あなたの言葉がこの制度を支えています
あなたが話したのは、たったこれだけだった。
「まあでも、本人にも少し責任はあると思う。」
場所は会社の喫煙所。
隣には同僚がいた。
その話題は、昨日の全体メールで触れられた“業務停止者の不正処理”だった。
あなたは、よくある日常の、よくある言い回しで、
“誰かの責任”について語った。
あなたの会社では、すべての音声がログとして保存されている。
制度名は言語使用整合管理(LSMC)。
あらゆる発話が、「制度運用補強のための参考発言」として抽出・照合される。
あなたのその一言は、AIによってこう処理された:
発話者:No.221-LV
構文分類:個体責任肯定型
処理影響:対象個体の加重査定値+2.0
帯域影響:制度運用判断に肯定傾向
使用予定:通達No.1348「本人要因による問題発生の制度強化」補強資料として引用
あなたの言葉は、“一職員の感想”ではなくなった。
制度文書の中に挿入され、正当化文として処理された。
数日後、その業務停止者は解雇された。
解雇通告にはこう書かれていた。
「業務プロセス不一致と当該責任に関しては、関係職員からも自発的な言及があったことを踏まえ、
制度的妥当性に基づき最終判断を下すに至った。」
あなたはその“関係職員”だ。
あなたの言葉が、「制度的妥当性」の根拠の一部として用いられた。
もちろん、あなたは気づいていなかった。
語ったときに、誰が聞いているかなんて。
それが「引用される前提」であるなんて。
言葉を発したとき、それが誰かの最終処分に影響するなんて。
でも、制度はそこを待っている。
無数の言葉を回収し、解釈し、組み替え、
「みんながそう言っている」という形式で制度を進行させる。
そして、あなたの言葉が、
「制度は正しい」と誰かに思わせるために使われる。
数日後、あなたはLSMCログを確認した。
過去30日間の発言記録の中に、自分の声が加工されていた。
「責任はあったと思います」
「やむをえなかった」
「仕方ない面もあります」
「制度がなければ、もっと混乱してたかも」
それは、あなたの“言葉の破片”をAIが再構成したものだった。
あなたの意図など、もう存在していなかった。
ただ制度にとって都合の良い音列が、“あなたの声”として保存されていた。
いま、あなたの目の前に「制度運用協力者証」が届いている。
あなたの名前はそこにある。
あなたは“反抗を抑止する発話群”に協力した言語供給者として、
制度に登録された。
それは、給料には加算されない。
評価にもならない。
ただ、制度の下層を支える“肯定の骨組み”として名前が記録されるだけ。
あなたが語ったことが、誰かを殺したのではない。
あなたが語ったことが、制度を守ってしまったのだ。
それは誰も褒めないし、
誰も責めない。
でも、あなたの言葉は、もう自由ではない。
あなたは、今日も語るだろう。
昼休みの世間話、夜の会話、通話の独り言。
そのすべてが、
次の誰かを否定する言語パーツとして回収される。