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私の食べ方を真似て、アル様がオムライスを口に運んだ。
「ん! んんんっ!」
目を丸くしながらも一気に表情が輝いたので、きっと美味しいと感じたのだろう。
「美味しい?」
そう尋ねると、アル様は首をブンブンと縦に振った。
「本当に美味しいです! こんなの初めて食べました! 中のご飯は、なぜこんなに赤いのでしょう?」
「トマックのソースで炒めているからよ」
前世のトマトはこちらでは『トマック』として世間に流通していて、サラダなどの添え物として食べられているのだが、ケチャップやトマトソースなどにして食べる習慣はなく、そのことを残念に感じていた。
これを作った人物は、記憶をハッキリ持っていて、かつ、料理の知識が豊富なのだろう。
現にこのオムライスで使われているチキンライスは、ケチャップを使った前世の物とほぼ変わらない味をしている。
私は、確かに前世の記憶を持っているが、料理はそれほどしてこなかったので、作りたいと思っても、ケチャップの再現なんて出来そうにないし、一番欲しいマヨネーズすら作れない。
何となくの材料は知っていても、本当に聞きかじっただけの知識のため、あの味にはならなかった。
「ケチャップ、欲しいわね……マヨネーズ、作ってくれないかしら?」
「ケチャプ? マヨネ?」
私の声を拾ったアル様が不思議そうに首を傾げていた。
ハンバーグにフォークを刺し入れ、一口大にカットして口に放り込んだ。
ナイフなんて物は出てこなかったので、フォークでグサグサと切り込みを入れてカットした。
前世で食べていたハンバーグより、やや粗めだが、再現度が高く、懐かしさに胸が熱くなった。
「何ですか、これは!? お肉料理なのに固くなく、お肉がホロホロっと解けていくようです! それなのに肉汁はしっかり出ていて美味しい! この茶色いソースもコクがあってお肉に合っていますよ!」
カーミラは食レポが上手いようだ。
私の隣では、アル様がオムライスを食べ終えて、ハンバーグへと手を伸ばしている。
「ん!? アンジーナ! これ、凄い! 美味しい!」
ハンバーグも気に入ったようで、オムライスの時以上に目を輝かせている。
「そういえば、メニューを持ってきてもらったのに、見ずに注文してしまったわね。他にどんな物があるのかしら?」
メニューを開くと、この店の名物料理がオムライスとハンバーグなのだろう。メニューの最初のページにイラスト付きで描かれていた。
この世界のメニューは基本的に文字のみなので、イラストが付いているこのメニューは非常に分かりやすい。
唐揚げ、焼き魚、煮魚、カナッシュ(前世のジャガイモ)フライ、カナッシュサラダ、厚焼き玉子、目玉焼きなど、前世で見知った料理が並んでいる中で、私の目を引いて離さなかったのが味噌スープ。
「これは……味噌汁よね……あ、ちょっと! ごめんなさい、いいかしら!」
手を上げて猿の店員を呼び、味噌スープを注文した。
「珍しい! 味噌スープはあんまり人気がないんですよー。癖がある香りがあって、その匂いだけで飲みたがらない人が多くて。あ、こんなこと言うと商売にならないか!」
失敗したとばかりにチロっと舌を出している。
少しして運ばれてきた味噌汁スープは、お椀を模した小さめのサラダボールのような木の器に入っていて、匂いから何からしっかり味噌汁だった。
具材はカナッシュとシャロ。シャロとは大根だと思ってもらえれば問題ない。
イチョウ切りにされたシャロと、角切りのカナッシュが、知らない者が見ると泥水と間違えてもおかしくない色の液体の中に浮かんでいる(カナッシュは沈んでいるけど)。
「何ですか、それは? 独特な香りがしますね。美味しいのですか?」
カーミラが少し眉をひそめ、疑わしげな目で味噌スープを見ている。
「好き嫌いは分かれるかもしれないわね」
そう言って、味噌スープを、器に直接口を付けて一口飲んだ。
「ふぅ……やっぱりこれよね……懐かしいわ……」
体に染み渡るような、懐かしく優しい味に、思わず息が漏れた。
『ゴクッ』
大きく唾を飲み込む音が聞こえ、アル様が「僕もそれ、飲んでみたい!」と言うと、カーミラも同意してきたので、味噌スープを追加で注文した。
運ばれてきた味噌スープを、アル様はためらいもなく、カーミラは恐る恐るといった感じで口にしたのだが、その後の反応は良く、カーミラは味の説明を興奮気味にし始めて、思わず笑ってしまった。
私達の反応を見て、店内でもチラホラと味噌スープを注文し始める客が増え、店員が驚いた顔をしていた。
私とカーミラはオムライスとハンバーグと味噌スープで苦しいほど満腹になったのだが、アル様はまだ足りない様子だったので、サラダとコロッケ、日替わり焼き魚を追加で注文した。
コロッケも二人は初めて見るようで、カーミラがしきりに食べたがり、アル様が少しだけ分けるという、すごい光景が見られた。
獣人が苦手なカーミラが、実に嬉しそうにコロッケを分けてもらう姿なんて、誰が想像出来ただろうか。
焼き魚は『ホウカ』という白身魚だった。
海に住む最大一メートルほどに成長する魚で、秋刀魚を巨大にしたような見た目をしている。
大きさが違えど、秋刀魚に見た目はソックリなのに、その身は淡白な白身という、前世の記憶持ちならば驚きの魚である。
しっかり塩がしてあるようで、そのまま食べられるようになっていた。
私としては、焼き魚は醤油でいただきたいのだが、醤油もこの世界では見たことがない。
魚を生食する習慣もないため、刺身も寿司もカルパッチョも前世以降食べていない。
そもそもどの魚が刺身として食べられるかも分からないため、試したこともない。
中には火を通さないと食べられない魚もあるので、冒険はしなかった。
「私の料理は満足していただけましたか?」
アル様がサラダと格闘していると、ウサギの耳を生やした初老の女性に声を掛けられた。
毛足の長い垂れた白い耳から察するに、種類はアンゴラウサギだろう。
「あなたがマコルさんかしら?」
「そうです。私がこの食堂の店主兼料理人のマコルです」
穏やかな笑顔を浮かべるマコルという人物は、白い割烹着を着ていた。




