1:足首を掴む手
俺は、腕だけのオバケだ。
とある電車の座席の下に住み着き、上に座った者の足首をガッ!っと掴むことを生き甲斐としている。
タイミングは、そいつが立ち上がろうとする直前。
大抵はいつもみんな、目的の駅で降りようにも降りられなくなった焦りと得体の知れぬ恐怖でめちゃくちゃ驚いてくれる。これ以上の喜びは無い。
――だが、時たま、反撃してくるやつもいるんだ。
この前、いつものように誰かの足首を掴んでやった時のこと。
細い足だった。靴も小さい。おそらく老婆だろう。
さてどんな反応をするかな? とワクワクしていると..
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」
と聞こえてきたんだ。思わず叫んでしまった。
『ぎゃあぁぁぁっっ!!』
成仏したくない俺にとって、最悪の台詞だったぜ。
阿弥陀さんがお迎えに来たらと思うと、おちおち掴んだままでもいられねぇ!
俺は苦悶した。
だが、こんなところでこんな簡単に負けてしまっては、電車オバケの名が廃るというもの。
必死に考えた。
そして、すばらしい打開策を思いついたんだ。
こいつは年寄りだ。
俺もお経を唱えてやれば、お迎えが来てコロッと死ぬんじゃね? と。
そうと決まればさっそく実行だ。
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」
『なむぁんだー、なむぁんだー』
婆さんに合わせて、俺も唱える。
…なんだか眠たくなってきたぜ。
遠くの方から光が近づいてくる。
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」
『なむぁみだぁ…なーみゃいだぁ…』
――あれぇ? おかしいな…腕から、白い光の粒が零れ落ちてる…
キラキラして綺麗だ..
「以下略…以下略…」
『なむ以下略ぅ...』
いつのまにか、意識が途絶えていた。
そして――
ハッと目覚めた時には、花畑の中にぽつんと放り出されいていた。
元の場所を探し当てて戻るのに、すごい時間がかかったよ。
腕だけで川を泳ぎ渡るのは大変だった。