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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

茶団子たんは拾われた事に気付かない異世界犬

作者: アカネコ

 マムと呼ばれる女王が統治する魔獣界、ロズウェル。

 もちろんお目にかかった事なんてないけれど、マムはこの世界の全ての魔獣の母とも言われている偉大な人物だ。


 そのロズウェルで独り生きる…物心がついた時にはすでに親の姿はなく、自分がどんな種類の魔獣なのかも知らない、そして、どの群れにも入れてもらえないつまはじき者がこの俺。もちろん名前なんてものはない。ただの群れなしの魔獣だ。


 「迷子なのかい?」と声をかけてくる魔獣も少なからずはいた。だがしかし、俺がほんの一声でも雄叫びをあげれば、どんな魔獣も脅えてしまうのだ。


 成魔獣であれば飛びのき臨戦態勢、自分と同じような幼魔獣であれば、恐怖のあまりに固まるか、ひきつけを起こしたように泣き叫ぶのがおちだった。


 俺の雄叫びには、他の魔獣が忌避感を感じる何かがあるらしい。そしてその事に気付いてからは、他の魔獣の姿を見ても、もう、声をかける事はなくなった。

 

 だって雄叫びは魔獣の証だから。これだけは絶対に、絶対に、やめられない。


 §


 その日も俺は、ふらふらと森の中を彷徨い、様々なコミュニティをじっと観察し、群れで移動する魔獣たちのなんとない話に必死に聞き耳を立てていた。


 欲しい情報は、巨大魔獣が跋扈する警戒地区の話。縄張りの話。そしてもちろん食べ物の話。

 そういった情報を得る為に精一杯気配を消し、様々な魔獣たちにこっそりと近づいていくのが、いつしか俺の日課になっていた。


「なぁ、聞いたか?南の砦に住む鳥族からマムの戦士が出たらしいぜ」


「ひゅ~、すげぇじゃん」


「マムの戦士になれりゃ、一生食いっぱぐれがねぇんだろ?」


「良いよなぁ、俺もチャレンジしてぇ」


「ギャハハ、ムリムリ。お前なんかせいぜい…」


 気配消しはどんどん上達し、たくさんの話を耳にできるようになると、俺はすぐにマムの戦士になる事を夢見るようになった。

 

 §


 マムの戦士になるには…群れからの推薦のない者、親のない者は、異世界という場所へ行き、どんな願いでも叶うという聖遺物をたくさん集めて帰還すれば良い。そうすれば、マムの戦士に任命してもらえるらしい。


 だから、マムの戦士は出自を問わないらしい。


 マムの戦士になれば日々の糧にも困らないらしい。

 

 マムの戦士になれば、親を知らないこの俺にだって…もしかしたら仲間が出来るかもしれない。


 俺は…絶対にマムの戦士になる!

 

 §


「よく来たよく来た、可愛い私の子供たち」


 俺と同じように、噂を聞きつけたという魔獣がたくさん広間に集まっていた。

 広間の一段高くなった最前列に、やけに赤くて長い爪を持つ、いや、目も毛色も何もかもが真っ赤な魔獣がいた。贅沢にたくさんの布が張られた椅子に横たわっている。


 そしてマムは、椅子に張られたものとはまた違う、やけにテカテカした薄い布を、その体に何重にもまとっていた。


 あれが…ここロズウェルを統治する女王、マム。

 話にはもちろん聞いた事があるが、実際に見るのは初めてだし、こんなにも簡単に会える存在だとは思いもしなかった。


 §


 ごく稀に、聖遺物という異世界からの贈り物が、空から落ちてくる事があるという話は、何度も聞いた事があるので知っている。

 この住処にある様々な風変わりな置物は、その聖遺物なのだという。

 何に使うのかまったく想像も出来ない聖遺物とやらは、ぼんやりと発光しながら、マムの後ろにぎっしりと飾られていた。


 聖遺物はマムに献上する事が義務付けられているという事も知っているけれど、俺にはその希少性も重要性もわからない。

 そもそも食えそうにないものには興味が薄い性質だ。

 みんなきちんと献上しているのだなぁ…脳裏に浮かんだ感想はそれくらいのものだった。


 隣の魔獣たちが、布の面積がとても広いから、あの椅子はさぞ凄い聖遺物なのだろうとかなんとか、コソコソと話をしている。そうか、そう言えば、椅子もマムを包む布も光を帯びている。あれも全部、聖遺物なのだろう。


 興奮冷めやらぬ様子でマムの話を聞く魔獣達はみな、俺と同じか少し上くらい。年若い魔獣ばかりだった。

 暫くするとマムが、ここにいる魔獣はみな、合格なのだと祝いの言葉をくれる。

 興奮した魔獣達が雄叫びをあげた。


 俺も期待に胸膨らんだが、今ここでつまはじき者になるのは避けたい。マムの戦士になるまではと、雄叫びをあげたい気持ちを必死に押し殺した。


 俺達の使命は、とにかくたくさんの聖遺物を異世界とやらで見つけて持ち帰る事。

 そうしたら、立派なマムの戦士になれるのだと言う。

 俺は決意を新たにマムの方へ目を向けた。


 でも…


 全部嘘だった。


 俺は、俺達は…騙されたんだ。


 §


 異世界に行き、聖遺物をたくさん集め…再びマムの御前へと帰還し、晴れてマムの戦士になれる、はずだった。

 だけど、異世界への扉だと思ったものは蟲毒の壺と呼ばれるものの蓋部分だった。その壺の中で、マムとその一味は俺みたいな孤独な魔獣を戦わせていた。


 壺の中で最後の一匹になったら、そいつはマムの血となり肉となる。そう、異世界転移なんて真っ赤な嘘。若く強い力を持つ者をマムの体内に取り込む、その為の…ただの罠だった。


 マムは…魔喰いの一族なのだという。

 獣は死にかけた魔獣を狙うし、魔獣は獣を食らう。

 だけど…魔獣が魔獣を食らう?そんな一族が存在するなんて、もちろん俺には知る由もなかったが、蟲毒の壺に放り込まれる前に、マムの戦士たちが半笑いでご丁寧に教えてくれたのだ。


「のこのこやって来て、本当にマムの戦士になれると思うとは笑止千万。ものを知らないガキどもは哀れだな」


「世の中、騙される奴が悪いのさ。ほら、そこから出たけりゃ中で必死に戦うんだ。ま、勝ったとて、マムの血となり肉となるだけだがな!ワハハハハ」


 マムの戦士たちの笑い声が反響する暗い壺の中。

 蓋が閉まった瞬間から、壺の中では戦いが始まった。

 ここから出られるのは勝利の一瞬だけしかない。

 勝ち残り、蓋が開いた隙をついて逃げる、みな、そう考えたのだろう。


 だが俺は、ひたすら雄叫びをあげ続けた。何故なら、俺の声を聞いた者は怯み、脅え…俺に戦いを挑んではこないから。


 こんな無益な戦いなんてまっぴらごめんだ。

 俺は誰とも戦わず、ひたすらに雄叫びをあげながら、壺の蓋に体当たりをし続けた。


 体感で三日と三晩が過ぎたころ、意識がぷつりと途切れ…

そして気付けば、何の因果かこの異世界という別世界に来てしまった。


 ここは、今まで暮らしていた場所とは匂いも空気の味さえも全く違う。

 それに…ここはなにかが圧倒的に足りない。

 そうか、ここには魔の力が全くないのだ。


 魔の力がない場所で、魔獣の俺が生きて行けるのか?

 今だって…呼吸すらまともに出来ないじゃないか。

 俺はまた、地べたにへたり込んだ。


 §


 そこから先の記憶は曖昧で、気付けば俺は“みさき”と“おかあさん”と“おとおさん”という、やけにツルツルとした変わった姿の獣と共に暮らしていた。


 三匹は頭部にだけ長毛を生やした獣で、まったく言葉は通じない、俺よりも随分と大きな獣達。

 その三匹の種別は同じ。そして…匂いからしてこいつらは親子だ。


 弱った者を捨てていくのが世の常。

 それは魔獣だろうが、ただの獣だろうが同じ事。

 どんな群れも弱い者は必要としない。

 そして弱者は捨てられた瞬間から、死の匂いを嗅ぎつけたハイエナどもに、その身を裂かれて一生が終わる。


 だから…こんなに弱った俺を誰も拾う訳がないんだ。

 去るのなら、近づかない。それがマナーというもの。それはこの別世界だって一緒だろう?

 そう思い、懸命に唸り声をあげ…近づいて来ようとする獣へ拒絶の意を示した。


 それなのに…どうした事か、一風変わった姿の獣は弱った俺を抱き上げる。

 俺は残る気力をかき集めて、最期になるだろう雄叫びをあげた。


 …そう思った。だけど情けないことに、まったく声が出なかった。

 弱弱しい、ひゅうひゅうという音が出ただけだ。


 同情なんていらないんだよ。

 そもそも、そんなもの一度だって貰った事もないけれど。

 もう、どうでもいい。俺は自分の居た世界のボスから裏切られた魔獣。早く、早く俺の前から去ってくれ。


 そう思っていたのに、その獣は俺の渾身の拒絶をものともせず、あっさりと自分たちの住処へと連れ帰ったのだ。


 §


 連れていかれた先は、どんな雨風だって凌げそうな頑丈な獣達の住処だった。

 外は寒かったのに住処はとても温かい。

 それだけでも驚きだったのに、そこでなんと、獣が…みさきが俺に茶団子(ちゃだんご)という名前を付けた。

 

 みさきが俺に向かって“ちゃだんご”と言った時、体中にビリビリとしたなにかが巡った。

 名付け…誰に教えてもらったことでもないけれど、本能でわかるのだから、なんとも不思議なものだと思う。

  

 名前なんてものは簡単に付けれるものでも、貰えるものでもない事くらい、俺だって知っている。

 名前が付けられるのは、あのロズウェルの女王、マムだけだ。

 みさきは…この世界の女王なのだろうか。


 目の前にいるのは途方に暮れて弱りきった俺に、何もしていないのに温かい寝床と、おいしい食べ物をわけてくれる大きな獣達。

 俺はと言えば、空気があわないのかなんなのか、未だに呼吸は浅く、歩く事すらままならない。


 俺はこの現実に目を背ける。


 §


「お母さん、お母さん。ちょっと庭見て!あれ…ヤバくない?」


「まぁ、猫かしら…犬?」


「なんか…ぐったりしてない?」


「うちはダメよ。お父さんが動物嫌いだから飼えないもの」


「超小型犬っぽいし…今日日、あんなサイズの野良犬とかいないんじゃない?どっかの飼い犬が迷子になったんじゃないかなぁ」


「迷子になったか捨てられたか…ねぇ」


「そう言えば法律でさぁ、体のどっかに飼い主情報とかのデータ入れないと、飼っちゃダメって決まってるんじゃなかったっけ?」


「あぁ、そう言えばそうよね…って、みさき、待ちなさい!」


「ちょっと見てくる!」


 §


「お願い!お父さん、一生のお願い!」


「うーん…まぁ、しょうがないか…。こんなに弱った動物を外に放り出すのは、いくら動物嫌いの父さんだって嫌だしな。きちんとみさきが世話をする事と、父さんの寝室と書斎に近づけない事。守れるなら飼っても良いぞ」


「やった!お父さん、ありがとう!」


「でも…チップを入れた形跡もないって、動物病院の先生が言っていたじゃない?雑種だろうって話だけれど…今の時代にこんな事ってあるのかしら?受付の人に聞いたんだけどね、最近じゃあ、地域猫にもほとんどチップが入ってるって話だったわよ」


「うーん…ブリーダーから逃げ出してきたとか?」


「あんなに弱った体で、自力でうちの庭に入り込めるものかしらねぇ。ここらへんのブリーダーやペットショップから届け出もなかったらしいし…変な話よね」


「もうさ、うちの子になったんだから、そんな事どうでも良いじゃん。ね、ね、それよりさ、フローリングの上に敷くカーペット、これとこれ、どっちが良いと思う?」


 §


 声が、出ない。


 喉がカスカスして、全く声が出ない。

 声が出ないと元気も出ない気がする。


 いや待てよ…いつも俺が雄叫びをあげると、みんな脅えて逃げ去っていったんだ。


 ‥‥‥。


 だから。


 これはこれで。


 このまま声が出なくたって良いんじゃないか?


 ‥‥‥。


 いや、ダメだ!

 雄叫びは俺の本能、魔獣の証。


 だからもし、いつものように雄叫びを拒絶されたら…俺はすぐに、ここを出て行かねばなるまい。


 §


「茶団子たん、全然吠えないね」


「そうねぇ。知らない場所に来ちゃって、脅えてるのかも」


「捨てられて、ショックで声が出ないのかも…」


「まぁ、無理に急かす事はないじゃない。そのうち慣れれば吠えるわよ」


 §


 俺は何をするべきか。

 情けないほどに、未だまったく動けないけれど、頭はフル回転している。


 マムが語っていた異世界の話…異世界の聖遺物を探し出し、沢山揃えれば願いが叶うという、あの話は本当だろうか?

 聖遺物を沢山探せば、元の世界に帰れるというあの話。


 いや、元の世界に帰ってどうしろと言うんだ?


 俺は…俺は…


 この住処以外は知らないけれど、独りで生きる俺にはやはり魔の力が必要だと思う。

 魔の力がないこの世界で独り生きるのは不可能だろう。

 

 早急に聖遺物探しの旅に出なければ、そう決意する。

 まだ歩けもしないのに、俺は己を鼓舞するように猛武者震いした。


 §


 ようやく少しだけ歩けるようになった。


 今までは、住処に用意された小さな箱の中で暮らしていたし、そこでそのまま用も足していたが、歩けるようになったとわかると小さな箱は撤去され、俺は箱から外に出されてしまった。

 

 そして獣たちの住処の一角に、俺専用の用足しの場所が作られる。他の獣の住処にマーキングするのは気が引けるから、正直ありがたかった。

 下手に縄張り荒らしはしたくないからな。


 俺は一宿一飯の恩を仇でかえすような魔獣じゃない。もうすでに一宿一飯どころではないから、余計に気を付けなければなるまい。

 

 そう、これは絶対に守らねばならないルールだ。

 用を足すのはここ、見た事もない風変わりな材質のそれが敷かれた上。

 俺はしっかりと頭に叩き込んだ。


 §


「うんうん唸ってる茶団子たん、めっちゃ可愛い!」


「何か…悩んでるみたいに見えない?」


「見える見える!なーに、考えてるんだろうねぇ」


「わかんないけどさ、カーペットの一角から絶対に出ないのよ。もう、いじらしくていじらしくて」


「抱っこしようとするともの凄い拒絶してくるのが悲しいけど」


「人間に対して嫌な感情があるのかもしれないから…時間がかかるかもしれない。いつか、打ち解けてくれると良いわねぇ」


「そうね。おトイレも一発で覚えたし、行儀も良いし…やっぱどこかで飼われてたのかなぁ」


「うん…環境がどうであれ、お母さんも飼い犬だったのかなって思ったわ」


「…うちでは思いっきり甘やかしてあげようね」


「そうね。でも、ただ単に、うちの茶団子はもの凄く頭が良いって可能性もあるわよ?」


「いやもう、うちの子ったら可愛い挙句に賢いとか、ただの天使じゃーん」


 §

 


 ここに来てから、上手に気配察知ができなくなっているし、鼻の利きも非常に悪い。

 魔の力がないのだから仕方がないのかもしれないが、自分が頼りなくて、不安で不安で仕方がない。


 それでも、何もしないよりはずっと良い。

 体調が整い次第、聖遺物を捜す旅に出ねばならないのだから。


 という訳で、本日より歩行訓練を開始しようと思う。

 とは言っても、テリトリー問題もある。だからこのフカフカとした一画(茶団子用カーペット)を使わせて頂こう。ここで訓練をするのだ。


 聖遺物がどこにあるにしろ、この脚力ではとても探す事はできまい。

 今は地道に歩行訓練をするのみだ。


 §


「見て見て!茶団子たんのヨチヨチ歩き、超福眼~!」


「本当に良かったわ。獣医さんも少し栄養が足りないだけで、他に悪いところはないって言ってくれたけど、心配だったもの」


「良かったね、茶団子たん。もう少ししたら外に散歩に行けるかなー?」


「そうね。あ、こら、みさき。茶団子の邪魔しちゃダメよ!」


「は~い。あ!今、吠えた?」


「あら、本当。吠えてるわ!」


「へへ、可愛い声だねぇ。あ、また歩き始めたよ」


「頑張れ~、茶団子!」


「頑張れ~、茶団子たん!」


 §


 歩行訓練を始めると、お母さんとミサキが何故かもの凄くチラチラと見てくる。

 そして、言葉はよくわからないが、たぶん、応援してくれている…らしい。

 

 そして驚くべきことに、俺の雄叫びを聞いても、ニコニコとしているだけだった。

 

 …正直、悪い気はしない。

 俺の雄叫びを聞いても、拒絶する事もなく、更には歩行訓練の応援までしてくれるとは…。

 

 それに、もっともっと頑張ろうと思う気持ちが湧いてくるのが不思議でならない。

 今までに一度も感じた事のない感情が込み上げる。この気持ちは…一体何なのだろう。


 §


「ちょっと寒くなってきたわねぇ。コタツは…まだ早いかしら?」


「母さん…茶団子もいる事だし、早めに作っておいたらどうだ?」


「あら、お父さんったら…動物嫌いなのにずいぶんと優しいじゃない」


「おいおい、俺をどんな冷血漢だと思ってるんだ?」


「はいはい。じゃぁ、明日にでもコタツを出しましょうかね~」


 §


 本日も歩行訓練だ。

 訓練は順調に進み、そろそろ聖遺物を探す旅に出立しようと思っている。

 

 今もカーペットの端から端まで何度も歩いて歩いて歩いて…突如、歩行訓練中にみさきが俺を抱き上げた。


 な、何をするつもりだっ!


 必死の抵抗も、みさきは全く意に介さない。

 

 そしてがっしりとした壁で仕切られた隣の居住区へと、俺は連行された。

 お、俺は殺されるのだろうか。


 そう言えば、あの雄の獣の姿は、たまにちらりとしか見かけないのだ。

 狩りをしているのかとも思ったが、その手の臭いは一切しないし…この一族はどうやって食べ物を手に入れているのだろう。急に底知れぬ恐怖が湧き上がってきた。


 みさきに連れて来られた別の居住区には、びっくりするくらい柔らかく、そして、ぶ厚いふかふかの布がおいてあった。

 俺には価値なんてわからないけれど…これは見るからに高級なものに違いない。


 ロズウェルでも、布はもちろん見た事がある。群れの長老やリーダーが身にまとっている事もあったし、それにあのマムだって…聖遺物らしいマムの椅子にも沢山使われていた。

 だが、この布はあんなペラペラなやつじゃない。

 信じられない程に、布がぶ厚く膨らんでいる。


 やはり、みさきはこの世界のマムなのだろうか?

 また壺に閉じ込められるのだけは…嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ…。

 思い出した恐怖のあまりギュッと目を瞑ったら、みさきがその高級そうな分厚い布の上に俺を座らせた。


 ひぃぃ、こんな場所に座って良い訳がないだろう!


 どうしようどうしよう。

 急いで布からお尻をあげて逃げ出そうとするも、すぐにみさきが抱きかかえて、高級な布の上に再度、俺を座らせる。

 何度かそれを繰り返し、根負けした俺は疲れて動けなくなった。


 歩行訓練をしすぎたせいだ。いざと言う時に動けないとは、なんと情けない。

 今後はもっと配分を考えて訓練をせねばなるまい…。


 真剣に熟考していた俺は、とある異変に気付いた。

 

 ん?

 

 何故だ?何故か…妙に分厚い布がポカポカと温かいのだが…!?

 

 俺はそっと厚い布の下に鼻を入れて、顔でその布をまさぐった。

 分厚いのに、なんと軽い布なのだろう。

 その布をまさぐってまさぐってほふく前進した先には…


 オレンジ色の明かりが支配する、なんとも温かい空洞が広がっていた。


 ここは…天国か?天国なのか!?

 暫く天国とふかふかの分厚い布の間をグルグルと行き来して、俺はとんでもないベスポジを発見してしまった。


 なんという至福…!


 §


 しばし目を閉じてうっとりしていたが、嗅ぎ覚えのある匂いがして、一気に体が覚醒する。

 

 これはあの雄の匂い!

 

 少しだけ目を開けて、周囲の様子をそっと窺った。


 しまった!


 いつの間にやら背後を取られている。あの雄の獣が俺の背後に座っているではないか。


 ど、どうすべきだ?いくら世話になっているとはいえ、背後を取られるのは非常に宜しくない事態だ。

 ほふく前進をして、そっとあの天国へと潜ろう。


 ‥‥‥。


 ギャ!尻尾を触られた!


 気配を消してほふく前進をしていたのに…そうか、魔の力がないこの世界では、気配を消す事すらままならないのか…。


 思わず振り向いて…俺は硬直してしまった。

 おとうさんと呼ばれる雄の獣がこちらを見ていたのだ。


 距離を取り、ジーっと見つめ合う事、数呼吸分。


 ぽんぽんと雄の獣が己の膝を叩いた。


 これは!

 あぁ、あらがえない。

 

 俺の足が勝手に雄の獣に向かって動き出す。


 これが…雄の、おとうさんの力…なの…か!?

 こんな強力な力を隠し持っていたとは…!


 雄の獣の傍、ギリギリまで歩いて行って見上げれば、ひょいと抱えあげられる。

 俺は恐ろしくなって、また、ぎゅっと目を閉じた。


 ‥‥‥。


 あれ?…ここは…雄の、おとうさんの膝の上?

 膝の上で、あの分厚い布がふんわりと俺を包み込んで…


 §


「ちょ、お母さん!お父さんがズルい!」


「あらあらまぁまぁ、あんなに動物嫌いだとか何とか言ってたのにねぇ…」


「ちゃっかり茶団子たんの事、手懐けてるじゃん!」


「お父さんも茶団子も…よく眠ってるわ」


「茶団子の初おコタツ抱っこ、お父さんに盗られた~」


 §


 おとうさんの膝の上で、とんでもない眠気に襲われ、俺は完全に動けなくなってしまった。

 

 うつらうつらする意識の中で、ヒソヒソ声が…みさきとおかあさんの話声が聞こえる。

 

 何を言っているのかは皆目見当がつかないが…聖遺物を捜す旅に出るのは…もう少し後にしても…良いかも…しれ…な…い…

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