街中に咲く花は
突如としてビル群に大輪が咲いた。
それはとある冬の日のこと。空が星々で埋め尽くされた、雲のない快晴な夜のこと。ドンッ、という大きな音と共に、ビルの窓は光を乱反射した。
祭りなんてやっておらず、季節外れもいいところのこんな日に、大きな花火が街中で上がったのだ。
人々はまず、事故の音かと勘違いした。花火の季節から遠く離れ、なんの躊躇いもなく発射されたそれを見ることがなければ、花火の音だとは思わないことだろう。それだけ、都会のビル群では大きく花火は爆発音を響かせた。
もし花火の光を反射ではなく直接見た人がいたとしても、やはり事故という可能性を捨てることはできない。なんせ、その花火は一発で終わり、まるで何事もなかったかのように日常生活へと溶け込んでいったからだ。
八尺玉が街中で暴発……ありえない話でもないだろう。
だが、違うのだ。これは事故なんかではなく、強い思いが込められた一発なのだ。
それを知るのは、都会の中心を流れる川辺で、周囲から奇怪な目を向けられる老人のみが知っている。
彼は何代も続く花火師を継ぐ……いた、継ぐ予定だった男だった。幼い頃から父親より育て上げられた花火師としての技術は、見事なまでに男へと受け継がれ、青年になることには一人前と呼べるような腕前へと成長していた。
しかし、彼が花火師の仕事を継ぐ前に花火師は倒産。父親は失意のうちに老衰により亡くなり、彼もまた一般的な会社員としての生活を余儀なくされた。
しかし、彼は諦められなかった。花火師としての才、それをただ何もないまま失わせてはなるものかと強く心に刻んでいた。
齢六十歳。会社勤めを終えた彼は、ひとつの大きなプロジェクトを実行することに決めた。
「街中で、最高傑作を打ちあげる」
壁ばかりのそのプロジェクトには、困難が多く待ち構えていた。
まず、そもそも花火玉を作る場所がない。かつて仕事場にしていた場所は既に取り壊されて駐車場となり、当時懇意にしていた同業や協力関係にあった人とも既に疎遠。連絡先も残っていない。
だが彼は諦めなかった。花火師の伝手ではなく、その足でひたすらに様々な花火師のもとを訪れ、工房を貸してくれる場所を探したのだ。勿論、プロジェクトのことは秘密にしたままに。
そうして借りた一室で、男は執念で花火玉を作り上げた。それは確かに、彼にとって人生最高傑作と呼べるような代物であった。
その他の壁……法律だとか条令だとか、そんなものはすべて無視した。どうせすぐに死ぬのだと、彼はすべてを無視してプロジェクトの実行までこぎつけた。既にその時点で、彼は七十を超えていた。
そうして、法律を無視して打ち上げられたその花火は、ビル群を大きく照らし、花火のことを忘れていた人々の顔を強く打つ。
夜空に咲く大輪を前にして、彼は満足そうにつぶやく。
「たーまやー」
本小説は犯罪行為を助長するために作成されたものではありません。街中で花火を打ち上げると普通に捕まります