無口クールで『人形姫』と呼ばれているシーラさんが淡々とデレてきます〜不器用なだけで甘えたがりな彼女は愛に飢えている〜
夏休み明けの浮かれた空気は彼女が教室に入ってきた瞬間に一変した。
「佐藤プリシラといいます。シーラ、と呼んでください」
彼女は玲瓏たる澄んだ声で淡々と自己紹介を終えて頭を下げた。
プラチナブロンドのロングヘアがサラリと揺れる。
クラスの誰もが、意識を奪われたようにポカンと彼女を見つめていた──まるで絵画の中から飛び出してきたような、その現実離れした美しさを受け止めきれずに。
深い海のように蒼い瞳。
色素の薄い透き通るような肌。
スラリと伸びた手足。
どこをとっても普通な部分が無い──紛うことなき美少女。
嫉妬なんてするのも恐れ多いような圧倒的な美貌。
校庭の向日葵も太陽を無視して、彼女の方を向いて咲きかねない。
──本当に同じ高校生か……?
平々凡々な小市民の俺も例に漏れず、口をあんぐりと開けて彼女を見ていた。
というより自然と視線が彼女に吸い寄せられていた。
「それじゃ、佐藤。席についてくれ」
「はい」
スッと音もたてずに歩く姿は精緻な人形のようだ。
そんな彼女が座ったのは──俺の隣の席だった。
「……?」
わずかに怪訝そうな表情を作って首を傾げる彼女と目が合った──合ってしまった。
やべ、ガン見し過ぎた。
見惚れてた、なんて言えるはずもない。
さて……どうしよう……。
「あ、あの……樋口景って言います。よろしく、佐藤さん」
……辻褄合わせ、、誤魔化すような自己紹介。
肝心のケイの部分が上ずってケヒに聞こえるような──小市民っぷりを遺憾なく発揮してしまった自己紹介。
そんな無様な俺の自己紹介を聞いても笑み一つ浮かべなかった。
代わりにわずかに眉根を下げて──隣にいる俺じゃなければ分からないであろうほど小さな声で、
「シーラ……と」
と呟いた。
「え?」
「いえ、何でもありません。よろしくお願いします、ケイ」
「あ、うん」
聞こえないフリをしたが、耳聡い俺は聞き逃さなかった。
彼女は、シーラさんは愛称で呼んでほしかったのかもしれない。
見た目こそ浮世離れして美しいシーラさんも俺と同じ高校生だ。
年相応な一面を垣間見て、意外と上手くやっていけるんじゃないかと思い始めていた──分不相応にも。
★ ☆ ★
「なあ、『人形姫』にサッカー部の綾乃先輩が告白してフラれたらしいぞ」
「マジで? 綾乃先輩でもダメなのかよ。理想高過ぎね?」
「いや、むしろ誰とも付き合う気とかないんじゃないの?」
「あーそうかも。なんか佐藤さんってクールな感じだし」
放課後の下世話な噂話。
もうちょっと声量下げろよな、こっちにまで聞こえてるっつーの。
チラリと隣のシーラさんを見る。
噂の当人──無口クール、それにとびきりの美貌、あまりに近づき難い彼女を誰が言い始めたのか『人形姫』──は精緻な顔をピクリとも動かさずに本を読んでいる。
転校してきた初日、それはもうえらい騒ぎだった。
クラス学年問わず大量の生徒が押しかけて、彼女とお近づきになろうとしたのだが……肝心のシーラさんは、
「ええ」
「そう」
と素っ気ない態度を取るばかりで不埒な考えで近づく輩をことごとく撃退した。
その一見冷たく見える態度は、異性ばかりでなく同性にも向けられたため……次第に彼女は──佐藤さんは一人でいるのが好きな人なんだ、という共通認識を与えることになった。
その結果、下界に気まぐれで舞い降りた殿上人のような扱いをされることになったのだ。
──しかし、外見だけで判断されるのって大変だよなぁ……
日直の日誌を機械的に書きながらボーっと考える。
俺はシーラさんのことを、彼女の内面を知ろうと努力している。
それは転校初日のちょっとしたやり取りがキッカケになったのだが、そのことが無かったら俺も同じようにシーラさんのことを近づき難い人だ、と思っていただろう。
「シーラさん、何読んでんの?」
「……『猿でも出来る会話術』です」
でも実際の姿は、ほら。
ちょっと──いやかなり不器用なだけの普通の少女なのだ。
「この本には会話を繋げたければ共通の話題を探せと書いてありました」
「定番だな」
「はい、ですのでケイの好きなものを教えてください」
ジーっと見つめられると未だにドキっとしてしまう。
それでもシーラさんが俺と──例え実験台であろうとも話そうとしてくれているのは嬉しいことだ。
ここは紳士に答えなくては。
「そうだな……漫画とか、ゲームとか?」
「他には」
「えと……コーヒーとか……エナドリとか」
「他には」
「えっと……パスタ、とか?」
「パスタ、私も好きです」
──まるで尋問だな。
心の中で苦笑しつつ、次に繋げる言葉を探そうとしているシーラさんを見守ることにした。
「……困りました、会話が続きません」
「いやいや、何かあるでしょ! 好きなパスタの種類とか、味付けとか! 話の続け方が!」
「ここにはパスタの話題の広げ方は書いていなかったもので」
「だろうね……」
そこまで丁寧に解説してる本があれば俺も買うわ。
知ってはいるが、シーラさんは相当に不器用らしい。
「他には何か書いてないのか? その本」
「異性と話す場合は適度に弱みを見せるといい──と書いてありますね」
「それ本当に会話の本?」
俺のツッコミを意に介さない様子で、シーラさんはわずかに首を傾げる。
多分手に持っている本に書いてある通りに自分の弱みを見つけて伝えようと思案しているのだろう。
顔色一つ変えずにやっているのだからどうにも滑稽に映ってしまう。
数秒間の沈黙。
そしてシーラさんは思いついたように口を開いた。
「私今機嫌が悪いんです」
「そ、そうなんだ」
「ですので頭を撫でてもらえませんか?」
「どうしてそうなった!?」
本当にどうしてそうなった。
頭を撫でる? 俺が? シーラさんの?
俺は役得だからいいとして……シーラさんはいいのか?
「早くしてください」
急かすように淡々と。
幸いクラスの連中はもう皆帰って教室には俺とシーラさんの二人しかいない。
今なら誰にも見られることはないとはいえ……恥ずかしいものは恥ずかしい。
ジーーーーーッ
うぅ……そんなに見つめないでくれ、心臓に悪い。
えぇい! 分かったよ、やるよ、やればいいんだろ!
なかばヤケクソになって俺はシーラさんの頭に手を伸ばした。
シーラさんがそっと目を瞑る。
……まつげながっ!
ってそんなこと思ってる場合じゃなくて。
震える手を何とか伸ばして、ポンとプラチナブロンドの髪の上に置く。
そして言われた通りにサラッサラの髪を撫でると、ほのかに暖かくて甘い香りが鼻腔に届いた。
何という魔性……手が勝手に動いてしまう。
相変わらずシーラさんは無表情で更に目を瞑っているためどう感じているのかを窺い知ることはできないが、拒絶されていないということは最低限俺に心を許してくれているということなのだろう。
やばい、手が止まらない。
わしゃわしゃと少し強く撫でると髪の毛が手に吸い付いてきて、俺の気分を妙に昂らせてくる。
──いかん、そろそろ止めないと。
正気に戻ってパッと手を離すと、シーラさんはゆっくりと目を開いた。
そして再びジッと俺の方を見つめてきて、唇を小さく動かした。
俺には読唇術のスキルはないが、見間違いでなければシーラさんは、
──もっと。
と呟いていた……気がする。
いや……さすがにそれはないか。
魔性に絆されて見た俺の幻覚だろう。
★ ☆ ★
日誌を職員室に提出すれば日直の役割はおしまい。
さっさと帰ろうと荷物を取りに教室に戻るとポツンと一人、シーラさん。
相変わらずの無表情で本をペラペラとめくっていた。
「シーラさん。そういやなんで今日は残ってるの?」
荷物を片付けながらシーラさんに尋ねてみた。
俺の知る限りシーラさんはいつもホームルームが終わると真っ先に帰っていたはずだ──ひとりで。
「ケイと帰りたいからです」
「……!?」
これまた全く予想外の答え。
ああそうか、これもきっと本に書いてあったのだろう。
それを手近な相手である俺で試そうとしていたに違いない。
答えに窮した俺を見たシーラさんは、体を傾けて俺の顔を覗き込んできた。
「……迷惑でしたか?」
「いや、全然。むしろ嬉しい」
「そうですか……嬉しいのですね」
「ああ、めちゃくちゃ嬉しい」
これは本音、嬉しくないはずがない。
俺が素直に答えると、シーラさんはわずかに微笑んだ──ような気がした。
「でしたら帰りましょう」
「ていうか……わざわざ待ってくれてたの?」
「はい」
「それも読んでる本に書いてあった感じ?」
「いいえ、私の意思です。読書はただの暇つぶしです」
「あ、そうだったんだ……」
……どういうことだろう。
てっきりまた本に書いてあることを実践しようとしているものだと思っていたのに。
俺を待っていたのがシーラさんの意思?
確かに俺はシーラさんとそれなりに親しくしている──つもりだ。
それでも今まで一緒に下校したことは一度もない。
誘ってきてくれたのは今日が初めてだった。
突然の出来事に戸惑いながらも、俺たちは二人並んで教室を出て昇降口を通って学校を後にした。
「見ろよあれ」
「佐藤さんと……誰あれ?」
「……さぁ?」
視線が痛い。
ただでさえ目立つシーラさんの隣に変な虫がついているのだ。
完璧な存在の隣だからこそ異物である俺がより際立って見えてしまう。
無数の視線に晒された俺は気を紛らわすために、隣を歩くシーラさんに何とか話を振ろうと試みた。
「そういえばさ、シーラさんは何で俺を待ってくれてたの?」
「ケイと帰りたかったからです」
「それはさっき聞いたけど……何で今日になって突然?」
「チャンスだと……思ったからです……一緒に帰れる」
チャンス……?
確かに日直の仕事でいつも一緒に帰っている連中に置いていかれてしまったけど。
それがシーラさんにとって、「チャンス」ということなのだろうか。
要領を得ない俺にシーラさんが少しムッとしたようにわずかに頬を膨らませた。
「鈍い人ですね」
「……?」
「この際ですからハッキリ言っておきます。いい加減付き合ってもらえませんか? そろそろ我慢の限界なのですが」
「……え?」
付き合うって言うのはどこに……? なわけないよな。
「えと……それはつまり男女のお付き合いってこと?」
「それ以外にありますか?」
ピシャリと俺の言葉に被せるように答えるシーラさん。
……え?
それってつまり……?
「あれだけアピールしてもまだ気づいてくれないんですか? ここまで鈍いとは思いませんでした」
あ、これガチだ。
もしかしなくても俺……シーラさんに告白されてるんだ。
じゃあ……頭を撫でてと言ってきたのも、放課後わざわざ待っていてくれていたのも俺のことが好きだったから……ってこと!?
「てっきり誰でもいいのかと……」
「全く……あなただから、こんな不器用な私を見捨てずに構ってくれるケイだからこそしていたんですよ」
「ごめんなさい……」
「それで……どうなんですか? ケイは私のことをどう思っているんですか?」
──そんなの……
「俺もシーラさんが、好き……です」
──決まってる。
完璧に見えるけど、実はとんでもなく不器用なところ。
実は結構甘えたがりなところ。
他の皆が知らない一面を知る度に思いは募っていった。
でも叶うはずないないだろうな──と憧れに近い恋心。
ずっと秘めてるはずだった想い。
まさかシーラさんも同じ気持ちだなんて……思わなかった。
「そうですか。ではよろしくお願いします」
ペコリ、と小さく頭を下げた。
──こんな時でもこの調子なのか……。
ブレないな、と思った。
「……!?」
だがしかし、次の瞬間、頭を上げたシーラさんの顔には小さくだけど確かに、柔らかな微笑みが咲き綻んでいた。
そんな顔できるなんて聞いてない……。
「それでは、ケイ」
シーラさんはそう言って、スッと細く伸びやかで新雪のように真っ白な腕を伸ばしてきた。
「ケイと手を繋ぎたくて仕方ないのです。ダメですか?」
シーラさんは淡々とデレてくる。
表情に出ないだけでやはりシーラさんは甘えたがりらしい。
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