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聖狐が絶滅したことは、創世記にも記されている事実だ。
銀色の毛並みを有しており、赤目だったといわれる聖狐と同系の色を有していた灰色狐族は、その末裔と言われているが、現在はその個体を確認出来ていないため、灰色狐族もまた絶滅したと言われている。
灰色狐族は、狐族の中でも特に警戒心が強く、また、その血統を重んじる傾向にあり、同じ狐族といえど他の毛色を受け入れない性質があったようで、そのこともまた個体数を大きく減らす要因になったのだろう。
しかし、他の狐族の中にも時折灰色の毛並みをした子供が生まれるとされているので、狐族の中には灰色狐族、または聖狐の血が入っていると信じられている。
「いつ、どんなタイミングで、どの個体に出てくるのか分かっていないのが先祖返りよ。灰色が出るのだから、奇跡のような確率で銀色が出てきてもおかしくはないのよ!」
「そりゃ、そうかもしれないがね、だからって……そいつはアルビノのアルだってのは、ここいらじゃ有名さね!」
「ご覧なさいな、この光り輝く毛色を! これがアルビノなのかしら? 違うわよね? これは銀色よ」
お風呂に入れて良かったと心から思った瞬間だった。
きちんと洗ったことで、一切のくすみが消え、ツヤツヤとした光沢をたたえ、陽の光を浴びて煌めいている銀色の毛並み。
前世の二次元キャラで好きだった銀狐様よりも美しい。
「……確かに、アルビノじゃ、ないのかも」
「勝った!」と心で叫び、思わずガッツポーズをしてしまった。
「先祖返りとはいえ、銀狐はこの国、いえ、この世界にとって貴重な存在よ? そんな存在を、あなた達は蔑んできたのでしょう? 思い込みだけで、きちんとその者を見ようともせず、謂れなき差別を繰り返してきた。違うかしら?」
「あたしはそんな、差別なんてしてないさね」
「あら、そう? アルビノだというだけで忌み嫌う、それだって立派な差別よ? 違うのかしら?」
「それは……」
「アルビノは自然界においては圧倒的弱者の色だわ。その白さ故に目立ってしまうし、外敵に狙われやすい。だから短命になりやすい。だけど、ただそれだけ。他と違う色をしているというだけで、その本質は何も変わらない」
「いや、だって、アルビノは不幸の」
「それだって勝手な迷信でしょ? 実際に、アルビノの子供が産まれたからといって、不幸を撒き散らしていたのかしら? アルがいたから不幸になった人はいて?」
周知を見渡しながらそう言うと、皆が気まずそうに目を伏せた。
「逆に、アルビノだと決めつけて、アルを蔑み、不幸にしていたのは、あなた達じゃなくって?」
「いや、あたしらは、そんなつもりは……」
「では、どんなつもりであなた達はアルを差別の対象にしていたのかしら? ボロボロの服を着て、道で物乞いをしなくては生きていけない状況に追い込んでいたのはなぜ?」
ネズミおばさんは黙り込み、周囲の者達も一様に黙り込んだ。
「この国では銀色は特別な色なのではなくて? 聖狐の血を引き継ぐ、高貴な色なのではなかったかしら? 最も尊ぶべき色、それが銀ではなかったのかしら?」
この国の現在の王制は、国民投票で選ばれた王を王座に就かせるもので、世襲制ではない。
王が死ねば次の王が国民の中から選出されるのだ。
それは、本来王となるべく聖狐属が絶滅してしまったためであり、再び聖狐がこの地に降り立つ日のための代理とされている。
アル様の場合は、正当な聖狐ではないだろうが、銀色を有している時点で、この国では敬われるべき存在になるはずだったのだ、本来ならば。
理想のもふもふに出会いたかった私は、聖狐などについて調べまくったので、そんじょそこらの学者よりも詳しくなっているかもしれない。
銀狐について私に勝とうなど思わないで欲しい。
「いい? 今後アルをアルビノだと差別することは、私が許さないわ!」
何の権限も権力もない私がそう言ったところで、何の効力もないのだが、こういう場面では堂々としている者が勝つ。
「アハハハハ」
豪快な笑い声がしたと思ったら、人集りが割れ、頭に黒い熊耳を生やした女性が現れた。
少しだけ褐色の肌に真っ赤なドレス。ボディラインがくっきりと分かり、かなりグラマラスで妖艶な女性である。
真っ黒くて長いストレートの髪は腰まで伸びており、目尻に黄色いアイシャドーが上向きに走り、真っ赤な口紅をしている。
「初めて見たけど、確かにお嬢さんが言う通り、その子は銀狐だ。あんたら、あれほど差別はするなと言っていたのに、まだそんなくだらないことをやってたのか? しかも、銀狐をアルビノと言って差別してたのかい? 呆れて物も言えないね! 恥を知りな!!」
恫喝するように女性が吠えると、腰を抜かす者まで現れた。
「お嬢さんの言う通りだ! 差別で仲間を不幸に追い込む。そんなことをして、あんたらはこの町の住人として恥ずかしくないのか!?」
熊の女性の言葉に皆が項垂れている。
「あんたも悪かったね。辛い思いをさせているのに気付いてやれなくて」
アル様にそう言うと、女性は深々と頭を下げた。
「うちの者達が本当に申し訳ないことをした。代表して、この町の長を務める、ジャニス・ファブナが謝罪する。本当にすまなかった!」
「ファ、ブナ?」
「おや? 私を知らないのかい? これでも結構有名になったつもりでいたんだけどね」
「もしかして、ドヴォルの、奥さん?」
「おや? うちのの知り合いかい? ……ん? もしかしてアンジーナ、いえ、アンジーナ様ですか?」
「えぇ、私がアンジーナだけど」
「ほわぁぁぁぁ!! あなたが!! 貴方様がアンジーナ様!! 我が家の、ひいてはこの町の窮地を助けてくださった大恩人! 我が娘と大して変わらない年齢の、女神様! 貴方様が!!」
「恩人様!?」
「まさか、あの時の!?」
「あのお方が……」
「女神様……」
周囲が一気にざわめき始めた。
「ちょっと待ってちょうだい。私が助けたのはファブナ商会であって、この町ではないわ! 人違いよ」
「いいえ、人違いではありません! 貴方様はこの町の救世主! 女神様です!」
訳の分からないこの状況に、目眩がしそうだった。




