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私達がいただいた部屋は、どう考えても広すぎる部屋だったのだが、ジャニスが言うには獣人にとっては普通の部屋らしい。
貧しい者はそうでもないが、基本的に獣人は狭苦しいのが苦手な者が多く、特に大熊族のような獣化すると大型の動物になる者達は、富を得るとまずは広い部屋を求める傾向が強いそうだ。
「いやいや、ここでも我が家にある部屋の中では狭い方なんですよ」
部屋を交換して欲しいと頼んだら、そう返事が返ってきた。
実際、ジャニス姉妹のそれぞれの部屋も私の部屋よりもずっと広かった。
実家の私の部屋の倍以上あるのに、それでも狭い方だとは……。
前世で一度だけ見せてもらったことがある、高級ホテルのロイヤルスイート。あれと同じくらい広い。
ドアを開けると広々としたリビングルームがあり、その方々にドアが五つ。
右手前と右奥はそれぞれベッドルームになっていて、左手前は謎の空間部屋、左中央がトイレ、左奥がバスルームになっている。
「この部屋、何なのかしら?」
「何もない部屋ですね」
毛並みの良い絨毯だけが敷き詰められた部屋は、本当にそれ以外何もない。
「……多分……獣化した人が寝る部屋」
アル様がポソッと呟いた。
「獣化した人の?」
「獣化すると、人によってはベッドじゃ眠れないから……多分、そのための部屋」
「「なるほど」」
ファブナ姉妹のように、私とカーミラの声が重なった。
獣化すると体長も体重も一気に増えてしまう者達もいて、ベッドを壊してしまう可能性もあるため、金銭的に余裕がある者は、獣化した際のための部屋を用意することがあるそうだ。
小型の動物に獣化する者達ならばベッドで眠れるが、抜け毛を気にする者もいるため、こういう専用の部屋があると喜ばれるのだとか。
ベッドルームにはキングサイズよりも更に大きいのではないかというほど巨大ベッドが置いてあり、タンスなども大きい。
「たくさん服を買っても、入れ場所に困ることはなさそうね」
そういうと、カーミラがクスクスと笑い、アル様がキョトンとした顔をしていた。
お風呂も覗いて見るとやはり大きかったが、その隣に子供用プールのような小さなお風呂もあったことには驚いてしまった。
「これも、獣化した小型動物の獣人用なのですかね?」
「そうでしょうね。ここはきっと、お客様用の客室なのよ。そんな部屋を私達が使ってもいいのかしらね?」
「お客様が見えた時、部屋が足りなくなるかもしれませんね」
「そうよね……出来るだけ早く家を見つけなければ、迷惑になるかもしれないわよね」
「家が見つかったら、アンジーナはいなくなるの?」
私達の話を聞いていたアル様が悲しそうに眉を寄せ、少し潤んだ瞳でこちらを見ている。
「僕を置いて行っちゃう?」
その言葉に心臓が撃ち抜かれたかと思った。脳内の私は鼻血を吹き出して倒れている。そのくらいの衝撃だった。
「アンジーナもいなくなるの?」
「アルさえよければ、一緒に住みましょうか?」
「っ!? いいの!? 僕、いっぱい働く! うるさくしないし、邪魔もしない! いい子にする! だから、一緒がいい!」
歳の頃は同じくらいなのに、きっと色んなことを学んでこなかったからだろう。話し方や思考が幼いアル様。
それが少々切なくもあるのだが、そんなところも全てひっくるめて『可愛らしい』、これに尽きる。
一緒にいるためにうるさくしない、邪魔をしないなんて、可愛すぎるにも程がある。
一切の計算のない純粋な可愛らしさに、膝から崩れ落ちそうである。
「普通にしてくれればいいのよ? 一緒に笑って、時には喧嘩をしたり、仲直りをしたりしながら、一緒に楽しく暮らしていきましょう? ね?」
「お嬢様!? 正気ですか!? 獣人とはいえ、アルは男性ですよ!?」
「男手があった方が便利よ? 女二人だと何かと危険も多いと聞くし、アルがいてくれたら安心じゃない?」
尤もらしいことを言ってはいるが、単に私がアル様と一緒に住みたいだけである。
「それはそうでしょうが……」
「同じ部屋で寝起きするわけではないのだから、そんなに目くじらを立てることもないでしょう」
「僕、同じ部屋でいい!」
「それは絶対に許しません!」
カーミラの言葉に、アル様があからさまに落ち込んでしまった。
「ところで、あなた達、自分の部屋に戻ったらどうなの?」
「あの部屋に一人というのはどうにも落ち着きません……」
「部屋広い……寂しい」
「ここにいさせてください!」
「ここにいたい!」
二人の声が綺麗に重なった。
「ベッドルームは二つあるから、一人はいいとして」
「ぼ、僕はアンジーナと一緒がいい!」
「それは駄目です! 許しません! 私がお嬢様と同室です!」
アル様と同室なんて嬉しい限りだが、きっと心臓が持たない。
例え生きていたとしても、一睡も出来ずに朝を迎える自分が容易に想像出来てしまう。
恋愛経験値が赤子レベルの私にはまだ刺激が強すぎる。
「僕が一緒!」
「いいえ、私です!」
「じゃあ、あなた達がこの部屋を二人で使いなさい」
「はぁ!?」
「え?」
「お嬢様はどうなさるのです!?」
「私は、カーミラかアルの部屋を使うわよ」
「では、私もそちらに!」
「僕も!」
「そんなに、私と同じ部屋がいいの?」
「はい!」
「うん!」
「僕、ベッドいらない。ベッドで寝たことないから。ここでいい」
床を指さすアル様に胸がキュンと苦しくなった。
カーミラも同じだったようで、憐れむような目で見ている。
「床は駄目よ、体が痛むし、疲れも取れないもの。アルはこれから働くのでしょう? 体調管理は大事よ?」
「タイチョ、カン?」
「体調管理。常に元気でいるようにすることよ」
「僕、ずっと軒下や木の下で寝てた。病気になったことない。だから平気!」
カーミラの視線に、益々同情の色が深くなっていくのが分かった。
「その平気は、平気になってはいけないことなの。これからはきちんと、温かい部屋のベッドで寝ることを当たり前にしましょうね?」
小首をかしげながらも頷くアル様が切なかった。




