黒髪の美女が美味そうに担々麺を食べる話。
「くっ、このコク! 見た目は、よくある担々麺なんだけど、美味さが想定を超えてきたわ」
私は着丼した黄土色のスープを一口すすり、思わず感想を漏らした。
白ゴマをすり潰した風味とコクのあるスープはそれだけで旨味の塊。
ごくりと飲み込むと、すりゴマの深く濃厚な香りが鼻腔をくすぐって食欲を刺激してくる。
もう少し麺とスープだけで楽しみたかったのに、うっかりホウレン草も一緒に箸で挟んでしまう。
あえて挟み直すまでもないかとそのまま口に運ぶと、濃厚でコクのあるスープにホウレン草のさっぱりとしたほのかな甘味と歯ごたえが混ざり合い、極上のコラボレーションになった。
「これは引き返せないやつだわ」
後でゆっくり食べようと思っていたホウレン草にスープをたっぷりつけて食べる。
担々麺にしては比較的辛めでアクセントに酸味があるスープ。
辛めの濃いめが好きな私の好みにドストレートであった。
◇
私は今日、茨城のゴルフ場に来ている。
副社長の秘書である私は、ラウンドをせずにただクラブハウスで待っているのだけど、せめて昼食くらいはゴルフ場のレストランではなく自分が好きな物を食べたいと思った。
そこで会社の車を借りてゴルフ場を抜け出し、ここへ来る途中に見掛けたラーメン屋さんにやって来たのだ。
前回このお店を見掛けたときは、駐車場がいっぱいでお客さんが多かった気がするが、今日は平日の13時過ぎというせいか、駐車場にも空きがありすんなり店に入れた。
私はこのお店で一番人気と券売機に記載された担々麺を注文し、いつもの様に愛用の黒いゴムで髪を縛ると、黙って座ってラーメンの到着を待っていた。
担々麺には白ゴマベースが多いけど、勝浦タンタンメンみたいにゴマなんか関係ないバージョンも存在する。
着丼するまでの妄想タイムを存分に楽しみながら、周りの人にその妄想を悟られないように無表情を装う。
実は初めてのラーメン屋さんに入る場合、私なりの流儀というヤツがある。
まず、そのお店のオススメを注文するのだ。
やれ俺は醤油派だ、私は味噌ラーメンが好きよ、などラーメンは各人で好みがあると思うけど、それは良く知るラーメン屋さんで楽しんだらいいと思う。
初めて入るお店だとそのお店で一番美味いラーメンが何味なのかなんて分かる訳がない。
グルメサイトで事前に確認したとしても、自分の舌との違いを感じるなんてよくある話。
そういう訳で、この店では一番人気と書かれた担々麺を頼んだ。
担々麺って自分の好みとは違う味なのだけど、初めてのお店ではやはりそのお店が一番自信を持っている味を堪能したいと思う。
店員が後ろからやって来て妄想の時間が終わり、白ゴマペーストとラーメンダレが混ざり合う黄土色のスープで満たされた担々麺が着丼した。
まず、麵をすする。
麺は普通の中華縮れ麺。
太麺好きの私からすれば、細くすら感じるが細麺というほどでもないか。
この麺が白ゴマの旨辛スープによく合う。
麺はラーメンの美味しさを大きく左右するため、こだわるお店も多いけど奇をてらえばいいというものではない。
このスープにはこの麺というベストマッチがあるのだけど、まさしくこの担々麺にはこの麺である。
そして、旨辛スープをレンゲで味わう。
美味い……、美味すぎるわ。
ラー油がまあまあ利いていて、少し辛めなのが白ゴマ濃厚スープに合うのだ。
そしてこれらを絶妙に引き締めるアクセント、キリッと主張するのが酢による酸味。
これだけの主張の強い味たちに、ボカされることなく切り込んでくる小さく鋭い酸味がいい。
主張が強すぎると全体をぶち壊してしまう酸味の強さが、ラーメンスープに絶妙な加減で加わっている。
一通りスープを味わってから、担々麺に付き物の底に沈んだあいつを探す。
そう、担々麺にはチャーシューの代わりにひき肉を入れているお店が多く、このお店もご多分に漏れずひき肉なのだ。
このひき肉がスープとの相性が良すぎて悶絶ものだった。
ただちょっと罪悪感を覚える。
ひき肉を食べるためにスープも飲んでしまうからだ。
これだけの濃厚スープだ。
塩分だけでなくあれこれそれなりに入っているんだろう。
私はひき肉だけを上手に掬い取る、穴の開いたレンゲを探した。
でも無かった。
よく担々麺には付属する穴の開いたレンゲが無いのだ。
スープの旨味が染みたひき肉だけを食べたいのに、穴の無い普通のレンゲしか存在しないのだ。
もしかしたら、要求するお客へは対応が可能で、頼めばもらえるのかもしれない。
陰キャで小心の私は、そんなレンゲがあるか聞くことも出来ず少しの間、悩んだが……。
「くっ、し、仕方ないわね」
無いのだから仕方がない。
これは私が悪い訳では無いのだ。
罪悪感にさいなまれつつも、そう自分に言い聞かせてレンゲでスープとひき肉を一緒に掬って食べた。
何のことはない。
そんなに体を気遣うならひき肉を諦めて、スープを飲まなければいいのだ。
でも、白ゴマスープに浸ったひき肉は美味かった。
素晴らしく美味かった。
たぶんこの状態で食べるのが、一番ベストな食べ方なんだろうな。
きっとこの店は、自慢のスープでひたひたの状態のひき肉をお客に食べてもらいたいがために、ワザと穴の開いたレンゲを出していないんだろう。
そう勝手に思いながら夢中になってレンゲを使い、スープとひき肉を攫い続けた。
そして……
「……恐るべし!」
結局、どんぶりの底が見えるまでスープを飲まされてしまった……。
くっ、帰ってきたどんぶりを見た店主のほくそ笑む姿が目に浮かぶ……。
私は勝手な妄想をさく裂させながら、このお店は再訪確定とスマホにメモを残す。
濃厚スープを堪能した喉に冷たい水を流し込んでからお店を後にした。
遅めの昼食を終えた私は、この後ワガママな副社長と専属運転手をゴルフ場まで迎えに行き、グループ会社が建設を進めるアウトレットの視察をアテンドしなくてはならない。
ラーメン屋さんの雰囲気が名残惜しいけど、この後の仕事も補充したラーメンパワーで乗り切るとしますか。
私はラーメン用のヘアスタイルから黒の髪ゴムを外すと、長い黒髪を整えて黒塗りのセダンに乗る。
ラーメン屋さんが立ち並ぶ国道を高級車で走りながら、次にゴルフの付き添いで茨城に来るなら、どの店にチャレンジしようかと胸を弾ませた。
了
※需要があるのかさっぱり不明なので短編です。
※落ちが無いって? いいんです、美味しいラーメンを食べたときのその感動を世に伝えるために記した話なんですから。
※ラーメンに対する下げ感想をいただいた場合は、筆者の判断で感想を削除するかもしれません。