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「改めまして。俺は大熊族の獣人、ドヴォルです。まぁ、俺の場合、尻尾なしだったんで、祖国じゃ『力なし』のレッテル貼られた落ちこぼれなんですがね。だが、商才はあったようで、こうやって商売やらせてもらってます。今、商会を続けていられるのは、我が女神、アンジーナ様のおかげです!」
ドヴォルの話では、獣人の中には尻尾や耳など体の一部がない状態で生まれてくる者達が近年増えているそうだ。
そういう者達は本来の獣人としての力が発揮出来ず、落ちこぼれと見なされる。
実際、ドヴォルも大熊族の獣人ならば基本的に持っている能力の一部が欠落しており、完全獣化が出来ない体なのだそうだ。
獣人は完全獣化した姿でこそ、その能力を百パーセント発揮出来、人化している時の何倍もの身体能力を有している。
「あなたも大変だったのね……カーミラ、立てる? そんなところに座り込んでいては体が冷えてしまうわよ?」
「は、はい、申し訳ありません……少しだけ驚いてしまいました」
ヨロヨロと立ち上がったカーミラは、スカートの汚れを払いつつ、私の少し後ろへと下がった。
そんなに怖いのなら来なければよかったのにとも思うのだが。
「簡単だと言ったけど、そんなに簡単にいくものなの?」
「出入国ですか? 問題ありませんよ? 俺、両国の永住権持ってますんでね」
「それはあなただけで、私達は持っていないわ」
「おや? 知らないんですか? 帝国では、永住権を持つ者とその家族は、難しい出国検査なんていらないんですよ」
「家族……」
「俺にはラボートに妻と娘がいましてね、調度お二人と同じ年頃なんですよ。俺と家族だなんて、そっちのお嬢さんは嫌でしょうがね、一時的に娘のふりでもしてもらえれば、何の問題もありませんよ」
「で、でも、ラボートではそうはいかないでしょ?」
「ラボートこそ、特別な入国審査なんていらないですよ」
ラボートは特に出入国に大きな縛りもない、自由な国なのだそうだ。
元々が細かいことは気にしない獣人達なので、その点は気にしなくていいとドヴォルが小さな牙を見せながら豪快に笑っていた。
「一週間後に家に帰るんで、その船に乗って一緒に行きましょう! 我が祖国、ラボートへ!」
そういうわけで私達はドヴォルの娘として帝国を出ることとなった。
「あ、そうだ! 耳だけは何とかしなきゃいけないですね。まぁそれはこっちで用意しときますんで」
「耳……ヒィッ」
それを聞いたカーミラが小さな悲鳴を上げていた。
宿屋はどこだと聞かれ、答えたら、「そこはいけません!」と言われ、ドヴォルの邸宅で過ごすことになった。
「何もかも世話になるわけにはいかないわ」
「こんなの世話のうちに入りませんて! 家族が二人くらい増えたところで、痛くも痒くもありません」
「滞在費くらいは出させてちょうだい」
「アンジーナ様は、俺を『恩知らずの恥知らず』にするつもりですかい?」
滞在費も受け取ってもらえず、ドヴォルの家で何不自由のない日々を過ごし、ようやくラボートへ向かうこととなった。
私の足取りは羽のように軽かったのだが、カーミラの足取りは逆に、これから処刑場にでも向かう受刑者の如く重かった。
ドヴォルが所有する商船は、その近くに停まっている観光船よりも大きくて立派で、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「うちには体のデカいやつが多いんでね。船も必然的に大きくなるんですわ」
確かに体の大きな男達が多かったが、だからといってここまで大きな船でなければいけないというほどでもない。
きっと、ここで働く者は、ドヴォルと同じく落ちこぼれのレッテルを貼られた獣人が多いのだろう。
普通の人間では到底持ち歩けないであろう積荷を軽々と手にしている者達があちこちにいた。
「船旅は酔いとの戦いになりかねないんでね、その点だけは容赦願いますよ?」
船に乗り込む前に、ドヴォルに熊の耳そっくりな髪飾りを渡され、それを装着した。
カーミラはずっと嫌な顔をしていたが、渋々装着してくれた。
「似合ってるわよ?」
「……そうですか」
本当に似合っているのに、カーミラは不服そうである。
船旅は思ったよりも快適で、船が大きいからなのか揺れも少なく、船酔いの心配をしていたのだが、それもなく過ごせている。
「ところで、ずっと疑問だったんです。どうしてラボートなのですか? 帝国では駄目だったのですか?」
船旅三日目、カーミラに尋ねられた。
どうしてって、そんなの……。
「だって……」
「だって?」
「だって……」
「はい……」
「もふもふしたいじゃない!!」
大声を上げたせいで、近くにいた船員達がこちらを見ていたが、そんなことはどうでもいい。
私がラボートを目指す理由はただ一つ! 前世で愛してやまなかったケモ耳イケメンを愛でるため!
何を隠そう、前世の私は無類のケモ耳イケメン好きで、読んでいた小説は全て獣人が出てくる、いわゆるモフ系。
主人公がモフる度に、脳内では自分に置き換えて悶絶し、実家に帰っては、猫の『マロン』をモフりながら「きっと本物の獣人はもっともっと至高の手触りでしょうね」と妄想し、テレビで好みのイケメンを見ては「この人に耳と尻尾があれば完璧なのに」とため息を吐いていたほどに、愛してやまない存在が獣人だったのだ。
特に銀髪の獣人は『フェチ』と言っていいほど大好きで、今世には獣人がいるのだと知った時から、一度でいいから会いたいと願いつつ、愛してくれる両親の手前、自分の欲望は封印して生きてきた。
だけど、家を出た今、その欲望を抑える必要なんてない!
「もふもふ?」
「そう! もふもふよ! もふもふは正義なのよ!」
「前々からよく仰っていましたが、その『もふもふ』とは何なんですか?」
「もふもふはもふもふよ! ケモ耳を撫でたり、尻尾の感触を堪能したり、獣化したお腹に顔を埋めてモフる……最高じゃない!」
「ケモ、ミミ?」
「フェンリル様や銀狼様! この世界にはいるのかしら? 銀髪でケモ耳のイケメン! 黒髪も捨て難いけど、何といっても銀髪! サラサラの髪にケモ耳! 妖狐もいいのよ!」
「あ、あの、お嬢様!?」
話についていけないカーミラを無視して、私はもふもふ愛について大いに語ったのだった。