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──コンコン
ジャニスが出て行ってすぐ、部屋のドアが小さく鳴った。
「誰か来た」
アル様がそう言うので間違いはないようだ。
「どうぞ」
返事をすると、ドアが静かに開き、ドアの隙間からジャニスを幼くしたような女の子二人が顔を覗かせた。
一人は黒い熊耳、もう一人は茶色い熊耳をしている。この二人がジャニスとドヴォルの娘達なのだろう。
「「女神様?」」
二人同時に声が重なる様は双子のようだが、よく見ると歳が違うのが分かる。
「女神ではないわ。私はアンジーナ。あなた達は?」
ドアが大きく開き、二人の姿が顕になった。
隙間から覗いていた時は分からなかったが、この二人、身長差が激しい。
黒い熊耳で大人っぽい顔付きの、恐らく姉であろう方は私より小さく、茶色い熊耳の若干幼さが残る顔付きの、妹であろう方はジャニスより大きい。
私の身長が百五十五センチなのだが、姉らしき方は百四十センチ前後、妹の方は百七十は超えているのではないだろうか?
二人ともジャニス同様薄い褐色の肌をしており、姉らしき方は胸がとても大きく、妹の方は残念なほど真っ平らである。
揃いのデザインの黄色いワンピースを着ているので、仲がとてもいいのかもしれない。
「アンジーナ様、初めまして。私、ミラン・ファブナ、こっちが妹のシャロン・ファブナです」
「ようこそ我が家へ」
「「よろしくお願いします」」
やはり小さい方が姉、大きい方が妹だった。
二人は、獣人には珍しく、貴族風の挨拶をし、ちょこんと頭を下げた。
基本的に獣人は、貴族令嬢が行うようなカーテシーはしない。
そもそもそういう教育がなされていないためなのだが、獣人には貴族制度がないためでもある。
「素敵なカーテシーね。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
立ち上がり、すっかり身に付いたカーテシーを披露すると、二人が「すごい! 本物!」と声を上げながら拍手をくれた。
パタパタと室内に入ってきた二人は、先程までジャニスが座っていた向かい側のソファーに座ると、キラキラした目で私を見つめている。
「やっぱり本物の貴族様は違うわね!」
「本で見るのと違うわ! カーテシーも流れるように美しかったわ!」
キャッキャと楽しそうに話す二人は、歳の頃は私やカーミラと変わらないようだが、少し幼い印象を受ける。
「二人は、貴族がお好きなのかしら?」
「「はい!」」
体格差があれど、息ぴったりの姉妹である。
「パパが帝国から買ってきてくれた本で初めて知ったの、貴族のこと!」
「綺麗なドレスを着て、美しい挨拶をし、優雅にダンスをするのよね?」
「「憧れちゃうわー!」」
余程貴族への憧れが強いのか、うっとりとした顔で、とても楽しそうに話している。
興奮しているのか、耳がピクピクと動いており、私的にはそちらが非常に気になった。
獣人にとって耳や尻尾に触れさせる行為は、男女の場合においては愛情表現の一種となり、同性同士の場合は親愛の証となる。
耳や尻尾は、人間でいうところの性感帯に近いもので、余程親密でない限り触れることすら許されないのだ。
ドヴォルの耳を見た時も、アル様の耳や尻尾を見た時も、本当は触りたい、モフりたい欲望が胸の中で湧き上がっていたのだが、そういう知識を持っていたので必死に我慢していた。
憧れのもふもふに出会ったのなら、モフりたい衝動に駆られるのは当然で、ここまで我慢してきた自分を褒めたいくらいだ。
しかし、もうどうにも触りたくて仕方がない。同性同士ならば、少しくらい触れさせてくれるのではないだろうか?
「あの……少しお願いがあるのだけど……」
「「はい?」」
「あの、大変失礼なことだとは分かっているのよ? だけど、どうしても……どうしてもね」
「「どうしても?」」
「二人の耳に触れてみたいの!」
意を決して発した言葉は、思いのほか大きく、自分でもその声の大きさに驚くほどだった。
「「いいわよ?」」
二人同時に返事が返ってきて、「どうぞ」と追加の返答が来た。
「い、いいの? 耳や尻尾は、特別な相手にしか触らせないのでしょ?」
「アンジーナ様は異性じゃないもの」
「お友達なら問題ないわ!」
「「ねー!」」
明るいノリの姉妹である。
気が変わらないうちにといそいそと立ち上がり、二人の元へと近付くと、二人は互いの間を空けてくれたので、その間に座らせてもらった。
「で、でわ、触るわよ? いいかしら?」
「アンジーナ様、緊張してる?」
「うふふ、おかしい」
まずは姉、ミランの黒い耳に触れた。
「ふふ、くすぐったい」
触れた瞬間、耳がピクンと動いた。
スっと一撫でしてみると、しっとりした手触りで、人毛に近いような感触である。
だけどそれでいて奥の方の毛はふんわりとしていて密度があり、柔らかい。
「あぁ……もふもふ……」
思い切って毛の中に指を入れ、かき上げるように触れてみると、表面の長い毛の下にみっしりと短い毛が生えているのを実感した。
「あ、ちょっと気持ちいい」
ミランがニコニコしながらそう言った。
「え? 気持ちいいの? 今度は私! 私のを触って!」
シャロンが頭を下げて、触りやすいようにしてくれたので、遠慮なく耳に触れふにふにとその感触を味わった。
ミランと違いシャロンの毛は、表面からふわふわしていて、これぞもふもふ! といった手触りをしている。
「あぁ……幸せ……」
「本当だ! マッサージされてるみたい! アンジーナ様はマッサージが上手なのね」
マッサージが上手いのだとしたら、それは前世でマロンを撫でていたからに他ならない。
実家の飼い猫であったマロンはキジトラが混ざった雑種で、母親には非常に懐いていたのだが、たまにしか帰らない私には非常に冷たかった。
マロンと仲良くなりたかった私は、気まぐれで寄ってきてくれるそのタイミングに、ネットなどで学んだ『猫が喜ぶマッサージ法』を片っ端から試し、遂に、マッサージだけは許してもらえるまでになったのだ。
その時の知識と技は転生しても健在だったようだ。
「え? ズルい! 私、されてないわ! アンジーナ様! 私にもして!」
シャロンの反応を見て、ミランが催促してきたので、二人の耳を同時にモミモミとした。
手が幸せとはこのことを言うに違いない。
「アンジーナ様……お顔が大変だらしのうございますよ?」
そんな私を、カーミラが呆れたように見ていたが、そんなことはどうでもよかった。




