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 部屋に戻るのと同じタイミングで、アル様がお風呂から出てきたのが見えた。


「っ!?」


 お風呂上がりのまだ水が滴り落ちそうなほど濡れた髪に、ほんのり色付いた肌、腰にだけ巻かれたタオルという非常に色気が漂うけしからん姿で。


「キャァ!!」


 カーミラが悲鳴を上げ顔を手で覆った。


「ごめん、なさい……服が、なくなっていたから……」


 少々痩せすぎではあるが、白い肌に銀髪がよく似合っており、思わず立ち尽くして凝視していた。


「あの、ね? 服、どうしたらいいかな?」


 困ったように眉尻を下げている顔もまた、庇護欲をくすぐって最高である。


「あ、あの、アンジーナ?」


 名前を呼ばれてやっと我に返った。


「あ、あぁ、ごめんなさい。服は、ここに」


 買ってきた服をベッドの上に並べると、アル様が慌てふためき出した。


「こ、こんな高そうな服、僕、着れないよ!」


「でも、あのボロは捨ててもらったわよ? 裸でいるわけにもいかないんだもの、この中から選ぶしかないわよね?」


「捨てちゃったの?」


「いけなかった? 思い入れのあるお洋服だったのかしら?」


「違う、そういうんじゃない……ただ、こんなにしてもらっても、僕、返せるものもないし……迷惑にしかならないでしょ……」


 シュンと元気をなくした耳と尻尾に、思わずもんどりを打ちそうになった。


「そんなことは気にしなくていいのよ? 私が好きでやっているのだから」


 そう言うと、アル様はキョトンとした顔で私を見た。


 人の親切に晒されることがなかったのだろうと簡単に予想のつく身なりだったから、こんなふうに優しくされたこともないのだろう。


 そう思うとまた涙が出そうになったが、また困った顔をされてしまうので我慢した。


「私としてはこの組み合わせが良いと思うのだけど」


 白いスタンダードカラーシャツに落ち着きのある紺のベストとパンツを指さす。


 正直いって、前世と今世を合わせてみても、私にファッションのセンスはないのだが、お忍びの貴公子のような格好はアル様に似合うと思うのだ。


 だが、本当は和服を着せたい! 着てもらいたい! しかし、残念なことに、この世界には和服の文化がない! いつか作りたいと思っているけど、絵心もないため、思うように伝えられずに断念した過去がある。


「うん、それでいい……アンジーナが選んでくれたなら、間違いないと思う」


 その場で着替えを始めたので、私は慌てて背を向けた。


「着たよ……どう、かな?」


 振り返った私は、本当に倒れそうになった。


「変?」


「変じゃないわ! すっごく、すっごく、すっごぉぉぉく似合ってる!」


 想像した以上の破壊力がそこに広がっていた。


 よく見るシャツなのに、アル様が着ると輝いて見える! ベストもパンツも似合いすぎている! 明るい銀の髪に落ち着いた紺がベストマッチ! 語彙力のなさが嘆かわしい。


『グゥゥゥゥ』


 突然アル様のお腹の虫が盛大に鳴り響いた。


「ごめんなさい、お腹が空いているのよね? でももう少し待って? 髪を乾かさないと、そのままでは風邪を引いてしまうわ」


「髪?」


 アル様が頭に手をかざすと、ムワッとした熱風が起こり、さっきまで濡れていた髪があっという間に乾いてしまった。


「え? ……古術?」


 古術とは、前世のファンタジーな世界によくあった魔法のようなものだ。


 この世界にも大昔には存在していたそうなのだが、今では使える者などいないと言われている、幻の術である。


 なくなってしまったので、どんな仕組みで術が発動しているか、今では知る者もなく、ただ教科書や歴史書の片隅に記されているだけである。


「コジュツ? 何、それ?」


「今使った術のことよ!」


「術? これ?」


 アル様が手を広げると、手のひらから風が沸き起こるように吹き出した。


 まさに風の魔法である。


 ファンタジー小説では、呪文などを詠唱しているものが多かったが、アル様は無詠唱。とんでもないことなのじゃないだろうか?


「風が起こせるの?」


「風だけじゃないよ? ほら」


 手のひらの風が止んだら、今度はそこに火が現れた。


「さっきは、これと風を合わせて髪を乾かしたんだ」


 何てことのないように言うが、二種類の古術が、無詠唱で使えるなんて、本当にとんでもないことである。


 それを証拠に、アル様が繰り出す古術を見たカーミラが、小さな悲鳴を上げて気絶してしまったようだ。


 教科書に『古術』の記載を見て、調べてみたことがあった。


 魔法的なものが使えるのならば、使ってみたいと考えるのが転生者の性というものではないだろうか?


 その結果分かったことは、大昔に古術を使用していたのは、当時の王族で、この世界の始祖だと言われている種族のみであったこと。その種族の名は『聖狐』。


 獣人であった彼らは、その中でも群を抜いて類まれなる身体能力と、本来であれば人間よりもやや低い知能しか持たないとされる獣人の中で、人間すら超える高い知能を持ち合わせ、かつ、古術も使えたために『神の御使い』と崇められていたという。


 聖狐、一個体につき一種類の古術を持って生まれ落ちるが、稀に二種類の古術を使える者が生まれてきて、その者は成長すると王となった。


 しかし、聖狐族は繁殖能力が弱く、その個体数も年々減少し、滅んだとされている。


 それに伴って古術もこの世界から姿を消してしまった。


 はずなのに、現在目の前に、その古術が使える存在がいるのだ。


 自分がとんでもない者を拾ってしまったのではないだろうかということに気付き、少しだけ途方に暮れた。

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