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「とても美味しくて、懐かしい味だったわ」
私がそう言うと、マコルさんはとても嬉しそうに目を細めた。
「長いこと生きてきましたが、まさか同郷の人と会えるとは。長生きはするものですねぇ」
その言葉に私以外の者はキョトンとした顔をしていたが、これは私とマコルさんの間だけで通じることであり、それが理解出来たとしたらその人もたま『同郷』ということになる。同郷、すなわち、前世の世界のことなのだから。
「味噌汁、懐かしかったわ! オムライスもハンバーグも!」
「味噌汁は食卓には欠かせないものでしたからねぇ。味噌を作るのに苦労しましたが、再現出来た時は涙が出ました」
それから私とマコルさんは二人だけしか分からない会話を繰り広げた。
マコルさんもやはり前世の記憶を持って生まれてきて、前世では主婦をされていたそうだ。
自家製のケチャップやソース、マヨネーズなどを手作りするほど、食事へのこだわりが強かったそうで、成長してからは、前世の食を再現することに楽しみを見出し、それが興じてこの食堂を開いたそうだ。
「食堂をやっていれば、いつか同郷の人と出会えるかもしれないという思いもありましてねぇ。まさか、三十年かかるとは思いませんでしたけどねぇ」
このお店を開いて三十年目にして出会った同郷の人間が私なのだそうだ。
それだけ、前世の記憶を持つ者が少ないということなのだろう。
少しだけ前世の話をしてみた結果、私とマコルさんの生きていた年代は微妙に違っていて、何と、私の方が前世では古い時代を生きていたようだ。
なのに転生するとマコルさんの方が年上という不思議な現象に、二人で首を傾げた。
「すっかり話し込んでしまって、ごめんなさい。お店は……大丈夫そうだけど」
ピークを過ぎたからなのか、気付いたら店内はガラガラになっていた。
「いいんですよ。久しぶりに同郷の話が出来て、私も嬉しかったのでねぇ」
帰り際、マコルさんが、何とケチャップとマヨネーズと味噌をお土産にくれた。
「なくなったらまたいらしてください」
「そうね、今度は買いに来るわ!」
「お待ちしておりますねぇ」
マコルの食堂を後にして、ドヴォルの家を目指すことにした。
ドヴォルの家は町から少しだけ離れた小高い丘の上に建っていて、町からもその姿を確認出来たので迷いそうもない。
白壁にレンガを組み合わせた、街並みと同じような建物だが、大きさが圧倒的で、マコルさんの食堂が六軒は入るのではないかというほど立派である。
ドヴォルが商売で成功しているからなのか、奥さんが有名だと聞いているので、奥さんの財力なのか……またはどちらもなのか。
「ドヴォルの奥さん、何者なのかしらね?」
「さぁ……有名人のようですけど、何をなされている方なのでしょうね?」
「急にお邪魔して大丈夫なのかしらね? 何か手土産は必要かしら?」
「そうですねぇ、何か用意すべきでしょうね」
道すがら、お土産に良さそうな物を探しながら歩いていると、道行く人達の視線がアル様に集まっていることに気が付いた。
これだけ格好良ければ当然と言えるだろうが、少々面白くないのもまた事実である。
「うわ! アルビノだ!」
しかし、そうではなかったことを知り、腹が立ってきた。
本当に、この国の獣人達の目は節穴なのだろうか? どう見ても銀色なのに、それでもアルビノだと思うとは、どうかしている。ここは、その認識を改めていただかねば。
「それにしても、アルは見事な銀色よね」
声を張って、周囲に聞こえるようにそう言うと、周囲がざわつき始めた。
「僕、アルビノじゃないの?」
「この毛のどこがアルビノだと言うの? グレーがかった輝くこの毛色がアルビノなら、アルビノには色素があるってことになるわ! あなたは間違いなく銀色の毛並みの『銀狐』よ」
「そうなの? ……アンジーナ、声が大きいよ? そんなに大きく話さなくてもちゃんと聞こえてるよ」
「あなたは銀! アルビノじゃないわ!」
「わ、分かったから、もう少し静かにしよ? みんなが見てるよ」
見て聞いてもらわなければ意味がない。
「ちょっと、お前さん! 馬鹿なことを言いでないよ! 銀狐だぁ? そんな馬鹿な話があるかいね!」
私達の話を聞いていた獣人の一人、丸く大きな耳に少しミミズを思わせる細長く毛のない尻尾の、ネズミ獣人のおばさんが割って入ってきた。
ネズミだからなのか、ただの出っ歯なのか、前歯が少し大きく飛び出している。
「あら? 人の会話に横入りしてくるなんて、随分と行儀の悪い方なのね」
「フン! 悪かったね! でもね、聞き捨てならないことを耳にしちゃ、一言言ってやりたくなるもんなのさね!」
丸々と恰幅のいい体で、話す度にタプタプとした顎が面白いほど揺れている。
「聞き捨てならい? 私、何もおかしなことは言っていないわ? ねぇ?」
カーミラに同意を求めると、「そう、ですね」と困ったように返事をした。
カーミラとしては、獣人達に注目を浴びているこの状況から、一刻も早く抜け出したいのだろうが、少しだけ我慢して欲しい。
「お前さん、さっきからおかしなことしか言ってないさね! 銀狐だぁ? いいかい? お前さんは獣人のくせに物を知らないみたいだから教えてやるがね、銀狐なんてもんは、とっくに絶滅してるのさね! 銀狐とはね、聖狐族にしか現れないってのは、この国のもんなら誰でも知ってる常識さね!」
「そんなことは知っているわよ。でもご覧なさい。これのどこがアルビノなの? アルビノは白、もしくは黄色味がかった白色が通常! それこそ常識よ? この毛のどこにそんな色があるというの? どう見ても銀色でしょう!」
「しかし、アルビノ特有の赤目じゃないかね! 赤目なんてアルビノじゃない限り出ない色さね!」
「これまたおかしなことを言うのね? 聖狐族も、その末裔と言われる灰色狐族も、目の色は基本的に赤よ? よく見てみなさい? アルビノの赤と違って、紫を含んだ赤よ! きちんと色素を有している証拠じゃないの」
怪訝そうな顔をしながら、ネズミのおばさんがアル様の顔を覗き込み、「ありゃ……本当だ」と呟いた。
「あなたは先祖返りってご存知ないの?」
「先祖返りかい……知ってるさね」
「狐族は元をたどれば聖狐族に繋がる、云わば子孫よ? 先祖返りで銀狐が生まれてきてもおかしくはないのよ」
「た、確かに……そういうやつもたまにはいるさね。でも、銀はないさね!」
「なぜ言い切れるの? あなたは遺伝についての専門家か何かなのかしら? 滅びたはずの聖狐族と同じ色素を持って生まれた、生きた証拠がここにいるじゃない」
ネズミおばさんがたじろぐのが分かった。