスが選んだ、腕の良い古参の職人たち。

その周囲を、カエルの息のかかった若い奴隷たちが腕を組み、壁のように取り囲んでいる。

いずれもあのささやかな奇跡を目の当たりにし、俺の言葉に耳を傾け始めた者たちだ。


俺が彼らの前にツルハシを置いた瞬間、空気が震えた。


古参の職人たちの間に、抑えきれない驚嘆の声が上がる。



「新品だ…!」



「こんなものが、この谷にあるなんて…」



「まさか、看守長から…!?」



彼らは恐る恐る、しかし目を輝かせながら、その新品の鉄の輝きに手を伸ばし道具を確かめる。

その刃先の鋭さに、職人としての感嘆の息を漏らす。

また、彼らはあの絶対的な支配者から「不可能」を引き出した事実に驚愕していた。

俺とツルハシの間を、視線が何度も往復する。


対照的に、周囲を取り囲む若い奴隷たちは、敵意を剥き出しにした。

彼らは、古参たちの反応を冷ややかに見つめている。

俺を、そして、その「ガルトの恵み」に喜ぶ者たちをも、静かな憎悪の視線で射抜いていた。



「……これを使え」



俺は、感情を排した声で、言った。



「このツルハシは、従来の物より30%ほど作業効率が高い」



古参の職人たちは、改めて道具を手に取り、決意を固めた目で頷き合う。


だが、若い者たちの中には、唾を吐き捨てる者さえいる。

その、凍りついた敵意の中から、一人の男が、ゆっくりと、歩み出てきた。


カエルだった。

その瞳は、怒りではない。

もっと深い、失望に満ちていた。



「……ゼニス」



彼は、初めて俺を、名前で呼んだ。

だが、その響きは重く、かつて垣間見せた畏敬の念はもはや欠片もなかった。

ただ、深い失望と、決別を告げるような冷たさだけがそこにあった。



「これが、お前の見つけた答えか?」



彼は足元に置かれた新品のツルハシを、つま先で軽く蹴った。

カラン、と、乾いた音が響く。



「看守長の犬になって、そのおこぼれを仲間たちに分け与える。

 …それでお前は、俺たちを救えると思っているのか?」



カエルとその仲間たちは思っているのだ。

俺が、魂を悪魔に売り渡したのだ、と。


古参の者たちは、その短絡的で、危険な扇動に、苦々しげな表情を浮かべている。

俺はカエルのその魂の問いに、一切の感情を返さない。



「これは我々の生存確率を最大化するための、最も合理的な手段だ」



「合理的な手段だと?」



カエルの声に、初めて熱がこもる。



「俺たちの誇りを、魂を、あの豚に売り渡すことがか! 

 ヨハンはそんなことのために死んだんじゃねえぞ!」



ヨハン。

その名を聞いた瞬間、俺の胸の奥で、システムエラーの警報が鳴り響いた。

あの時感じた、「孤独」という名の、冷たい穴。

それが今、この決定的な拒絶によって、抉られるように、深く、痛んだ。


――エラー。

名称:感情パラメータの臨界点超過。

要因:対象個体カエルとの、価値観の根本的決裂。および、それに伴う、共同体の分裂リスクの急上昇。


俺は、システムに、命令する。

その痛みを、隔離せよ。

感情を、抹殺せよ。

俺は、今、人間であってはならない。

この、分裂しかけたシステムを、一つの方向に導くためには。

王として、非情に、起動させなければならないのだ。

俺は、行政官のように冷徹な論理で、カエルの情熱を切り捨てた。



「感傷は、生存確率を下げる。

彼の死を、真に意味のあるものにするためには、俺たちは生き残り、そして勝たなければならない。

そのためなら、俺はどんな手段でも使う」



「……手段、だと?」



カエルは絶望したように、笑った。



「お前は、何も分かっていねえ。

俺たちが欲しいのは、少しばかりマシになった牢獄じゃねえんだよ」



彼は確信していた。

俺がやっていることは、かつてのあの非情なシステムを、「より効率的な形」で再現しているだけなのだと。

彼の瞳から悲しみが消える。

そして、その代わりに、冷たい硬質な憎しみの光が宿った。



「……もう、お前に、何も言うことはない」



カエルはそう言うと、俺に背を向けた。



「俺は、俺のやり方で戦う。お前のその、ガルトの首輪がついた、立派なシステムの外でな」



彼は去っていく。

俺とは違うやり方で、しかし、同じ解放を夢見ていたはずの男が。

俺の「システム」に対する最初の「反逆者」となって。

その背中に、俺は最後の、そして最も非情な警告を発した。

声は、震えなかった。



「カエル」



彼が足を止める。



「俺の計画の妨害は、この谷の生産性を低下させる行為だ。

それは、看守長ガルトへの直接的な反逆と見なされる」



俺は、宣告した。

同じくびきに繋がれていた、男に。



「計画を邪魔するならば…俺はお前を、躊躇なく排除するぞ」



その瞬間、灰色谷の薄暗い空の下で。

二つの正義は、完全に、決裂した。

そして、俺たちの戦いは、敵対する二つの「システム」による代理戦争へと、その姿を変えたのだった。


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