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部屋割りも決まり、一応のルールも決まった。
お風呂やトイレは中から鍵が掛けられるのだが、念の為「使用中」の札を下げることにした。
前世の小説では、お風呂で服を脱いでいるところにルームシェアをしている意中の彼が入ってくる、なんてドキドキな展開があったが、さすがに自分の身に降り掛かったら「キャー!」では済まないと思うのだ。
もしも、アル様がお風呂に入ろうとしており、その場に私が間違って入ってしまったら、きっと鼻血を吹き出して倒れてしまうと思う、間違いなく。
ご褒美ではあるが命の危機でもあると思うので、そんな危険は回避すべきだと考えた。
アル様だって、私のそんなシーンを見たくもないだろうし……言ってて悲しくなるが、多分そうだろう。
今日から過ごすこととなる部屋に入り、手荷物をタンスなどに片付けると、大きなベッドにダイブした。
カーミラがいたら「お嬢様! お行儀が悪すぎますよ!」などと叱られるだろうが、これだけ大きなベッドなのだ。ダイブしたくなるのが人間である。
「長かったわね……」
長かった、実に長かった。
ここまでくるのに本当に長かった。
だけど、理想のど真ん中とも言えるだろうアル様に出会えた。
きっとこれまでの時間はアル様に出会うための時間だったに違いない。
なんてことを考えていたらいつの間にか寝落ちていたのだが、ドアを叩く音で目が覚めた。
この部屋に時計はなく、時間はわからないけどまだ外は真っ暗なので真夜中だろう。
「誰?」
そう言うとアル様のか細い声が聞こえてきた。
「ぼ、僕だよ、アル。アンジーナ、開けて」
ベッドから飛び起きてドレッサーの鏡を見ながらササッと髪の毛を手ぐしで整え、ゆっくりとドアを開けると、枕を抱えたアル様が顔を下げ、上目遣いでこちらを見ながら立っていた。
「ごめんね……でも、怖くて寂しくて……」
外で野宿生活をしていた時より断然いい環境なのに、それが怖いのだというアル様。
野宿生活では虫の鳴き声や小鳥や野生動物の声などがあちこちから聞こえてきていたため、寒かったり暑かったり、雨で濡れて不快になったりすることはあっても、寂しさを感じることはなかったのだと言う。
アル様……なんて不憫な。なぜ私はもっと早くアル様に出会っていないんだろうか? もっと早くに出会えていたら、そんな環境下に放ったらかしにするなんて絶対しないのに!
「アンジェリーナ……僕と一緒に寝て」
心臓が撃ち抜かれるのは何度目だろうか……「一緒に寝て」なんてパワーワードをフェチど真ん中の銀狐様から言われる日がくるなんて、前世の私が知っていたらその時点で発狂していたかもしれない。
だけど、私の部屋にアル様を入れてしまったら、カーミラが起きてきた時になにを言われるかわかったもんじゃない。
「連れ込んだのですか?!」
そんな言葉か、それ以上の言葉が飛び出してくるに違いないし、アル様だってこっぴどく叱られてしまうだろう。
だけどこんな状態のアル様を放っておくこともできない。
放り出したら最後、朝まで気になって一睡も出来ずに、部屋の中をずっとウロウロ歩き回って激しく体力も気力も消耗させてしまうことは明らかだ。
「アルは獣化できるのかしら?」
「できるよ」
そう言うとアル様の体がほんの少し輝きだし、顔から全身に広がるように毛が一気に生えていき、前世で見た狐よりも大きな、ボルゾイくらいの大きさの銀狐へと変わった。
その姿のなんとも美しく神々しいことか!
思わず両手を合わせて拝んでしまっていた。
「できたよ」
獣化しても言葉を話すことはできるようで、美しい銀狐の口からアル様の声が発せられるという、不思議だけどなんともフェチ心を揺さぶる姿を目の当たりにして、頭が沸騰しそうだ。
「私の部屋だとカーミラに怒られてしまうから、アルのお部屋に行きましょうか?」
「わかった」
人型の時に抱えていた枕は、枕の端っこを咥え、アル様が自分で運んでいる。
その姿が悶絶するほど愛らしい! あぁ、カメラがあったら様々な角度から連写しまくって、一番いい写真を等身大に引き伸ばして部屋の壁に飾るのに!
なんてことを考えてるなんて知らないアル様は軽やかな足取りで自分の部屋へと歩を進める。
歩く度にゆさゆさと揺れる大きなモフモフの尻尾が、まるで猫の前で揺らされる猫じゃらしのようで、今すぐ飛びついてしまいたい。
興奮のあまり息が荒くなりそうになり、慌てて気を引き締めたけど、目の前の誘惑は大きすぎて興奮が抑えきれない。
「アンジェリーナ?」
急に振り返られて心臓が飛び出そうになった。
きっと今の私はとんでもなくはしたない顔をしているに違いなく、そんな顔を見られてしまったら「こいつ、気持ち悪っ!」と思われてしまうだろう。
「どっ、どうしたの?」
瞬時に淑女の仮面を被る。
こういう時は素直に思う。淑女教育をちゃんと受けていてよかったと。
「尻尾、触りたいのかな、と思って」
歩いている時より軽快に大きく動いている尻尾はまるで「触っていいよ」と言っているようだ。
「部屋にいったら触っていいよ」
思わず腰が砕けて崩れ落ちるかと思った。




