中二王太子の婚約破棄
「デューク・プリンセス! 君との聖なる誓い、エンゲイジ・メントを廃棄する!!」
「はい?」
でたわ~。エリオット王太子殿下のいつものヤツ~。私は心の中で溜め息をつく。まさか本人の前でやっちゃうのは、非礼なのでそこはわきまえてる。
ちなみに私の名前はエイヴァで、そんな名前じゃない。私は仕方なくいつものようにそれに付き合う。
「蒼玄の魔王、ブラック・ベルゴール様。それは一体どういうことでしょう。ワケを聞かせてください」
もちろん、この名前は彼の設定上の名前だ。エリオット殿下はたまに体の中に封じられた魔王に体を乗っ取られるのだ。
前は二人で「おいしいね」とかいいながらお菓子を食べてるときに発動して、「こんなもの食えるか!」と、皿ごとテーブルから叩き落としたので、侍女長に大目玉を食らっていた。まあその時は、魔王は引っ込んで行ったのだけど。
「ぬははははは! ワケを聞きたいか、ワケを!」
「はい、聞きたいです」
「ふむ、そうか聞きたいか、そーか、そーかぁ」
どうやら考えていなかったようだ。何回か「そーか、そーか」と言った後に、私を指差した。
「それは、この体の持ち主、エリオットとかいう男が、お前にベタ惚れの為だ! 余は、コイツが困るところをみたいのだ!」
んー、恥ずかしい。多分殿下自身も恥ずかしいはず。耳まで真っ赤になってる。困ったものだ。
殿下は伸ばした手を、さらに伸ばして、私の顎を掴む。
「ふっふっふ。それとも、コヤツにすらまだ許していない、その唇を奪ってやったほうが良いか?」
と、設定魔王は私の唇をご所望らしい。私は唇を突き出した。
「いいですよ。さあどうぞ」
すると、設定魔王はすぐにたじろいだ。分かりやすい。だって本当は純なエリオット殿下なんですもの。
「く、ぬう。破廉恥な女だ。恥ずかしくはないのか?」
「だってブラック・ベルゴール様は私の唇をお吸いになればエリオット殿下を返してくださるのでしょう? さあさあどうぞ」
私は設定魔王の体に抱き付いて、自ら唇を押し付けようとしたが、魔王さまは身をよじった。
「ふ、ダメ……。やめえ、そんな、エイヴァ……」
おいおい、私はデューク・プリンセスじゃないのか? それでいいのか?
すると設定魔王の中から、愛しのエリオット殿下が登場した。
「くそう! ベルゴール! この体は貴様の勝手にはさせん!」
すごい。殿下は自らの精神力で魔王を弾き飛ばした、という設定。
しかし、私から離れた途端に、またもや魔王が現れる。
「ふはは! はは! はは! 無駄なあがきはやめておけ!」
そう言って、マントをバサリと翻す。カッコいい、の? かな?
そんな魔王の右腕をエリオット殿下の左腕が押さえる。
「く、く、く、逃げろ、エイヴァ。ボクが押さえているうちに!」
「貴様、エリオット! 非力なお前にこんな力が!」
こりゃ黙って見てたほうが面白いかもしれない。私は椅子を探して座った。
「エイヴァ、いけない。座っている場合じゃないぞ、早く逃げろ!」
「ふはははは! いいぞ、座っておれ! そしてこの男の死にざまを見るがいい!」
「負けるもんか! エイヴァはボクが守る!」
「身の程知らずめ。そら、これならどうだ」
「うう! このままでは……」
一人で上下つけての大熱演。観客が私一人なのもったいない。殿下ったら、演技の才能があるのかもねぇ。
「このままでは……。このままじゃぁ……」
ピンチになってから五分くらいたったけど、殿下の精神力でなんとか魔王を抑えている、という設定ね。
「はっはっは~。もう少しで、この男の体を乗っ取れるぞぉ~」
「何をしているんだ? エリオット」
私は急いで立ち上がり、声の方向にカーテシーを取る。殿下も熱演の最中だったが、直立不動の姿勢で固まった。
声の主は言わずと知れた殿下のお父様である国王陛下。後ろには侍従や護衛をたくさん連れてらっしゃる……。
「何を乗っ取るのかね? エリオット」
「い、いや、パパ。いえ、お父上。いいや、陛下。なんでもないのです」
大変にテンパって挙動不審です。陛下は、殿下を指差して紫電一閃。
「侍従たちに聞くところ、そなた最近、訳の分からぬことを言って、エイヴァを困らせているようだな! そんなことで国を靖んずることができるか! そんな暇があったら武芸に精を出せ!」
「は、はいぃぃ……」
可哀想! 何もそんなに怒らなくても……。とはいえ、確かに親ですもん子がいつまでも子供だったら心配よね。でも大丈夫。この病は一時的なものなのだから。
陛下は足を鳴らして出ていくと、殿下は緊張の糸が切れたのかそこに膝を着いてしまった。私はそこに近づく。
「殿下、すごぉい。陛下が来る直前で、精神力で魔王を地獄に追い返したんですね?」
「え? う、うん……」
「さすが殿下。頼もしいですわ」
「そ、そうかな……」
まだ怒られて精神が安定してなかったようだけど、ようやく気を取り直したようだった。こう言うケアも婚約者の努めなのよね。
この時は殿下もまだまだ子供だったが、後に名君と称えられるようになるんだから驚きよね。
玉座に座って、凛々しく眉を吊り上げて大臣たちに命令するさまは壮観。
しかし、たまに『ブラック・ベルゴールさま』と言うと真っ赤になって玉座の背もたれに顔を埋めてしまうのだった。