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4.哀しみを呼ぶ者たち


「何してるんだ?」


アルル様が突然背後に現れた。人の気配に全く気づいていなかった私は声も出せないほど驚いて、その場で小さく跳ねた。


「驚かせたか?悪い」

「い、いえ!」


驚いたのはもちろんだけど、どちらかといえば恥ずかしいが勝っている。見られた?指パッチンを練習してるとこを。


慌てて突き出していた手を引っ込めて何となく指を隠すように胸の前でぎゅっと握った。その様子を見て「ん?何か隠したか?」私のおかしな挙動を見逃さないアルル様が私の隣に並び顔を覗き込んでくる。


「な、何でもありませんわ!」

「ふーん」


アルル様はしつこく訊いてくることはなかった。興味がないのか引き際が良すぎて拍子抜けする。


翌朝の仕込みが終わった夕方、花に水やりをしにきた私はこっそりアルル様の真似をして指パッチンをしてみた。見様見真似では音すら鳴らず、もちろん花も咲かない。そんなことわかっているのに、アルル様の魔法にかかった花たちは私の指パッチンでも目覚めてくれるのではないかと試していた。何度も何度も指を擦り合わせていると突然アルル様が現れたのだ。


アルル様は私と並んでバラ園を眺めている。何も言わず、まばらに咲いているバラたちをじっと見つめている。


「アルル様は何か用事ですか?」

「いや?お前が見えたから」

「私に?用事ですか?」

「いや?」


アルル様がふと私の方に目をやった。けど、それ以上何も言わない。


私がいたからって、どういうことだろう。


私がじっとアルル様の顔を見上げていると「何だよ」と言って目を細める。


「アルル様、少し顔色良くなりましたね。細いのは相変わらずですけど」

「まあ、寝て食べてって普通の生活してたらそうなるかもな」

「今まではどんな生活をしていたんですの?」

「言わなきゃダメか?それ」

「え?言いたくないのでしたら結構ですけど・・・なんか心配ですね。アルル様、このまま星に帰していいのでしょうか。お世話する人が必要な気がします。私とか」

「お前は星に遊びに行きたいだけだろうが」

「よくおわかりで!」

「無理だし嫌だし諦めろ」

「お菓子作りに行くくらい」

「ダメだ」


ぎゅっと眉間に皺を寄せていつもの顰めっ面。そして「お前が来ていいようなとこじゃない」と苦しげに告げる。


「でも、アルル様だって宇宙船を手配しなければ帰れませんよね?」

「そもそも俺、帰りたいなんて一言も言ってないぞ」

「はっ!!そういえばそう!!」


そう、アルル様は一言も帰りたいなんて言っていない。私が勝手に思っていたことだ。私が口に手を当てて固まっていると、さっきまで顰めっ面だったアルル様の表情が緩む。ふっと短く息を吐き出して「悪いな」と小さく笑った。


「お前たちには世話になりっぱなしだ」

「そんなことありません!!気にせずもっとずっといてくださいませ!!私、目標ができましたの!!」

「目標?」

「アルル様に私の作ったお菓子を”おいしい“って言ってもらうことです!アルル様のお口に合うお菓子を作れるように目下(もっか)研究中ですの!だって、そうすればこの国の食事が合わないアルル様でもシュガール国がもっと住み良いところになるかもしれないって」

「食事なんて腹の中に収まりさえすれば」

「ノーンッ!!そんなのいけませんわ!!食事って、お菓子って、砂糖って、こんなに美味しくて、頭がぼんやりして、とっても幸せな気持ちになるんだってことを、ぜひ体験してくださいませ!!」

「なんか危ない薬を勧められてるようだな」

「それまで帰しません!!」


私はアルル様の前を立ち塞ぎ両手を広げた。そんな私を見下ろしたアルル様が「わかった」と頷く。「楽しみにしてるよ」と微笑んで。


また胸の奥が締め付けられた。アルル様が笑うと胸が締め付けられる。それがどうしてかわからない。

笑顔の裏に哀しみを湛えているように感じるからだろうか。アルル様の中で何かを諦めている時にアルル様は笑うような気がする。お肉を諦めたあの日と同じように、星に帰ろうとしない自分を嘲っている。どうしていつもそう苦しそうなのだろう。だから私はあなたを笑顔にしたくて仕方がない。


「なら、俺にも仕事をくれないか?」

「お仕事?」

「何もしないで世話になるわけにはいかない」

「そんな。お客様なのですから、ゆっくりお過ごしください。そして私の試作品を食べ続けて毎回感想をくだされば」

「それが嫌だ。俺は太りたくない」

「それは幸せの象徴だって」

「うるさい」


アルル様は頑なに幸せを受け取りたがらない。絶対にもっと太った方がいいのに!と睨みつける私の顔を見ないふりする。


「う~ん・・。そうですね。アルル様は特殊な力をお持ちですし」

「・・・・・・。」

「火、とか扱えますか?」

「マグマを地中から噴火させることはできる」

「そんなの望んでおりません!!精糖工場が弾け飛んでしまいますわ!!」

「精糖工場?」

「砂糖を精製する工場です。原料を高温で煮詰めるのですけど、私たちは出荷量がとにかく多くて釜が足りませんの。その時間を短縮できたらと」

「やってもいいが・・・爆発させてしまうかもしれん」

「なら遠慮いたしますわ!!」


私は両手をアルル様の前に突き出して必死に左右に振る。工場を破壊されてしまっては困る!私たちの基幹産業であり、主食に必要な素材がなくなってしまったら私たちは生きていけなくなる。


「あ!そうですわ!では果樹園のお世話を手伝ってくださいませんか?」

「果樹園?」

「私が十歳になった時にお父様がアプリコットの苗木をくださったのです。それをきっかけに小さな果樹園を造ったのですけど、色々と手を広げてしまって私の管理が追いついていないのです。時々お父様とお母様も手伝ってくれるのですけど、二人は畑に入るのも一苦労で」

「もっと運動させた方がいいと思うぞ。お前の両親」

「あまり無理をさせたくないのです。だって私の果樹園ですから。お父様とお母様には美味しいって喜んで食べてくれることが私の一番の幸せなので」


一人で管理していては果実を多く収穫できず、国の人たち全員に渡すことは難しいけれど、収穫できた果実たちは主にジャムにしている。アルル様に言ったら“なんにでもすぐ砂糖を入れるな“と怒られそうだけれど、私はそのまま食べるよりもジャムにして長期保存しながらゆっくり味わうのが好きなのだ。トーストに塗ったり、マフィンに混ぜたり、紅茶に溶かしたり、色々と楽しめるのもいいところだと思っている。


「お前は、太ってはないけど存在が幸せの象徴だな」

「え?」

「いつも人の幸せを願っていて、そのために喜んで働く。お前は一応国主の娘なのだろう?与えられる側におらず、どうして与える側にいるんだ?」

「好きなことをしているだけですけど?」

「やりたくてやっている。それだけだというのか?」

「はい。自由に好きにさせてもらってます」

「確かに好き放題やってる印象だが」

「お父様は言いました。豊かさというのは心の豊かさだと。たとえ国は小さくても、栄えていなくても、国民みんなが笑って幸せだと言えればそれが一番いいのだと。私はみんなが喜んでくれるお菓子を作るのが好きです。それに必要なミルクを搾る作業も、ニワトリに(つつ)かれながら卵を拾うのも楽しいです。茶畑は上手くいきませんでしたけどバラは上手くいきました。お父様からもらった苗木から育てたアプリコットを初めて口にした時は感動で涙が止まりませんでした。お父様もお母様も一緒に泣きました。ああ、一緒に喜んでくれるなんて、なんて幸せなんだろう。そんなことを思ったらじっとしていられないのですよね。みんなをもっと笑顔にしたいって」


みんなが喜ぶことをしたい。みんなの笑顔が見たい。時には泣いてもいい。だけど、また笑顔を見せてほしい。それだけだ。


「アルル様もですよ?」

「俺?」

「アルル様は望んでこの国に来たのではないかもしれません。だから色々と困っておいでだと思います。けど、その不便も不満も少しずつ解消したいのです。アルル様はいつも我慢ばかりしていますから。私を見てくださいな。奔放に育ち自由気ままに過ごしている私ってとっても幸せそうでしょう?」

「頭の中、綿菓子が詰まってるもんな」

「アルル様も砂糖を召し上がれば」

「俺は遠慮する。・・・・砂糖は依存性の高い毒のようなものだから」


アルル様が手を伸ばし、一輪バラの花を摘んだ。それを口元に持っていき大きく息を吸う。その所作の美しさに見惚れていると「(ほっ)さずにはいられなくなる。それが怖いのかもしれないな」唇に触れたバラを見つめたあと、私の手に持たせた。


「明日その果樹園の手伝いするから、その時は呼んでくれ」


そう言って、私一人バラ園に残しアルル様は去っていった。その後ろ姿がどこか淋しそうに見えて、追いかけたくなったけれどできなかった。一人になりたいように見えて。


アルル様は空から降ってきた星の王子様。地上に住む私とは別の世界で生きてきた人。その違いを埋めるのはそう簡単なことじゃない。食ひとつにしたってそうなのだ。環境だって大きく違うはず。


私は持たされたバラをさっきのアルル様と同じように口元に持ってきて大きく息を吸う。甘い香りが胸いっぱいに入ってくる。どれだけ違いがあったとしてもこの香りだけはきっと同じ。同じ香りなのだ。






その晩、中々寝付けず窓の外から空を眺めていた。今日は雲が出ていて星が見えない。それどころか月さえも姿を現さず、ぼんやりと辺りを照らすだけ。明日は雨なのかもしれない。


アルル様に果樹園の手伝いをお願いしたけれど雨だった場合はどうしようか。また一緒にパンでも作ろうか。それだと自分のためになってしまうと遠慮するだろうか。だったら他に何か。


空に投げていた視線を下ろすと、家の門口に人影が見える。こんな時間に誰だろう、と目を細めても今日は月明かりが小さすぎてよく見えない。


「誰かいるの?」


声をかけてみたけれど返事はない。黒い影が揺れるだけ。「そこで何してるの?」もう一度問いかけてみた。それでも返事はない。返事の代わりに明かりが灯った。離れた屋敷からはっきり見えるその明かりはランプなんて小さなものでなく、大きな火の玉が揺れている。松明(たいまつ)だ。


今まで闇夜に潜んでいたのに急に松明に火を灯すなんて普通じゃない。私は顔を窓の方に向けたまま身体は窓から離れる。窓からゆっくり離れながら揺れる火の玉に視線を向けていると、その数が増えていった。そして勝手に門戸を開け屋敷の中に入ってくる。火の灯りに照らされ浮かび上がったのは盗賊なんかではない。(よろい)を纏った三十人ほどの兵隊だ。


どこぞの兵士がこんなところに何の用?


私はお父様とお母様の部屋に走った。私から事情を聞いたお父様はすぐ部屋を出て玄関へ向かう。「アプリコットは部屋で待ってなさい」その忠告も聞かずお父様の後を追った。


ドンドンと乱暴に玄関のドアが叩かれた。「こんな夜分に何用です?」お父様はドアを開けず声をかける。するとドアの向こうから「我々は国際派遣された憲兵隊だ。扉を開けてもらおうか」と威圧的な声がした。お父様は一呼吸おいてゆっくりと扉を開ける。姿を現したのはお父様よりも倍は身の丈のある男性。背が高く横幅も広い男性は顔を動かさず目線だけを下げてお父様を見た。


「我々は国際指名手配犯を探している。この者に覚えはないか?」


憲兵隊の隊長らしき人がお父様に一枚紙を差し出した。そこに描かれていたのは数日前、空から降ってきたアルル様だった。


「・・・・・・存じませんな」

「しらを切るな。街の者からの証言もある」

「いえ、私はこの方を存じません」


憲兵隊の隊長は今度は私を見下ろした。私は抑えきれない震えで勝手に首が左右に振れる。


「この者は重罪人だ。匿えばお前たちも重罪となる。それでも知らんと申すか?」

「はい。その・・・エンハンスとやらは、一体どこの」

「知らんのなら知る必要もないだろう」


男は手に持った手配書を折りたたみ胸にしまった。そして「入るぞ」と勝手に屋敷の中に入ってくる。


「なっ!!勝手はおよしください!!そんな人は存じないと申してるではないですか!!」

「なら大人しくそこで待っていろ。証言があった以上、調べる必要がある」

「お待ちください!!」


お父様が男の手を引いた。すると腕を掴まれた憲兵隊の隊長は大きく腕を払い、お父様を振り払うと「豚が、私に触れるな」ひどく冷え切った鋭い目で地面に倒れたお父様を見下ろした。


「お父様!!」

「・・・アプリコット、逃げなさい。一旦ここから・・・離れなさい」

「嫌です!!どうして・・・!!どうしてこんなこと!!」


私は憲兵隊隊長の前に出て両手を広げた。「そんな人、ここにはおりません!!お下がりください!!」どれだけ声を張り上げても男の表情は崩れることなく、凍てついた瞳で私を突き刺す。


「ならなぜ隠す?大人しく従っていればいいこと。それをなぜ嫌がる」

「あなたたちのやり方に疑問を感じているからです!!いきなり家に入ってきて国主に無礼をはたらく。そんな横暴なやり方を許せないからです!!」

「こちらからしてみれば我々に従わないお前たちの方がよっぽど無礼だ。お前たちには自覚がないのか?我々の仕事を邪魔しているという自覚が」


巨人のような男が一歩近づくと腰が引けそうになる。身体の震えだって止まらない。だけどこの人をアルル様のところへ行かせてはならない。そう心が叫んでいる。お父様を振り退け、豚だと罵ったこの男をアルル様に近づけてはならない。そう叫んでいる。


「隊長、屋敷の包囲は完了しました」

「気を抜くなよ。この人数であの人を抑えられるわけがないんだ。何をやっても構わん。とにかく深手を負わせろ」


部下に指示を出した憲兵隊の隊長は腰に据えていた剣を抜くと私に突きつけた。「犯罪者を匿うのは蔵匿罪(ぞうとくざい)という罪に裁かれる。お前はそれを死をもって償えるか?」まだ数メートル離れているというのに喉に突き立てられた鋭利な剣を前に息すらできなくなる。私はもう男を見れない。視線は腕から伸びる剣から外せなかった。


「もう一度言う。犯罪者を匿うことは罪なのだ。ここでお前が処されても、これは正しい粛清である。さあ、そこを退け。退かぬのなら斬る」


一瞬脳裏によぎる。私がここで死ぬ必要はないのではないか、と。

でも、こうも思う。仮に私がここを退いたとしてこの人は私を、私たちを斬るのだろう、と。


なら、退()く理由がない。


「アプリコット!!逃げなさい!!」

「父君がそう言っているぞ。逃げないのか?」


心臓の音が大きすぎて声が耳に届かない。何も聞こえない。私は男の突き出す剣を見る以外の神経が回らない。


「仕方がない。娘が斬られる様を見れば父親も観念するだろう。抵抗するなよ。一瞬で死にたいのならな」


男は伸ばしていた手を下ろした。そして剣を両手に持ち直し腰を低くして構え、大きく一歩踏み出したと同時にドオオォンと音が響き大きく地面が揺れる。揺れに連動して屋敷の床が裂け岩盤が壁のごとく捲れ上がり憲兵隊の隊長に覆い被さった。地面の揺れに立っていられなくなり身体が後ろに倒れるとトンと何かにぶつかる。硬いけれど痛くない何かに。


「お前も、お前の親父も、何やってんだか」

「アルル様・・・。」

「いつもの綿菓子頭はどうしたよ。あんな奴らすんなり家に上げてしまえばよかったのに」


アルル様は私をゆっくりその場に座らせると「バカだな。家、壊れちまうぞ」と言ってパチンと指を鳴らした。また大地が揺れる。


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