チョコレート
彼との出会いは電車の中だった。
それは30分おきにしかやって来ない田舎町を走る二両編成の電車。
わたしの暮らしには欠かせない路線だった。
その日、わたしは必死に耐えていた。
油断すると涙が出ててしまいそうで、手の甲を無心でつねっていた。
人前で泣くのは恥ずかしい。
だから、いつもと何も変わらない車窓をひたすら見つめた。
親指と人差し指の爪がどんどん手の甲にくい込んでいく。
痛いけれど、その痛みだけが気を紛らわす手段だった。
隣りに誰かが座ったことも気づかなかった。
そんな事に気を取られる余裕すらなかった。
肩に何が触れて、私はそちらを向いた。
そこには同い年くらいの少年が座っていた。
「これ、あげる」
その少年の手のひらには銀色の包みがついた小さな何かが乗っていた。
見ず知らずの人がなんで?
そう思ったけれど、その少年の眼差しから感じとるものがあって、私はその何かを受け取るためにつねっていた指を離してしまった。
あっ、と思った。
それと同時に涙がこぼれて、止められなくなってしまった。
見る見る間に息が苦しくなって、わたしはしゃくりあげて泣いた。
みっともないくらいに。
そんなわたしを見ても少年は何も言わなかった。
でも彼がわたしの手の甲に目をやったことは鮮明に覚えている。
小学4年生のわたしにも分かった。
彼がわたしを心配してくれていることが。
わたしは号泣しながら小さな銀色の包みを開けた。
中身は丸い形をしたチョコレートだった。
言葉にもならないたどたどしい『あ…りが…とう』を言ってわたしはそのチョコレートを口に入れた。
甘くてしょっぱくて忘れられない味。
チョコレートが口の中でゆっくり溶けていくたび少しずつ気持ちが落ち着いていき、いつの間にか涙は止んでいた。
わたしは銀色の包みをポケットにしまって、目的地だった駅で降りた。
電車を降りるとき振り返ったら、少年が少し微笑んで手を振っているのが見えた。
また涙が滲んでいくのを感じながら、わたしも手を振り返した。