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 とりあえずいい家が見つかるまでということで、私達はファブナ邸で厄介になることになった。


「職も探すつもりだ」と話していたら、それにカーミラが待ったをかけてきた。


「正気でございますか!? お嬢様は貴族令嬢でございますよ!? 働くだなんて!」


「でも、家を捨ててここまで来たのよ? もう貴族ではないつもりよ? 金銭的に余裕がないわけではないけれど、せっかく貴族という堅苦しい縛りもなくなったのだから、世間というものを学んでみたいわ」


 前世はキャリアウーマンだった私。働くことは嫌いではないし、むしろ働く方が向いていると思うのだ。肉体労働は無理だが。


「それでも、お嬢様は実際に働いたことはないではないですか! 女性は家を守るものです! 労働などいけません!」


「あら? おかしなことを言うのね? あなたは働いているじゃない」


「私は例外です! 我が家は貧乏貴族! 働かざる者食うべからずでしたから」


「その理論で言えば、私も働かなければ何も食べられないわよね? 食べられないと死んでしまうわ。ほら、やはり働かないと」


「お嬢様の食い扶持くらい、私が稼いでみせます!」


「カーミラ? あなたの気持ちは有難いけれど、せっかく自由になれたのよ? 私だって色んなことをしてみたいのよ」


「ですが……」


「心配してくれるあなたの気持ちは嬉しいの。ありがとう。でもね、今までは、大きな口を開けて笑うことも、駆け回ることも、食べ歩きをしながらお友達と街をブラブラ歩くことも、他にもたくさんのことが『家の品位を落とす』と禁止されてきたわ。やっと自由になったのだから、これからはやりたかったことをやってみたいの。ダメかしら?」


「「えぇ!? そうなの!?」」


 カーミラよりも早くファブナ姉妹が驚いた声を上げていた。


 ファブナ姉妹は貴族の優雅で華やかな一面だけを見て憧れていたのだろうが、実際自分が貴族になってみれば、きっとあんな息の詰まる生き方は嫌だと思うだろう。


 食事一つとってみても、最低限の物音以外は立ててはいけないし、みんなとワイワイ楽しい食事なんてものとは無縁だ。


 話がある時は一旦食事を中断し、きちんと口元も拭ってから「よろしいでしょうか?」と伺いを立てなければならない。


 相手からの許しがなければ「否」ということで、会話すら出来ない。


 会話の始まりは大抵が男からで、女は控えめに聞き役に徹し、男に意見などしてはいけない。


 意見などしようものなら、「女のくせに」と嫌な顔をされ、その意見が正しかったとして、それで何か成功を収めたとしても、手柄は全て男のものになる。


 その上で「あれは、生意気にも男に意見をする、恥知らずな女だ」と囁かれる。


 学ぶことにも制限があり、女には学問としての知識はあまり必要ではないと言われ、それよりも淑女としての作法やマナー、立ち居振る舞いを最重要事項として学ばされる。


 楽しくても嬉しくても、素直に感情を現すことはみっともないとされ、鼻歌を歌うことですら、はしたないと叱られる。


 余程のことがない限り、貧しい平民のように寒さに震え、お腹を空かせ、生きるために必死になる必要はないが、その分様々な自由を制限されて、抑制された世界で生きていく。


 綺麗な服を着て、何不自由なく生きていけるからいいだろうと言われるだろうが、自由のない鳥かごの中で、自分を出すことも許されないのは、本当の意味で生きていると言えるのだろうか?


「二人の意見は分かった。カーミラと言ったか? アンジーナ様は自分の力で生きてみたいと思っているようだが、それでも働いて欲しくないと思うのか?」


 ジャニスがカーミラに声を掛けた。


「それは……はい、そうですね。働くことは簡単なことではありません。理不尽なことに晒されることもございます。だからこそ、お嬢様はそういう辛さを知る必要はないと考えます」


「カーミラがアンジーナ様を大切に思っていることは理解したよ。だがな、ここは獣人の国、貴族制度のない自由の国だ。職につけない者は、そこのアルのように物乞いでもしなければ生きていけない、弱肉強食の世界でもある。そんな国に来たのだ、働かなければ生きてはいけないぞ?」


「ですから、私が働きます!」


「女手一つで人を養うことが、どれほどのことなのか、真の意味で理解しているか?」


「何とかしてみます!」


「熱意だけで生きていけるほど、世間は優しくはないぞ? ツテもなく、手に職もない者が稼げる金額なんてたかが知れている。だからどうだ? まずは社会見学も兼ねて、我が家の仕事を手伝ってみる、というのは? 我が娘達も手伝っているし、力仕事はさせない。カーミラも共に働けばいいし、アルも仕事が必要なら働いてくれて構わない。仕事ならいくらでもあるからね。よそで仕事を探すよりずっと安心じゃないか?」


「そう、ですね……」


「じゃ、決まりだな! アンジーナ様もとりあえずそれでいいですか?」


「願ってもないことだわ! ありがとう!」


 家どころか職まで決まってしまった。トントン拍子すぎて怖いくらいである。


「うぅん……」


 アル様が小さな声を漏らし目を覚ました。


「あれ? 僕、寝ちゃったの?」


 ゆっくりと起き上がると、大きく伸びをした。


「アルよ。お前さん、働く気はあるか?」


「……あるよ、働かせてくれるなら」


「そうか。では、うちの仕事を手伝ってみないか?」


「働かせてくれるの? お給料、くれる?」


「給料も出さずに働いてもらうわけにはいかないからな、きちんと出すぞ」


「じゃあ、働きたい!」


 アル様の仕事も決定した。


「僕、働けるんだ……ふふ」


 職が決まったことが余程嬉しいのか、尻尾がブンブンと揺れていて、私の背中に当たっている。


 今日は食事をして、ゆっくり休むことになり、割り振られた部屋へと案内されたのだが、その部屋がとても豪華で驚いた。


 カーミラもアル様も大変立派なお部屋をいただいたようで、二人とも萎縮したのか、なぜか私の部屋にいる。


「アンジーナ様のお部屋でご一緒してもいいでしょうか?」


「ぼ、僕も……僕もここがいい……」


 はぁ、これはどうしたもんか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに、カーミラは事情を知らないので、反対してしまいますよね( ̄▽ ̄;) けれど娘さんたち然り、ジャニスが理解のある人物で良かったです! アルに対しての偏見もなくて(´;ω;`)ウッ… あ…
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