没入感のある映画
映画館「座・上野劇場」のオーナー絹子は困り果てていた。
現在の映画は没入感ブーム。椅子が動き、風や香りの出る4D。立体的な音が劇場を駆け巡るリアルオーディオ。
どれも潰れかけの「座・上野劇場」に導入する予算などない。
客足は遠のく一方だ。
営業終わりの深夜2時。
絹子は、明日から公開される
「劇場版 占い刑事丸山・悲しき愛の殺人事件!」
を第二スクリーンでこっそり鑑賞することにした。
冒頭、朝帰りの刑事丸山が洗面台で顔を洗う。
絹子は、鞄から香水を取り出し自分の顔に何度も吹きかける。
おっちょこちょいの丸山は、足を洗面台にぶつける。
絹子は、自分の脛を思いっきり殴る。
シーンは変わり、犯人らしき男の背中が映し出される。
その男は、203号室の前に俯いて立っている。
風で前髪が揺れる演出と共に、横顔が映し出される。
絹子は、鞄の中から携帯扇風機を取り出し自分の顔に当てる。
男は、合鍵を使い部屋へと入っていく。