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「私がパム、カーミラがチム。私達はこの国を出るまで姉妹よ!」
「私とお嬢様が、姉妹!?」
「そうよ、姉妹。だから、お嬢様と言うのはやめてね」
「......努力します」
「敬語も禁止!」
「分かりま......分かったわ」
この日は一泊して、翌朝国境へと向かった。
国境には小さな列が出来ていて、私達は列の最後尾に並んだ。
「こんな格好で、いいの、かしら?」
カーミラは自分達の格好に不満のようだが、これでなくては出られないのだ。
「お綺麗な格好をして国を出ようとしたら、絶対に止められてしまうわ。奉公に出る姉妹ということにしておく方がいいのよ」
「そんなものなの?」
「そんなものよ」
私達の順番になり、門兵に連れられて国境管理官の元へと連れて行かれた。
「出国理由は?」
偉そうな口髭をたたえたギョロ目の男が、椅子にふんぞり返って座っている。
「家が貧しいので、職を探しに......」
怯えたように弱々しい声を出すと、男は私達二人を見て鼻で笑った。
「そんな身なりじゃ身を売ることも出来んか」
貧しい女は身を売るか、危険を伴う帝国へ職を探しに行くしかない。
帝国では、エトワールス国の者はまともな職には就けないと言われていて、一度国を出たら二度と生きて戻れないとも言われているのだ。
しかし、実情は全く違っている。
エトワールス国で人間以下の扱いをされてきた者達であっても、完全能力主義の帝国では、身分で大きく蔑まされることもなく、自分の頑張り次第で豊かに暮らせるため、誰一人としてエトワールス国に戻ってこないだけなのだ。
戻ったとしても、エトワールスに入った瞬間に「帝国で稼いだ金を国内に持ち込むことは不法である」と、不当に金品は没収されてしまうため、尚更国に戻ろうと思う者など現れない。
「肉付きも悪いようだしな。フンッ! 行け! せいぜい死なぬようにな!」
第一関門はクリア出来た。
ここで最大の難関となるのが帝国への入国審査である。
エトワールスとは違い、帝国の入国審査はしっかりしたものであり、不審だと思われれば入国を許してはもらえない。
身分証を偽造していないため、その点で疑われることはないのだが、どんな審査が行われているのか分からないため、油断は出来ない。
念の為に手を機械油で汚し、帝国の国境へと向かった。
「この国へ来た目的は?」
エトワールスとは違い、前世の銀行の窓口のような所で、職員らしき男と向き合っての入国審査が始まった。
「職を探しに......」
ここでも怯えたように弱々しい声を出した。
「あぁ、怯えることはありませんよ。何も取って食おうなんて思っていませんからね? 職を求めに来たと仰いますが、お二人は何か手に職でもあるのですか?」
思いのほか親切な職員にあれこれ質問され、それに答えていく。
「まだ若い女の子達がそんなになるほどとは、苦労したのですね。ようこそ、帝国へ」
最後に私達の手を見た職員が、本当に気の毒な子供を見る目を向け、入国の許可が下りた。
「無事にたどり着きましたね、帝国に」
「そうね。もうこの身分証は不要ね」
帝国で職を探す気はないため、この身分証は逆に出国の妨げになりかねない。
身分証を宿屋の暖炉に放り込んだ。
帝国からは様々な国へ行く船が出ていて、それに乗りさえすればラボート国へもたどり着ける。乗れればの話になるのだが。
「どうやって船に乗ればいいかしらね?」
「観光船に乗ってしまえばいいのではないですか?」
「観光船は駄目なのよ。終始人数確認があるから、二人もいなくなったら大騒ぎになるわ」
「そうなのですね......」
最初は私も観光船を考えていたのだが、人数確認が定期的に行われると聞き諦めた。
宿屋の窓から外を眺めながらあれこれ考えていたら、『ファブナ商会』の看板が目に入った。
「あれだわ! カーミラ! 私、少し出てくるわ!」
「駄目です! お一人では行かせられません!」
身なりを整えてファブナ商会へと向かった。
「ドヴォル・ファブナはいるかしら? アンジーナが来た、と伝えてくれないかしら?」
カウンターにいた職員の女性に声を掛けると、女性は不審そうに私を見ていたものの、奥の部屋へと入っていった。
数分後、慌ただしい足音と共に、熊のような大男、ドヴォル・ファブナが姿を現した。
「あ、あ、貴方様が、アンジーナ様でいらっしゃいますのですか?」
少しばかりおかしな言葉遣いだか、まぁいいだろう。
「直接お会いするのは初めてね。私がアンジーナよ」
「貴方様が......我が救世主......我が女神」
熊のような大男が私に跪く様は異様である。
「大袈裟よ。顔を上げて、立ち上がってちょうだい。今回はお願いがあって会いに来たのよ」
「アンジーナ様のお願いでしたら、どんな難題であろうと必ず、全力で叶えてみせます!」
私とドヴォルは三年前に知り合った。と言ってもお互いに面識はなく、文書のやり取りのみであったのだが、船の事故で大打撃を受け、資金繰りに困っていたドヴォルを助けたのが私なのだ。
その当時稼いで貯めていたお金のほとんどをドヴォルに貸し、利子も他より格段に安くした。
本当は利子なども必要ないかと思ったのだが、それでは駄目だと聞かなかったのはドヴォルの方だった。
私が貸し付けたお金で商会を立て直したドヴォルは、一年前に借金を全額返済している。
「私、ラボート国に行きたいの」
「ラボート国へ? お安い御用です。お願いとはそれだけですか?」
「それだけって! 帝国からラボート国へ不法入国させるのよ? 危険が伴うじゃないの!」
「ラボートは我が祖国なんで、入国なんて簡単なもんですよ」
「は? 祖国? え? あなた、獣人なの?」
「おや? 言いませんでしたか? ファブナ商会の本拠地はラボート国ですよ? そして俺は熊族の獣人です」
ドヴォルが被っていた帽子を取ると、ちょこんと茶色く丸い耳が現れた。
「じゅ、獣人!?」
私の横でカーミラが変な声を上げ、その場に座り込んでしまった。腰でも抜けたのだろう。
「おや? 獣人は苦手ですか?」
そんなカーミラをドヴォルは笑顔で見ていた。