初恋は実らなかったけれど、優しい旦那様を見つけたので今はとても幸せです
感想が嬉しくて嬉しくて、つい調子に乗って書いてしまいました。
"初恋" を好きだと言って下さった方々に捧げる短編です。
ありがとう╰(*´︶`*)╯♡ございます
2度も好きな人に振られ、心が瀕死状態の時に出会ったのが彼、ルーフィスだった。
エスコートする人物が父であっても、夜会に1人でいても彼だけは言及しなかったし、過去に幼馴染みと婚約の白紙になった事を話しても、大変だったね? と優しく慰めるだけで、誰が良い悪いとは言わなかった。
それが、フィーナには心地良く、会えばついつい甘える様に傍にいさせて貰っていた。
ただ、傍にいるだけで傷付いた心が癒される様だったのだ。
フィーナは結婚に望みなどなく、修道院に行くつもりでいた。
だけど、傷が癒されたと気付いた時には、新しい恋に落ちていたのであった。
――そして。
侯爵であるルーフィス=ハウルサイドと結婚し、フィーナは侯爵夫人となった。
とは言え、ルーフィスは10も離れた弟に爵位を譲り、自分は早々と田舎に引っ込みたいと言っているから、その内に侯爵夫人でなくなるかもしれない。
ルーフィスの両親も弟も猛反対しているけど。
やっと結婚したと思ったら、今度は隠居。親を差し置いて先に隠居をするなどあり得ないと嘆いている。
なので、息子が溺愛し義理の娘になったフィーナに、ルーフィスを説得する様に言ってくるのだが、フィーナも侯爵夫人の座に興味はないためルーフィスに任せていた。
田舎暮らしも良いですね? と。
ルーフィスはそんな風に言ってくれるフィーナを、ますます愛していたのであった。
――しかし。
平穏があれば、必ず不穏もやってくる。
フィーナは結婚し、数ヶ月後――。
ルーフィスの愛情に初めて疑問を感じ始めていた。
何を? と言われても困る。
ルーフィス様は、結婚前も結婚後も変わらず優しくて温かい。むしろ、結婚した後の方が優しいと思う。
使用人達も優しいし、義理の父母や弟とも、良い関係だと感じでいる。
だが、フィーナはルーフィスが分からない。
身内だけの小さな結婚式が終わり、フィーナは幸せいっぱいだった。
新居は侯爵家の別邸で、本邸の近くだった。
義理の両親とは仲良くしてもらっている。だから、近くても全く問題はない。
本邸での披露宴も終わり、ルーフィスと2人で新居に入った。
――その日。
フィーナは結婚後、初めての夜である。
湯で身体を綺麗にし、フィーナにしてはかなり頑張った夜着を着て、ものすごく緊張して寝室で待っていた。
「今日は妖精の様に綺麗だったよ」
寝室に来たルーフィスは、ベッドで待つフィーナに口に、蕩ける様なキスを降らせた。
フィーナもいよいよだと、目を瞑りルーフィスを待っていると
「キミも今日は疲れただろう? ゆっくり寝るといい」
とフィーナの瞼に優しいキスを1つ落として寝てしまった。
身構えていたフィーナは肩透かしの様な、複雑な気分だった。正直、内心はええぇぇっ!? と叫んでいた。
新婚の初夜である。何もない方がおかしい。
だが、フィーナも初めての経験である。何が正解で何が不正解かなど分からない。自分が当たり前と思っていた営みも、ない事もあるのだろう。
結婚式で疲れた自分を気遣って、何もしないでくれたのだろうと……思う事にした。
しかし、次の日も次の日も、そのまた次の日にもフィーナにとっての初夜はこなかった。
今も良くも悪くも、清い身体のままである。
さすがのフィーナもおかしいと思い始めた。
結婚したら冷めるタイプなのだろうか? とも思ったのだが、変わらず優しいし浮気している気配は微塵もない。
自分がまだ幼く色気が足りずに、そういう気にならないのかとも考え、さらに頑張った夜着も着てみたが、風邪を引くと良くないとガウンを着せられた。
私はそんなに魅力のない女だったのだろうか?
彼にとって、結婚は終点で先はないのだろうか?
フィーナはキス以外、何もしてこない旦那様に困惑していた。
「どうなさいましたか?」
ルーフィスが仕事に出掛けた後、自室で寛いでいると、紅茶を淹れてくれた侍女頭が心配そうに声を掛けてきた。
「え?」
「溜め息を吐いておりましたよ?」
「あ、ゴメンなさい」
無意識に溜め息を吐いていたらしい。
「最近、食欲もありませんし……あっ! まさか!?」
「え?」
侍女頭が何かに気付いた様子で、ハッとしていた。
フィーナはまさか、ルーフィスと何もない事に気付かれたのかと、内心オロオロとしていた。
だが、侍女頭は盛大に勘違いした様だった。
「お医者様をお呼び致し――」
「え!? 待って!!」
「でも、診断なされた方が――」
「違うの! 違うのよ!!」
妊娠したと誤解した侍女頭が、主治医を呼ぼうとしたのでフィーナは慌てて引き止めた。
妊娠どころか、赤子が出来る様な事をしていないのだ。出来る訳がない。
「ルーフィス様を絞めましょう」
「ふぇ? や、やめて下さい!!」
侍女頭に詰め寄られて事情を話したところ、侍女頭はポキポキと指を鳴らして部屋から出て行こうとした。
侍女頭も初夜の翌朝、寝具の使用具合からも薄々感じてはいたが、まさか「何もしなかったのですか?」とルーフィスやフィーナに問う訳にもいかず黙っていた。だが、やはり疑念は事実だった様だ。
フィーナは、青筋を立てて部屋から出て行く侍女頭を慌てて止めた。何をするつもりか分からないが、良くない事が起きそうだ。
「しかし、蔑ろにされて黙っているのは――」
「じ、事情がお有りなのかもしれませんし」
「一体どんな御事情が?」
フィーナはルーフィスを庇うつもりが、逆に問われる事になってしまった。
「い、色気が足りないのでは?」
「足りております」
「み、魅力が――」
「なければ、結婚など致しません」
「飽きられ――」
「結婚したその日に? だとしたら、ルーフィス様の御人格を疑います」
「……」
フィーナがずっと不安に思っていた事を問えば、瞬時に応えられ切られた。
不安を疑問として口にしたつもりなのだが、気付けばルーフィスを擁護していた様である。
「フィーナ様に落度などありません。やはり、1度絞めましょう」
「えぇ!? ま、待って!!」
再びボキボキと指を鳴らして部屋から出ようとするから、フィーナは慌てて侍女頭を止めた。
「ふ、夫婦の事なんですもの。話し合ってみるから!!」
「出来ないから、悩まれていたのでしょう?」
「うっ」
図星だったフィーナは、口を噤んだ。
ルーフィスを前にして、何故、私を抱かないのですか? とは言えなかった。そんなにして欲しいのかと言われたら恥ずかしいし、節度がないと思われたくなかったのだ。
「とにかく、フィーナ様は悪くありません。1度私の方から話をしてみると、言う事で宜しいですね?」
「はい」
侍女頭にそう言われ、フィーナは小さく頷いたのであった。
この侍女頭。
名をハンナと言って、御歳57才。
ルーフィス様の赤子の時からいる古参である。
それ故に、ルーフィスも頭が上がらないらしかった。そんな彼女を味方に付けられフィーナは良かったと、今まさに思っていた。
彼女を敵に回したら、この屋敷では生きていけない事だろう。
◇*◇*◇
「帰宅早々、ハンナにコッテリ絞られたよ」
そう言ってルーフィスは、2人の部屋に帰って来た。
どうやら、屋敷の入り口に待ち構えていたハンナに捕まり、説教をされたらしかった。
「ゴメンなさい」
フィーナは申し訳なく思い、出迎えたルーフィスに謝った。
「キミが謝る事は何もないよ。全て私が悪いのだからね」
そう言って、部屋で出迎えたフィーナを優しく抱きしめた。
「あ、あの?」
「ハンナに虐められた私を癒しておくれ」
「は、はい」
侍女頭に夫婦の事を告げ口した様で、フィーナは嫌われてしまったかもと危惧していただけに、抱き締められ驚いていた。
口調も柔らかく優しい。
抱き締めている腕も優しい。
ルーフィスに嫌われていなかったと、改めて実感出来たフィーナは、ルーフィスの腕の中で安堵していた。
「すまなかった」
ルーフィスはフィーナの耳元で囁く様に謝った。
耳朶に響く甘美な声に、フィーナは腰が蕩けそうだった。
床に膝を落とさない様にルーフィスにしがみつく。
「フィーナ。誤解を招いてすまなかった」
「……はい」
「なんだか……気恥ずかしかったんだ」
「え?」
フィーナは余りの理由に、驚き顔を上げた。
気恥ずかしいとは、どういう事なのだろう。
顔を背けているルーフィスは、いつもの無表情ではなく少し耳が赤く染まっていた。
「気恥ずかしい……ですか?」
十代の少年ならいざ知らず、彼はバツイチの大人だ。
いまさらこの人は、何を言っているのだろうと思いつつ、なんだか可愛いとフィーナは小さく笑ってしまった。
「……」
「ルーフィス様?」
余程に恥ずかしいのか、顔を背けたままフィーナを見ようとしない。そんなルーフィスに再び声を掛けると、彼はフィーナの肩に顔を埋めた。
「この歳で、初夜からキミを求めたら……」
「求めたら?」
「まるで、余裕のない子供みたいじゃないか」
「……」
肩に埋まっているので表情は見えない。
だけど、なんだか拗ねているらしい声に、フィーナはキュンとしてしまった。
そんな事を考えているルーフィス様が、無性に可愛くて愛おしい。
「キミの前では余裕のある大人でいたいのだよ」
ルーフィスは顔を上げず、フィーナの耳朶にキスをする。
「んっ。よ、余裕のないルーフィス様も見てみたいですわ」
早鐘を打つ胸を抑えながら、フィーナも背伸びをして負けじとルーフィスの耳朶にキスを仕返した。
「悪い子だね? フィーナ」
今度はルーフィスが頬にキスを落とした。
「悪い子はお嫌いですか?」
フィーナはルーフィスの手を握った。
「悪い子にはお仕置きが必要だね?」
その上目遣いの仕草が可愛くて、ルーフィスはコツンとフィーナの額に自分の額をあてた。
2人の間には5㎝にも満たない距離だけ。
だけど、その小さな距離がもどかしくて愛おしい。
「さて、お仕置きの時間だ」
そう言ってルーフィスはフィーナを軽々と抱き上げると、寝室に向かうのであった。
2人の甘い甘い新婚生活は、今やっと始まるのである。