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第八章 再戦へ




A.F.682/09/01

 マコト・カイは中佐になり、総合戦略研究班班長を拝命した。だが、作戦部作戦課の内部組織という位置づけのため、辞令の公布はなく、発足式も行われることはなかった。

 班員はマコトを入れて4名。いずれも作戦課所属でありマコトの選出によるものだ。彼は報告書や周囲の評価書などを参考に、好戦的思考要素が極力薄い人物を選んでいた。

 彼らは当面、従来からの業務をこなしつつ、研究班の業務を並行して進める事となっていた。個人レベルで言えば、表面上業務が増えただけではあったが、これまでタブー視されていた政略についても研究機会が与えられ、班員たちは精力的に情報を収集していたのであった。


 小さな会議室に班員を集め、マコトが口を開く。

「ご存知の通り、わがアテラスは長年イザナと戦火を交えてきました。その経済面についてジュエン・グエン少尉に調べてもらいましたので、紹介してもらいます。ジュエン少尉、お願いします。」

 ジュエン・グエンは今年士官学校を卒業し、任官したばかりの女性士官である。マコトがジュエン・グエンを名で呼んだことには理由がある。班にはもう一人グエンがいるのだ。クアン・グエン少佐、壮年の男性で副班長に指名されている。彼らの民族出身者は4割ほどがグエン姓なのだそうだ。今一人のメンバーはギータルーリンマウンココ大尉、マコトの2期下である。彼の民族は本来、姓を持たず名のみなのであるが、長い上に他民族には発音が難しい彼の名は、アテラス社会では不便すぎる。そのため、通称ギータ・ココで通している。

 ジュエンは説明を始めた。

「ミズホナ戦役期間における戦費や経済的損失を計算してみました、このような値になります。」

 第1次ミズホナ戦役が勃発したA.F.601からの積み上げグラフがスクリーンに表示される。80年間での合計はアテラス國家予算の20年分に迫る。

「対して、戦争で得た利権、主にマガツヒからの資源産出ですが、」

スクリーンを操作するが、何が変わったのか一目では判らない。

「これだけです。この這いつくばっているブルーのライン。紛争リスクに晒され資本の流入が進まず、なかなか本格的な開発が実施できない状況です。」

 ゼロ付近にある青い線を指すが、ほとんど見えない。

「もちろん、利権だけを争っているのではないのですが、それにしても、経済的に見れば割に合わない戦いと言えるでしょう。」

 班員たちはうなずく。彼らも知らなかった訳ではない。知らない、気付かないことにしていただけである。

「仮にマガツヒの開発が滞りなく進められ、生み出す権益をイザナと折半したと仮定します。すると、こうなります。」

 右上がりに伸びるグリーンの線が表示される。

「更に、防衛費の2割が削減でき、この資本が投資されたと仮定すると」

 先ほどの線が急激に立ち上がりグラフの枠から消える。

「と、こういった具合に、平和になれば経済や社会にとって良いことがありますよ、と、なんだか中等部の授業みたいですね。」

「いや、よくわかったよ。ありがとう。」

 マコトが話を引き取り、続ける。

「アテラスとイザナ、お互い自國のために戦っているはずですが、少なくとも経済面においては、協調した方が遥かに利益が大きいことがわかります。戦争をやり続ける意義というものは、単純な理屈でも簡単にぐらつくものですね。」

「中佐が仰ることはよくわかりますが、我々の職務の方向性としてはどこを目指せば良いのでしょうか。まさか、軍人の我々が『戦争反対』とプラカードを下げてデモ行進をする訳には…」

 クアン・グエンが疑問を呈す。

「いかなくもないと思いますけどね。やっぱり、みんなびっくりするでしょ。そうしたら、話を聴く気にもなるかもしれない。」

「いや、さすがに…」

 マコト以外の3人は苦笑いを返す。

「まあ、冗談ってことにしておいて。イザナとの戦いがアテラスにとって、益になっているかという問いに対しては、なっていない。と言うのが私の考えです。従って、出来るだけ早急にこの戦いを止める、そういう算段を立てたいと思っています。」

「平和運動の題材を提供するわけですか。」

 ココ大尉が質問する。

「そういう活動も含まれるでしょうね。とにかく、戦争を終わらせる。そのためにはどうしたら良いか、聖域なく研究するのが我が班の任務です。」

 そう、戦争を終わらせる。そのために軍人になったのだ。マコトは続ける。

「似たような事を考えている者は、決して少なくないと思います。例えばアテラスの政治家、あるいはイザナの軍人。色々な場所にいる、声を上げない人たちに声を上げさせるために知恵を絞りたいのです。」

 クアンが懸念を表する。

「ですが、反対勢力も当然出て来るでしょうな。右にかぶれた連中は当然として、軍事関連産業、マスコミ、そもそも市民が無条件に賛成とはならないでしょうから。」

「その通りです。無条件には賛成しないというところ、何かしら理由づけが必要になる訳です。」

「和平の理由づけですか。本来であれば考えるまでもなく、平和が尊いのですけどね。」

 ジュエンが神妙な面持ちで呟く。

「ここにいる4人については、その意識は共通していると信じています。ですが、そうでない人もいるのです。」

 4人には共通点があった。実は彼らは皆、身内や親族、最愛の人を戦災で亡くしているのであった。選出の際に意図していた訳ではない、任命した後にそのことが発覚したのである。

 マコトは話を一旦区切り、ココに近年の歴史について話ををするように促した。

 ココは席を立って、1枚の女性の写真をボードに貼った。そして、話を始める。

「これから喋ることは、小官が独自に創出したものではなく、この女性ティアナ・サーン氏の主張が基になっています。ご存知の方も居られるかと思いますが、ネットワークビジョン局の記者だった彼女は、アテラス、イザナの争いを独自の視点で分析しています。で、このサーン氏に我が軍は、非公式ではありますが接触しております。まぁ、その辺りは追々と言うことで。始めましょう。」

 ココは写真を外し、鞄にしまってから話を始めた。

「元は盟友と言っても過言ではなかったアテラスとイザナは、独立の過程において衝突を始めます。イザナはアテラス・イザナ連合での独立を目指し、アテラスは分離独立を目指しました。この差の理由は、フソー星系内にイザナ系企業の利権が数多く存在したことに由来します。その代表格がマガツヒですが、当時はアテラス本星にも多数、イザナ企業所有の権益がありました。これらの利権を維持したいイザナと、自國の領土を盤石にしたいアテラスとが争っている。単純に言えば、これがミズホナ戦役です。」

「元は経済上の衝突なんだから、経済的な落とし所を模索する試みはなかったのですか。」

 ジュエンが質問する。

「無論、ありました。でも、ここで出てくるのがアズリアです。」

 一同がため息をつく、出てしまったという印象だ。

「元々、辺境の連中だったイザナとアテラスが生意気にも独立してしまった。國際関係もあり、しぶしぶ独立は承認せざるを得なかったアズリアですが、両國の経済は影で掌握しようと企みます。そのために有形無形の策略をしかけ、アテラス・イザナ間で話が纏まりかけると邪魔をして、会談の場を潰し続けます。また、アテラス、イザナ両國に膨大な量の軍需、とは一見見えない物資を販売し、大きな利益を上げています。」

「まったく。まさに『漁夫の利』ってやつか。」

 クアンの言葉に一同が肯く。

「また、マガツヒに眠る鉱物資源はアズリア産と競合します。アズリアとしてはアテラス、イザナには永遠に戦い続けて欲しいのです。どちらかが勝ってしまうと巨大な消費市場を失ってしまいますから。間違っても協力なんてされては困るという訳です。」

「しかし、これまでの戦役ではいずれもアズリアが仲介國となっているが」

 クアンが疑問を上げる。

「彼らは狡猾で、片方の戦力が尽きる前に和平の仲介を始めるのです。負けそうになっている方は、渡りに舟とばかりに飛びつきます。すると、圧倒的な軍事力をちらつかせて勝っている方を恫喝するわけです。」

「今次はどうなるのでしょうか。」

 ジュエンの問いにマコトが答える。

「今回、我々はかなりイザナの戦力を消耗させています。そろそろアズリアが動き出すでしょうね。」

「また同じことの繰り返しか…」

 クアンの呻きに今度はココが答える。

「そうですね。これまでの和平合意には、必ず双方の認識違いを引き起こす文脈が混ぜ込まれていました。アズリアの思惑通りに動いてしまうとそうなります。」

 皆、重々しい雰囲気で考え込んでいる。マコトが会議を締める。

「今日はこのくらいにしておきましょうか、通常の業務もあるでしょうし。とりあえず、我々に出来ることを探していくことにしましょう。」

 そう言って、ボードに残った情報に顔を向ける。ひときわ強調された『アズリア』の文字を、睨みつけるマコトだった。



A.F.682/09/04

 18光年離れた惑星イザナでは新部隊が誕生していた。その名は、第41任務艦隊である。

 この面白みのかけらも無い名前の艦隊は、航宙母艦6隻を中核に、軽巡航艦4隻、駆逐艦16隻の編成である。航宙母艦の集中運用による強力な航宙戦力を持つ。また、戦艦など鈍足の艦艇を含まないため、抜群の機動性を保持している。

 司令官は先の作戦で統合艦隊を率いたポール・クラフトマン大将である。敗軍の将を再び、主力艦隊の司令官にすることに異論もあったが、彼が得た戦訓は非常に有益であると判断された。また、ここまで大規模な艦隊を、指揮した経験を有する者はクラフトマン以外になく、航宙戦への理解からも他に適任者がいなかったのである。

 クラフトマン自身としても名誉挽回の好機であり、アテラス艦隊への復讐を果たす機会を得たことは、武人として誇り高いことであった。だが、彼の心中にはある疑問が蟠っていたのである。『次は絶対に勝つ』という必勝の祈念と共に、アテラスとの戦いはイザナにとって利があるのか、そしてこの戦いに義はあるのか。そう、心が訴えかけるのであった。

 彼の艦隊はイザナ周辺宙域で訓練中である。

「艦隊行動訓練、航宙攻撃訓練は予定通り進んでいるか。」

「はい、滞りなく。」

 参謀長グレース・クロフォード中将は短く答える。クラフトマンに生きながらえるよう叱咤した、前参謀長オースティン中将は戦闘中の負傷により今も療養中である。

 後任のクロフォード中将は軍内で最も階級の高い女性だ。自らは砲科の出身だったが、航宙攻撃の将来性に注目し、様々な新戦術や訓練法を考案した。航宙戦の第一人者である。

「情報の方はどうだ。」

 クラフトマンが気になっていたことを尋ねる。

「士官には、我々は主星防衛のための編成であると説明しています。下士官以下にはあえて何も伝えてはおりません。」

「うむ。司令部の者にも釘を挿しておいてくれ。」

 前作戦では、王者の風格を気取り、すべての情報を敵にも提供していた。アテラスは準備を整え、戦略戦術を練り、訓練をして戦に臨んだ。そしてその結果、イザナは惨敗したのである。今回はその轍を踏まない。徹底した管制により、いかなる情報も敵に与えるつもりはない。

「前作戦でアテラスは、全航宙戦力を迎撃に用いて待ち構えていた。結果、我々の翼はもぎ取られてしまった。貴官であったらどう対処したかね。」

 クロフォードは自信を持って答える。

「制宙隊を先に進出させ会敵させます。制宙隊は戦闘しながら自艦隊の方向に敵迎撃隊を誘導。その間、攻撃隊は制宙隊とは異なったコースで敵宙母に肉薄し攻撃を加えます。離着甲板を破損した宙母には航宙機は戻れません。時間をおいて、第2次攻撃隊を全機爆装で送り込みます。」

「なるほど。机上ではうまくいきそうだな。」

「実戦においては、環境要因や各員の技量に依るところが出てきてしまいますので、絶対ということはありません。だからこそ、こうして訓練を繰り返し練度を上げなければ成功は収められないでしょう。ですが、よく訓練された航宙機部隊は幅広い運用に耐えます。運用のやり方は無限です。」

「その通りだな。」

 2人はその後も、訓練風景を見つめていた。


 今作戦には陸上部隊も動員される。指揮官はクリス・ジョーダン少将である。動員兵力は第1師団、第7師団、第13機甲化旅団の計7万人、戦闘装甲車4千輌、各種車輌8千輛…そう、マガツヒ攻略の部隊がそのまま、次作戦にあてがわれたのである。だが、行き先は未だ明らかにされていない。

 彼らは往復の1ヶ月間、船に閉じ込められていた。本星に帰還後に1週間の休暇が与えられたが、再度召集がかかり、また、行き先が秘匿ということで、将兵たちの士気は大きく下がった。

 ジョーダン少将は幹部を集め、叱咤を繰り返し、士気を保つことに努力を傾けなければならなかった。



A.F.682/09/08

 ミコト・カイ中尉はスエツミ内の自分のオフィスに籠り、調査を続けていた。イザナの動きに変化が見られる、いや、正確には変化が異常なほど見られなくなったのだ。1週間ほど前から、軍関連の情報が明らかに管制されている。聞いてもいない情報を垂れ流してくれた、前作戦とはまったく逆の方針のようだ。

 だが、ミコト・カイの情報収集能力は常人の想像を遥かに超える。軍のサーバーに直接攻撃を仕掛けるようなことはせず、軍人の家族、親類と予想される人物のブログやSNSコメント、公共交通機関の混雑状況、映画チケットの販売記録など、あらゆるソースから情報を引き出す。

 サイバー空間における数日間に渡る激戦の後、彼が出した結論は、近日中に敵勢力がアテラス方面に進発する。この部隊には相当数の陸上戦力部隊を含む。であった。

 ミコトは、彼の上司マイキー・シャープ少将に面会を求めた。課長室にノックをして名乗って入る。

「カイ中尉、入ります。」

 部屋には先客がいた。作戦課のスルギ・パク少将と、ミコトの兄、マコト・カイ中佐が部屋のソファに腰掛けていた。

 一瞬驚いて、何をしに来たのか忘れてしまったが、3人に敬礼をする間に思い出し、シャープに告げる。

「報告したい事項があり、伺いました。これをご覧ください。」

 ミコトは、一応部外者がいる状況に気を使い、口頭ではなく先に書類データを手渡す。内容を一瞥したシャープは話をするよう促す。

「はっ、イザナ関連の情報を調査中、軍事行動の徴候と認められる事象を捉えましたので、報告いたします。」

 どうも兄が聴いているとやりづらいが、自分の摑んだ情報を3人に伝えていった。

「結論としては、詳細不明ながらも我が國領域内へ侵入を図っているものと、推察いたします。なお、陸上部隊動員の可能性が高いことから、マガツヒあるいはツクヨミ方面が目標と思われます。」

 3人は長いため息をしながら顔を見合わせる。

「だ、そうだ。さてと、どうしたものやら。」

 シャープが顎に拳を当てて考え込む。

「しかし、懲りない連中だな。少しくらい休養を取ればよいのに。」

 パクも同じ体勢になる。

「我が艦隊もまだ、ほとんどがドックに入っています。動けるのは各機動戦隊くらいですが、統一の指揮系統は持っていないです。バラバラに対処に出ると各個撃破の憂き目に会うことは必定です。」

 マコトは情報端末を操作して、各部隊の状況や所在を確認している。

「あの、」

 ミコトが声を上げる。

「何かね。」

 シャープが尋ねる。

「『確かか!』とか尋ねたりしないのですか。」

 3人が苦笑する。

「我々は無駄な時間が嫌いでね。貴官が『敵が来る』と言うのだ。では、敵は来るのだろう。貴官が『わからない』と言う。では、誰に聞いてもわからんさ。」

 シャープが答えている間に、パクとマコトは荷物をまとめ、席を立つ。

 マコトがシャープに向かい

「状況がそのようになりましたので、課に戻り、対策を検討いたします。では。」

 ミコトの方を向いて

「カイ中尉、引き続き調査を続けて情報の精度、確度、量を上げてもらいたい。よろしく頼む。」

 パクとマコトは足早に部屋を出ていった。

 ミコトは気恥ずかしくも、嬉しかった。


 作戦課に戻ったマコトは自分のデスクで必要な情報を集めていく。課員の会議が1時間後に開催されるとパクから通知が発せられる。マコトは作業を進めながら、考えを巡らせていた。彼はイザナの意図を図りかねていた。

(なぜ、前作戦からのダメージも回復しない今、再侵攻に踏み切るのか。確かにアテラスの戦力も揃っていないが、それにしても…

何者かがイザナとアテラスを傷つけ合わそうとしている。何者かが…)

 1時間は直ぐに経ち、作戦課の課員が会議室に集合する。

 パクは課員が集まったのを確認して会議を始める。

「先ほど、スエツミより敵性勢力来襲の兆候に関する報告を受けた。現段階ではその規模、日時、目標などは不明である。しかし、相当数の陸上戦力が動員されるようだ。従って、我が國の地上施設を含む何処かが目標と考えられる。諸官の意見を聞きたい。」

「やはり、可能性が最も高いのはマガツヒかと思います。前作戦では降下を断念したため、攻略部隊は無傷でそのまま再出撃ができます。他の目標に切り替えた場合は、兵装の変更などの必要がありますが、マガツヒならその必要もありません。」

 課員の意見にパク始め一同肯く、ただひとりマコト・カイを除いて。

「まぁ、それが妥当であろうな。本星への攻撃はさすがに無理だろう。ツクヨミは本星には近すぎて、仮に攻略できたとしても維持ができないだろうな。やはり、マガツヒか。」

 マコトが挙手している。パクが気付き、話すよう促す。

「確かにマガツヒが最も可能性が高いと、小官も考えます。しかし、マガツヒだけではないかもしれません。彼らは焦っています、この状況で再侵攻に及ぶことがその証拠です。早期に戦功をあげるため、占領に時間のかかる地上戦の他にも、目標を設定しているかもしれません。」

「うむ、すると本星やツクヨミも防御を固める必要があるな。戦力が分散してしまう、まずいな。」

 パクは、敵攻撃目標の予想は一旦保留にすると言って、課員の1人、ギータ・ココ大尉に、現有戦力と配置を示すよう指示した。

 現在、マガツヒ方面は哨戒任務の駆逐艦数隻しかいない。本星には先の戦闘に参加しなかった第1戦隊(戦艦部隊)と第4戦隊(重巡部隊)を主力にした第2艦隊を編成中であるが、新造艦が多く、実戦投入には今しばらくの時間と訓練が必要だ。第1艦隊麾下で第3次マガツヒ宙域の戦いに参加した第1機動戦隊(宙母部隊)は、損耗した航宙機と搭乗員を本星で補充し、本星近辺で訓練中である。第2機動戦隊、第3機動戦隊は民間船団の護衛任務からの帰還中であった。

「イザナは前作戦において、参加した戦艦、重巡航艦の全てを失っています。この痛手から回復していない今、戦艦などの打撃部隊を再投入することは困難であると考えられます。とすれば、可能性が高いのは航宙母艦を中核にした機動部隊です。前作戦に参加の4隻は無傷ですし、本星に控えていた2隻も今回は投入してくるかもしれません。」

 ココは更に続ける。

「対する我が軍も、各機動戦隊が一両日中には本星近辺に集結します。この戦力を以って敵侵攻に当たるのが妥当と考えます。」

「わかった。だが、3個機動戦隊を統括する者が必要だな。できれば、基地航宙戦力、陸戦部隊も統括して指揮する存在…となると軍令部総長閣下か参謀総監閣下か…いや、人事については我々が口を挟むことではないな。」

 作戦課の会議はその後も続いた。大枠としては、3個機動戦隊を連携させて敵の侵攻に対処する。マガツヒの陸上戦力は撤収を延期し、敵の降下がある際はこれへの対処を行う。本星、ツクヨミ、マガツヒの各哨戒部隊は哨戒レベルを一段上げて、敵戦力の発見に努めることが確認された。



A.F.682/09/10

 ツクヨミではあいかわらず、艦艇の修理作業が続いている。損傷の軽い艦は徐々に修理を終え、原隊に復帰する艦が出てきている。昨日は、ムツキが、優しく包んでくれていた無骨なツクヨミを離れ、第12駆逐戦隊に合流し哨戒任務に戻った。

久々にムツキの艦橋に戻った司令官ラジ少将は、参謀長タイン准将に確認する。

「ハズキの修理完了は9/30前後だったな。」

「はい、そういう報告です。」

「まだかかるな。まぁ、一度は諦めた艦だ、沈まなかっただけ幸運ではあるが。」

 ハズキは、前作戦で敵の集中砲火を浴び、総員退艦が発令されたが、その後再搭乗して救われた艦である。

「それでもずいぶん早いですよ、あれだけのダメージでしたから。工廠部も我々を最優先に考えてくれているようです。新造艦用の部品も随分と廻してくれているらしいですよ。」

(チナワットのおやじさんが、色々と無理を通してくれているんだろう。)

 口は悪いが愛すべきチナワットを思い浮かべ、感謝する。彼らは心底、船を愛している。

「しかし、『警戒せよ』とだけ言われてもな。いつも無警戒で、フラフラ遊覧航行している訳じゃないんだが。」

「それはそうですね。」

 駆逐艦乗りは慎重でなければ務まらない。戦艦のように、自らが最強クラスに属していれば、自然と気が大きくなる。だが、駆逐艦は超光速航行可能艦の中では最小のクラスである。自分より強力な艦はいくらでもいる。周囲を警戒し、勝てない相手に遭遇したら、即逃げなければ命はないのだ。しかも、汎用艦たる駆逐艦の任務は幅広い。危険な戦場に真っ先に投入される、それが駆逐艦だ。

「今回はスエツミも、詳細は掴めてないんだな。」

「そうですね。でもまぁ、これまでが異常な精度だったのであって、相手の出方は判らないのが通常の戦場なんでしょうが。」

 ラジはタインの言葉に肯く。

「その通りだな。よし、各艦に艦偵を上げさせろ、哨戒範囲を広げる。」

 ラジは艦隊の指揮を取りながら、チナワットと話したことを思い出していた。

(ツクヨミが戦場になる…そんなことあり得ないと思った根拠の方を、既に忘れてしまったな。)


 その頃、ツクヨミでは基地司令ズージェン・ジャオ中将を主管に、各機動戦隊の司令官が集合して各部隊の配置について討議の場が持たれていた。ジャオ以外の参加者は、第1機動戦隊司令ドルゴンスレン・ナラントンガラグ中将、第2機動戦隊司令ジホ・イ中将、第3機動戦隊司令ユジュン・マツナガ中将とその幕僚たちであった。ジャオは4人の中将の中で先任であり、会議を主導する立場にあったが、お世辞にもイニチアティブを取っているとはいえない状況であった。

「敵はマガツヒを狙うだろう、機動部隊はマガツヒ方面に進出すべきだ。」

 イはマガツヒ方面での戦闘を主張する。対してナラントンガラグとマツナガは、ツクヨミ周辺で敵を待ち受ける作戦を主張していた。

「敵がマガツヒを狙うという確固たる根拠がない。ツクヨミに来るかもしれんし、本星かもしれん。」

 2名の反論にイが再反論する。

「だが、マガツヒまではここから5日もかかってしまう。陸戦部隊や航宙隊が耐えられるか怪しいぞ。」

「基地の防衛隊隊長はニール・ウォルシュ中佐か、彼は頼りになる。」

「頼りにはしている。だが、敵の内情がわからんのだ。」

 イが苛立ち始めた。マツナガは折衝案を提示する。

「では、マガツヒまでのおおよそ中間にある、アステロイドベルト(小惑星帯)付近に展開してはどうか。」

「マガツヒまでは3日、本星までは2日から3日か…そのくらいなら耐えられるかもしれんな。」

 イはマツナガの案へ興味を持ったようだが、ナラントンガラグが反論する。

「いや、主星への攻撃は、被害の規模にかかわらず、攻撃された事自体に大きな意味を持ってしまう。主星の防御を薄くはできんだろ。」

 3人は何も発言しないジャオに顔を向ける。視線に気付いたジャオが苦し紛れの発言をする。

「イ中将の第2機動戦隊のみをマガツヒ方面に送り、第1、第3機動戦隊はツクヨミ周辺に留まれば…」

「そんな遠方に戦力を分散させたら、各個撃破の好機を敵に与えるだけではないですか!」

 3人が異口同音に責め立てる。

(話にもならん)

 何処からか誰かからか、そんな言葉が漏れ聞こえる。

 ジャオはますます挙動不審になり、手を弄りまわすばかりであった。


 その後も白熱する会議は妥協点を見出せずにいたが、ようやく状況が改善へと動き出す。副官がジャオに耳打ちをする。訪問者が来たとのことだ。

「諸官。ただいま、第1艦隊司令長官チュン・シャンチー大将閣下が到着されました。大将閣下が統括として全体指揮を執られると言うことです。」

 受け取る側によっては激怒することもあり得た状況であったが、ジャオの心の声は彼の心の中に留まらず、他の者の耳まで音波となって届いてしまったのである。

「助かった。」


 第1艦隊司令長官チュン・シャンチー大将、同参謀長カルロ・アンドラーダ中将、督戦参謀マコト・カイ中佐の3名はツクヨミに到着した。彼らは矢継ぎ早に司令を出し、防衛体制を整えていった。



A.F.682/09/12

 イザナより第41任務艦隊と旧マガツヒ攻略部隊の強襲降陸艦艦隊が秘密裏に進発した。今回は時間差を設けず、同時の進発である。動員される戦力は次の通り


〈第41任務艦隊〉

・航宙母艦   6隻

 ・単座艦上戦闘機CFー32D  432機

 ・複座艦上偵察機RFー12B   36機

・軽巡航艦   4隻

 ・複座艦上偵察機RFー12B   12機

・駆逐艦   16隻


〈旧マガツヒ攻略部隊〉

・強襲降陸艦 70隻

・輸送艦   12隻

 ・兵員     7万人

 ・戦闘装甲車  4千輌

 ・各種車輌   8千輌


 この部隊は統合作戦会議の指揮下に置かれ、名目上は宇宙軍、圏内軍どちらにも属さない部隊とされた。統合作戦会議の権限は実質的に第41任務艦隊司令長官ポール・クラフトマン大将に委任され、クラフトマン大将が両軍の指揮を執ることとなった。

 惨敗を喫した前作戦から、わずか2ヶ月後の大規模出兵であった。


 


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