6
とりあえず街中を見て歩き、ドヴォルの家に行ってみることにした。
ドヴォルの名前を出すと、本当に有名なようで、すぐに屋敷の場所を教えてもらえたのだが、徒歩で行くと一時間はかかると聞き、カーミラが不安げな顔をしたのが分かった。
町から伸びている大きな一本道を一時間ほど歩いた先にある『ビラ』という町の一番大きな屋敷がドヴォルの家らしい。
「馬車なんて出ているのかしら?」
「おや? お嬢さん、馬車に乗りたいのかい? 馬車なら、ほら、あのデカイ木の下から出てるぜ」
気の良さそうなピンクの髪色をした鳥族の男性が、私の声を拾い、丁寧に教えてくれた。
「ありがとう」
「いいってことよ!」
お尻にはクルンと丸まった尻尾が生えているその男性にお礼を言い、馬車乗り場へと向かった。
あの尻尾は柴犬じゃないだろうか?
今世では見たことはないし、いたとしても柴犬とは呼ばれていない可能性が高いが、あのクルンと丸まった、愛くるしさしかないもふもふの尻尾は、前世で見ていた柴犬そっくりだ。
近所のお宅で飼われていた柴犬に、吠えられても吠えられても構い続けた結果、決して媚びてはくれなかったが、吠えずに近付いてくれるまでにはなった、あの子そっくりの尻尾である。
「あの尻尾……モフりたい……」
「お嬢様!?」
カーミラが呆れ顔をしていたのは言うまでもない。
馬車乗り場には数台の馬車が止まっていて、馬車の横に立っている木製の案内板に行き先が書いてあった。
ビラ行きの馬車はすぐに見つかり、さっそく乗り込もうとしたのだが、先に乗り込んでいた先客を見て、カーミラが小さな悲鳴を上げた。
「早く慣れてちょうだいね?」
「……努力します」
私達が乗り込むと、馬車は定員に達したようで、すぐに出発した。
運賃が安いからなのか、かなり乗り心地は悪かったが、歩くよりは断然早く到着するので文句は言えない。
私の隣には水色の髪に白髪の混ざった、セキセイインコのような色合いの鳥族のおばあさんが座っていて、揺れが激しい馬車なのに、コクコクと船を漕いでいる。
カーミラは出口側に座ったので、ずっと窓の外だけを見ていた。
向かい側にはキリンにそっくりな耳をした、ヒョロッとした女性が座っており、読書に夢中になっている。
だけど、やはり混血なのだろう。耳の下に黒い羽が、まるで髪飾りのように数本ずつ生えている。
「本当に純血種は少ないのね……」
私が求める銀髪イケモフ様には出会えないかもしれないと、一抹の不安を感じていると、馬車が大きく揺れて止まった。
何やら外が騒がしいので、ハプニングが起きたのだと分かったのだが、こういう時に外に出るのは得策ではない。
だけど外の様子は気になるので、カーミラを押しのけて窓の外を見てみた。
外を見た瞬間、私の体は反射的に外に飛び出していた。
チラッと見えたあの頭は、夢にまで見た銀髪!
「お、お嬢様!」
カーミラの慌てる声が聞こえたが、そんなことに構っていられない。
道端にうずくまるように縮こまっている銀髪に向かって、私は条件反射のように駆け出していた。
「……物乞いならよそでやってくれ! 往来のど真ん中にいられると進めやしねぇんだよ!」
馭者のおじさんが腰に手を当てて怒鳴っているが、銀髪はピクリともしない。
「どうしたんですか?」
おじさんと銀髪の間に立つと、おじさんはギョッとした顔をした。
おじさんもやはり鳥が混ざっているが、そんなことはどうでもいい。
「もしかしたら怪我や病気で動けないのかもしれないでしょ!」
「それはそうなんだがな……こいつ、ここいらでは有名な物乞いなんだよ。いつもは別な道にいるんだがよ、何だって今日に限ってここにいやがるんだ!」
おじさんが忌々しいものを見るような目で銀髪を見ている。
頭を抱えるようにうずくまっているので、尻尾は見えているが耳が見えないし、性別も分からない。
「あなた、顔を上げて? 立てないのかしら?」
怖がられないように優しく声をかけてみると、銀髪がピクッと揺れた。
「具合が悪いの? それともお腹が空いて動けないのかしら? そうなのだとしたら、ご馳走してあげるから、一緒に来ない?」
頭が大きく揺れて、銀の頭がゆっくりと持ち上がり、三角形の少し大きめの耳が姿を現すと、自分の心拍数が一気に跳ね上がるのが分かった。
私を見あげる双眼は赤。赤よ、赤! 銀髪赤目こそが私の真の理想!
この世界では赤目はほとんど存在しないと聞いていたため、求めるものは銀髪のみと決めていたのだが、ここに至高はあった!
「ご飯、食べさせてくれるの?」
潤んだ赤目で見つめられ、発された声に倒れるかと思った。
声まで理想通りなんて、私、ここで死ぬのかしら? と、本気でそう思った。
高すぎず低すぎない落ち着いた声は、不安げではあったが、耳触りもよく、好みのどストライクである。
耳、尻尾から判断して、間違いなく狐の獣人だし、汚れているが光沢のある灰色を溶かしたような色合いは、間違いなく銀!
歳の頃は私とそう変わらないのではないだろうか?
そして、性別は確実に男である。
「えぇ、ご馳走してあげる」
叫び出したいほどの興奮を抑え、優しく語りかけ微笑むと、銀狐様は小さく微笑んだ。
「お嬢ちゃん、正気か!?」
おじさんが驚いた声を上げたが、私は振り返りもせずに「正気よ」とだけ答えた。一瞬たりとも銀狐様から目を離したくなかったからだ。
「立てるかしら?」
差し出した手に、ためらいながらも手を重ねてきた銀狐様。酷く荒れていて、汚れていたが、重ねられた手は温かい。
「おいおい、勘弁してくれよなー。追加料金たんまりともらわねぇと割に合わないぞ、こいつぁ」
「追加料金なら支払うわよ? これで足りるかしら?」
乗る際に支払った金額の五倍の額を渡すと、おじさんは面食らったように黙ってしまった。
「ったくよぉ。あー、こっちも商売だ! こんだけ出してくれるっつーんなら、乗せねぇわけにいかねぇよ! ったく……ビラに着いたらノミがいねぇか確認しなきゃねぇよ……」
「ノミなんていないよ……」
銀狐様が小声で呟いたのだが、おじさんには届かなかった。