婚約破棄の現場で~恋愛観が違いすぎた~
王子から婚約破棄された瞬間、それまで微笑を浮かべていた公爵令嬢セレナは相好を崩して満面の笑みを浮かべた。
「これでチヤホヤしてくれない夫に縛り付けられなくなるわ!」
「「「はあ?!!」」」
不特定多数の声がハモる。王子だけでなく、その場にいた全員が同じ心境だった。
婚約破棄されて喜ぶ。その心境は、婚約者が嫌いなら、わかる。
わかるが、セレナの“チヤホヤしてくれない夫に縛られたくない”は、王族の妻――公爵家で育った令嬢には相応しくない。
“チヤホヤしてくれない夫”はまだ共感できる者も多いが、王子の婚約者に選ばれるような公爵家の令嬢としては夢見がちでイメージに合わないのだ。
それまで王子の婚約者に相応しい令嬢だ、という印象が一気に崩れ去った。
「お、お前、そんなことを考えていたのか?」
「当たり前ですわ! 一度きりの人生、婚約者に誠実に向き合えもしない浮気者に縛られて生きたくて?! あら、殿下は誠実に向き合うどころか、浮気の挙句、真実の愛と言って、浮気を正当化した側でしたわね」
「――!!」
「今更、反論はよろしくてよ。誠実に交流を深める日を過ごし、誠実にエスコートをし、誠実に愛人の存在を匂わさず、誠実な婚約者を演じることができなかった浮気者の戯言を聞く暇はありません! まだ見ぬ、わたくしをチヤホヤしてくれる夫たちが、わたくしが来ることを待っていますの! ご機嫌よう、皆様!!」
「「「夫たち?!!」」」
チヤホヤしてくれる夫を一人ではなく、複数人、望んでいると知って、王子を始め、聴衆たちはまたもや呆然となった。
だが、セレナがその隙に卒業パーティーの会場を退出する前に我に返った強者がいた。
「わたくし、ダイアナ・ダイヤモンドとソレイユ卿の婚約解消を、ここでお知らせします! 今後、ソレイユ卿とは完全に関係ございません! 苦情、その他はソレイユ卿のほうにお願いします!」
王子の側近の一人、ソレイユ卿の婚約者だった。
婚約解消の報告と共に何故か苦情の宛先の変更も宣言している。
「苦情?」
聴衆の疑問にダイアナは笑顔で応える。
「殿下に不審者を近付けさせた苦情やら、学園の風紀を乱した苦情ですわ。浮気上等だなんて、はしたないことこの上ない品性に他国の王族の留学生など、早々に期間を切り上げて帰っていきましたもの」
「「「ああ・・・」」」
異口同音に同意する声は、他国の王族が火遊びしていると思われては将来に関わると、帰国したことを知っているクラスメイトたちだ。
他の側近の婚約者も声を上げる。
「わ、わたくし、ディアナ・サファイアの婚約解消を、ここでお知らせします! 苦情は以下同文です」
緊張でつっかえながら宣言するディアナは婚約者の名前も言い忘れ、関係がなくなって苦情の宛先にされては困る、という問題を以下同文で終わらせた。
「・・・わたくし、ディアーネ・エメラルドとサンフラワー卿の婚約解消も、ここでお知らせします。苦情はダイアナ様同様、サンフラワー卿にお願いしまふっ!」
「噛んだ・・・!」
「かわいい・・・!」
残る側近の婚約者ディアーネも宣言したが、最後に噛んだ印象が強く、その場の空気は微妙になった。
そんな婚約者に誠実ではなかった男共と絶縁の公表に、公爵令嬢は音を立てて手を合わせる。
「まあ! ダイアナ様、ディアナ様、ディアーネ様。婚約解消は間に合いましたのね!」
「ええ、セレナ様。卒業パーティーの前に何とか間に合いましたの」
「わたくしは数日前ですわ!」
「・・・セレナ様のおかげで、お父様もようやく行動してくださいましたの。ありがとうございましゅ」
そんな婚約者たちの言葉に、王子の側近たちは寝耳に水とばかりに驚いた。
「そんな!」
「今から婚約がなくなって、嫁に行けるとでも思っているのか?!」
「後で泣き付いて来ても、許さないからな!」
王子の側近たちの寝言に婚約者たちの視線は冷たい。
「このパーティーのドレスも贈って来なければ、エスコートもせず、何を今更」
破綻した関係になっていることなど、都合良く忘れている男に突き付けるダイアナ。
「結婚だけが女の幸せじゃないわ!」
嫁かず後家上等とばかりにディアナは叫ぶ。
「婚約者以外の女をチヤホヤする殿方など、お呼びじゃなくてよ」
今度は噛まなかったディアーネは、公爵令嬢に倣って王子たちを断じる。他の女にかまけて婚約者の存在を忘れていた浮気男以外にも、結婚相手はいる。浮気男にしがみ付く必要はない、と言外に匂わすことも、一緒にやってのけた。
「なっ・・・!」
言葉を失う王子の側近たちに公爵令嬢は笑顔で言う。
「ああ。殿下の側近方は子どもができないようにしてありますの。婚約も無くなって、誰も泣かない大団円ですわね」
「「「え?!!!」」」
またもや、公爵令嬢以外の全員の心境が一致した。
「だって、この国は一夫一婦制でしょ? 殿下以外の子どもができたら、托卵だなんだと、大事になるのではなくて? 母親以外の女性をチヤホヤする父親なんて、子どもだって見ていたくありませんし、ご実家も喜んでご協力いただきましたわ❤️ では、今度こそ、ご機嫌よう、皆様!」
特大の爆弾を落として、今度こそ、公爵令嬢は去って行った。王子の側近たちの阿鼻叫喚の声は公爵令嬢の姿が見えなくなってから上がった。
その声で、他の者たちの時間も動き出す。
婚約者たちの家は、娘からの報告を我が儘と判断して婚約解消など、申し出なかった。
王子の側近たちの実家は、公爵令嬢からの提案を受けて慌てて息子たちの実情を調べ、跡継ぎに相応しいどころか、王家乗っ取りを企んだ連座を恐れ、提案通りに子どもの作れない薬を盛った。
こうして、浮気男たちの実家から婚約解消を申し出られて初めて、婚約者たちの父親たちはようやく重い腰を上げた、というのが、今回の婚約解消の裏の事情である。
そして、公爵令嬢は多夫一妻制の国に向けて旅立ち、出会った男性と結婚した。
後に、多夫一妻制の国の王妃は夫が一人しかいないことに対して質問されたが、夫一人のチヤホヤで充分、満足出来た、と惚気たそうだ。夫の側近たちの温かい見守りとサポート(秘書に買ってきてもらう妻へのちょっとした贈り物に国王が贈る用も追加)の結果だった。
その夫の側近たちの妻たちもチヤホヤ(王妃様の言葉を引用)に充分、満足し、国王一家と側近たちの家の家族ぐるみの交流を見た国民たちは、一夫一婦制でもいいんじゃないか、と思ったが、多夫一妻制は存続されている。
一人のチヤホヤで満足する女性もいれば、共有してでも妻にしたい男性たちもいるし、皆にチヤホヤされたい女性だっている。つまりは、そういうことだ。
※女性陣は月の女神ダイアナの各国語読みです。
※男性陣は太陽に恋焦がれる花・向日葵の各国語読みです。ただし、彼らは向日葵のように有効活用できません。