第三章 共に
フソー星系は7つの惑星を有する。第3惑星は、唯一の可住惑星アテラスであり、約16億人が居住している。
惑星アテラスと惑星イザナの関係は深い。同じミズホナ星団に位置すると言う地理上の理由が第一だが、辺境の惑星都市に過ぎなかった時代から、200年以上の年月を経済的にも政治的にも、協力する明友として過ごした。
また、第2次星間大戦時には超大國アズリアに対し、共に戦い独立を勝ち取った仲でもある。しかし、大戦終結の後、連邦政府としての独立を目指すイザナに対し、分離独立を主張するアテラスの対立が先鋭化した。
当初、両國民とも対話による解決を疑ってはいなかった。しかし、大戦時の作戦行動に対する批判や、経済面での衝突がマスメディアにより必要以上に強調され、両國関係は急速に冷え込んでいった。
悪意と敵意は、テロリズムの発露とその応酬を経て、遂には軍事衝突にまで発展した。衝突は遺恨を生じ、新たな衝突の火種となる。その負のループは留まることを知らない。4次に渡るミズホナ戦役はこうして、その規模と災禍を拡大させていった。
繰り返される戦いに内外の批判は大きかった。が、星間連盟の名の下に行われた、アズリアの専横に辟易し尽くした人類社会は、協力一致した行動を起こそうとはしなかった。
戦後復興に邁進する中で、辺境星域の騒乱に関わってなどいられない。そういった当事者意識の欠如も、問題の長期化に一役買っていただろう。80年にわたる戦火は、2國間に流血と救いようのない怨嗟の感情を蓄積させた。
第4次ミズホナ戦役は、
A.F.663勃発
A.F.667終結
と、歴史の教科書には記載されている。
戦役期に戦闘のない数年が経過したことも、戦間期に熾烈な戦闘が発生したこともあったが、とにかくも和平の合意がなされたことは、喜ばしいことであった。だが、終結からの15年という歳月は、平和と共存の努力に費やされるよりも、敵意を深め、兵器を整備する時間として消費されたのである。
得るものは憎悪のみ、失うものは数知れず。心ある者の嘆きをよそに、5度目の愚行が始まったのであった。
A.F.682/05/20
軍令部ビルは、何の変哲もない機能性一辺倒の建設物である。地上部分には人事局、財務局、装備局などの公の部局が、地下部分には秘匿性が要求される部局に加え、緊急時に地上機能を代替できるよう、大規模なシェルターが建設されている。
作戦部は常に秘匿性が重視される関係上、平時より地下のフロアに本部が置かれている。諜報部隊『スエツミ』は更に下層フロアに本部があり、入室は顔画像・虹彩・静脈の認証に加え身分証・パスワードを要求される徹底ぶりである。スエツミの課員は一人一人個室が与えられ、課員の間ですら情報のやり取りは制限されている。
ミコト・カイは頭の後ろに手を組み椅子に腰掛けている。天井と壁の接している部分に視線を投げて、じっと考えを巡らせていた。
(今回はイザナにこっちの虚偽情報を信じ込ませ、引きずり出しての包囲戦ができたが…さて、嵌められたことに気付いた泥鰌をもう1度料理するにはどうするか…)
「うーん。泥鰌ねぇ…うまいのかな…?」
独り言を呟く。すると、部屋を誰かがノックした。
「はい。どなたでしょうか?」
答えながらドアを開ける。スエツミは士官しか在籍していないので基本的に敬語だ、去年は配属者がいなかったので後輩はいない。
「なんだ、ヴァルバドス中尉か。」
同期のナオミ・ヴァルバドスが立っている。
「カイ中尉、課長がお呼びです。」
お互い、課員の中では唯一敬語である必要のない相手なのだが、会話は固い。特にナオミ・ヴァルバドスの方は、配属時に初めて会ってから敬語で通している。士官学校の頃は面識を得る機会が無かった。
2人で課長の部屋に向かう。
「なんだろうな?何か聞いてる?」
ミコトは尋ねる。
「わたくしには判りかねます。直接、お聞きするのが宜しいかと思います。」
(か、かたい…話しかけてくるなってことか?でも、小官と言わなかっただけマシか…)
さすがにミコトも唖然とする。彼はもともと、それほど人付き合いが得意な方でもないのだが、同期と会話する時に敬語は使わない、くらいのコミュニケーションの使い分けはする。
課長の部屋の前に立ち、ナオミがドアをノックして名乗る。中から入室を促され、2人は名乗りながら部屋に入る。
「ヴァルバドス中尉、入ります。」
「カイ中尉、入ります。」
机の前に並んで立ち、揃って敬礼をする。
課長のマイキー・シャープ少将が睨み付けるような視線で、2人にゆっくりとしたスピードの答礼を返す。狙ってか狙わずにしてこうなのか、やたらと威圧感を相手に与えるタイプだ。ミコトは、はっきり言って苦手だ。
(ナオミ・ヴァルバドスはどうなんだろうか?聞いたら、なんだか怒られそうだな。)
余計なことをミコトは考えている。
独特の間を開けて、シャープが話し始める。
「2人に新たな任務ができたので来てもらった。この人物だが、」
1枚の写真を机の上に置き、2人の前に押し出す。
「失礼します。」
ナオミが写真を手に取り、じっと見つめてからミコトに手渡す。ミコト達と同世代とおぼしき、可愛らしく笑っている女性の姿が写っている。
「どうだ?」
(はい?どうって言われてもどうとも…美人だけど、そんなこと言ったら撃ち殺されそうだし…)
ミコトが答えられずにいると、ナオミが表向き表情を変えずに答える。
「どう、と言われても困りますが、メディアで見たことがある様な気がします。何かの番組で解説をしていた様な…」
シャープがギロリと睨み付ける。そして、また間を開けてから
「その通りだ。彼女はティアナ・サーン、ビジョンネットワーク局の記者だ、表向きはな。」
ナオミとミコトの表情がわずかに変わる。
ナオミが問い返す。
「裏向きがあると言うことですか?」
シャープが情報端末を開け、2人の方にディスプレイを向ける。点滅しているカーソルには『ティアナ・サーン』の文字がある。
「これは、カイ中尉がハッキングに成功したアズリアの内部機密文章だ。主題を書いてくれるほどお人好しではないが、分析班はアズリアが各國に潜入させている諜報員、或いは協力者のリストだと考えている。」
今度はミコトが問い返す。
「彼女を捕縛、と言うことなら保安部ですよね。泳がせて利用する、偽情報の伝書鳩にすると言うことですか?」
シャープがたっぷりと間を開けて答える。
「まぁ、そんなところだが。伝書鳩程度ではつまらん…もっと利用価値を上げたいと考えている訳だ。」
シャープが独特の口調で作戦を2人に伝える。2人の表情が、険しいまま鉱物化していくように見えるのは、口調のせいか作戦の内容のせいか…
最後に、説明した内容について質問がないか尋ねると、ナオミが口を開いた。。
「作戦内容についてではありませんが、なぜ小官らにこの任務が与えられたのでしょうか?適任とも思えませんが。」
「1つにはターゲットと年齢が近いということだ、やはり年齢差が大きいとな…もう1点は時間がある、いや、むしろこの場合は、時間がかかった方が望ましいということだ。それと、貴官らに経験を積ませる、という目的もある。」
腑に落ちた訳でもなさそうだが、ナオミが承知した旨を伝えた後に、シャープが付け加えた。
「尚、本件に関しては指揮をヴァルバドス中尉が執ること。カイ中尉はヴァルバドス中尉の指示に従え、以上だ。」
2人は部屋を出て、オフィスの一角にある談話室に向かう。ナオミの歩調から苛立ちが伝わってくる。
2人が談話室に入るとナオミがドアを勢いよく閉め、そうに見えたが盛大な音を立てる直前でピタっと止め、静かに閉めた。ミコトは騒音に身構えたが空振りに終わった。肩を回し、身体をほぐしながら話しかける。
「なんだかイライラしているね、任務が気に食わない?」
ナオミは勢いよく椅子を引き、腰掛ける。
「任務は、…わたくしは軍人ですから命令には従います。ですが、なぜ、指揮を採るのがカイ中尉でなく、わたしなんですか!」
(あ、『わたし』って言った、よしよし。)
当然そのような心の内は言えず、別の言葉を出す。
「相手が女性だし、ヴァルバドス中尉の方が勤勉だからじゃないかな。当然の配置だと思うけど。」
ナオミは収まらない。
「何を言ってるんですか、カイ中尉ですよ!カイ中尉が、なんで私なんかの指示で勤務しないといけないんですか?」
(なんだ?なんだか、よくわからない事を言っているぞ。)
ミコトは話の趣旨を理解できず、取り敢えずは落ち着かせようと、差し障りのない(と彼は思った)ことを返す。
「同期生だからどっちが先任ってこともないし、士官学校の席次も中尉の方が遥かに上だし…」
ナオミが遮る。
「他の人だったらそう考えます。でも、全星サイバーコンペ完全優勝のカイ中尉は、他の人とは違うんです!軍でも既に、凄い功績を上げているじゃありませんか!」
ミコトは頭が痛くなった。1度の実績は、彼の人生にいつまでも纏わり付くものらしい、当人がそれを望んでいなくとも。
「いや、まあ、それも命令だからさ…取り敢えず、ティアナ・サーンさんとどうしたら仲良くなれるか、相談しましょうよ。」
2人は、彼らが普段発揮する処理能力の、10分の1程にも及ばない遅々としたスピードで、今後の方針を決めていった。
地下で若い男女が、慣れないことについて頭を悩ませていた頃、地上12階の大会議室ではアテナス軍首脳部が集合し、先日の戦闘についての報告、及び今後の作戦方針について会議が開かれていた。
出席者のほとんどは将官以上であったが、マコト・カイ少佐も出席を許された。いや、前作戦はマコトが立案し、詳細にわたり検討・研究をしてきた、主役と言うべきである。
最初に軍令部総長リドル・リー元帥が発言する。
「諸君、知っての通り、我がアテラス國とイザナ共和國はA.F.682/05/11 23時前後 戦闘状態に入った。イザナ軍は我々の仇敵であり、その戦力は強大だ。この難敵に当たるに際し、貴官らの忌憚のない意見を希望する。」
次に促されて、マコトが戦況の説明を行う。
「A.F.682/05/11 22:57 訓練中の第12駆逐戦隊所属 81式複座艦上偵察機が、我が國領域に侵入している、航宙母艦を含む艦隊戦力を発見しました。〜〜〜」
報告された戦果と被害は次の通り
〈戦果〉
・航宙母艦グラナダ 拿捕
・駆逐艦エルトリ、マイカジャ、セントビン 拿捕
・軽巡航艦アバーブーダ、ドルシア 撃沈
・駆逐艦ラダキュア、アンティグア 撃沈
・単座艦上戦闘機CFー32D 6機 奪取(グラナダ拿捕により)
・単座艦上戦闘機CFー32D 9機 撃墜
・単座艦上戦闘機CFー32D 36機 撃破(グラナダ攻撃時の撃破含む)
・複座艦上偵察機RFー12B 6機 撃破(グラナダ攻撃時の撃破含む)
〈被害〉
・駆逐艦ムツキ 中破
・駆逐艦ヤヨイ 大破
・81式複座艦上偵察機 1機 損傷(修理可能)
・79式単座艦上戦闘機 11機 撃墜
・79式単座艦上戦闘機 10機 撃破(廃棄)
・79式単座艦上戦闘機 17機 損傷(修理可能)
戦果や被害について報告されると、事前情報がなかった部隊の出席者からどよめきが上がる。これ程の戦果を上げ、かつ自艦船の損失(撃沈)がないワンサイドゲームは、アテラス軍史上初の快挙であった。だが、真の功労者であるスエツミの話はこの場でも秘匿され、参加者には伝えられない。
マコトが続ける。
「敵勢力の排除に成功し、戦略上勝利を得たと言えます。しかし戦術面においては、航宙攻撃時の被撃墜が突出しており、航宙隊の被害は甚大です。この点については、より詳細な分析・研究が必要であると考えます。〜〜〜」
『ツクヨミの戦い』の戦闘報告が終わったところで、一旦休憩となる。
喋り続けたマコトは冷たい水を欲して、部屋の隅に設置された喫茶エリアに歩いていく。同期の、第3戦隊(重巡部隊)司令部で参謀を務めているレアンドロ・ダミアン大尉が、水を満たしたグラスを手渡してくれた。彼は、急病で倒れた参謀長の代理で出席しているらしい。
「ほれ、飲めよ。」
「あぁ、助かる。…うまい。」
マコトはグラスを受け取ると、一気に飲み干した
レアンドロはサーバーを右手に持ち、空になったグラスにもう一杯注いでくれる。
「すごい戦果じゃないか、さすがだな。」
レアンドロは気持ちの良い男で、寮でもよく語り明かした仲だ。友がいると時が過ぎるのがとても早かった。
「オレは別に何もやってないさ。ツクヨミ航宙隊と第12駆逐戦隊の戦果だよ。第1艦隊麾下で第3戦隊も出たろ。」
「謙遜するなよ、同期の誇り!」
軽く返した後、レアンドロが周囲を見回してから囁く。
「読んでたんだろ、イザナの動きを?あんな時期、あんな場所に第1艦隊を送る意味が誰もわからなかったんだ。」
マコトは答えず、苦笑い気味にグラスを見つめている。今回の作戦では、確かにマコトの作戦に従い、各部隊は広大な包囲陣を完成させた。だが、『読んだ』のではなく『知っていた』のである。が、それはまだ言えない。
「まあ、作戦部は色々と秘匿事項が多いからな。言えないこともたくさんあろうさ。」
この辺りがレアンドロの人柄だ。続けて激励をくれる。
「2部も演説頑張れよ。次に会う時は中佐だろうな、2階級じゃ戦死しても追いつくかわからんな。」
「やめろよ。これからは現場が忙しくなる、生きていたらあっという間に将官さ。」
階級の話は、少し居場所の悪さを感じる。これまでは停戦中だったので、大きな武勲を立てる機会は基本なかった。だが、主席卒業でエリートが集まる作戦部勤務のマコトは、同期に比べ昇進スピードが早い。同期のほとんどはまだ大尉以下だ。能力的にも勤務態度においても、誰かが不満を言うわけでもないのだが、若干気にしてしまうマコトであった。
「じゃ、またな。次あったら飲みに行こう。」
「あぁ、そうだな。」
そう言って、2人はお互いの席に戻った。
第2部 今後の方針と戦略方針について話が始まる。最初に彼我の現有戦力概要について、情報部からの報告である。
〈アテラス國國防軍〉
艦船
・戦艦 2隻(建造中 2隻)
・巡航戦艦 4隻
・重巡航艦 8隻
・軽巡航艦 8隻(建造中 2隻)
・駆逐艦 32隻(建造中 8隻 修理中 5隻)
・航宙母艦 6隻(修理中 1隻)
・フリゲート、コルベット、ピケット(超光速移動能力を持たない戦闘艇) 約350隻
・強襲降陸艦 約90隻
航宙機
・戦闘機 約440機
・偵察哨戒機 約120機
・汎用連絡機 約 80機
圏内戦力
・兵力 約80万人
・戦闘装甲車 約5万輌
・車輌 約14万台
・各種航空機 約1100機
〈イザナ共和國宇宙軍〉
艦船
・戦艦 10隻(建造中 2隻)
・重巡航艦 12隻
・軽巡航艦 14隻
・駆逐艦 42隻(建造中 8隻)
・航宙母艦 6隻
・フリゲート、コルベット、ピケット(超光速移動能力を持たない戦闘艇) 約500隻
航宙機
・戦闘機 約700機
・偵察哨戒機 約120機
・汎用連絡機 約140機
〈イザナ共和國大気圏内軍〉
・強襲降陸艦 約150隻
・兵力 約200万人
・戦闘装甲車 約10万輌
・車輌 約25万台
・各種航空機 約2000機
数字が次々に表示され、場内からはため息が漏れ聞こえる。
「我が軍は戦力の増強に努めてまいりましたが、このようにほとんど全ての戦力において劣位に置かれています。特に、圏内兵力についてはおよそ2倍と、大きく水を開けられている状況です。」
手元の端末を見ながら、マコトは心の中で毒づく。
(これだけの装備・人員・費用をかけて殺し合っている、どれだけバカバカしいのだ。)
軍人であり、エリートと呼ばれる立場にありながら、マコトは考えずにはいられない。だが、この道を歩くと決めたのだ、やめるわけにはいかない。
「更に、生産力面においては、主要経済誌による試算平均でイザナ共和國100に対しアテラスは73と言う数値になります。この前提を元に、作戦を立案する必要があります。」
情報部は言うだけ言って、自席に戻っていった。情報提供が彼らの仕事であり、落ち度はまるで無い。だが、たいていの者には若干の反感を抱かせる光景である。
続いて、作戦部が指名され再度マコト・カイが登壇する。
「情報部から報告があったように、兵力の観点から当方が劣勢なのは明らかです。しかし、イザナ側としても、我がアテラス本星を占領・支配するには兵力が不足しており、直接本星に攻撃を仕掛ける可能性は低いと考えられます。そこで、彼らの目標を予想するにまず上がるのが、第7惑星クラミツハの第2衛星マガツヒです。〜〜〜」
アテラスが属するフソー星系の最外縁、第7惑星クラミツハが従える3つの衛星の内、第2衛星マガツヒには膨大な量のレアメタルが埋蔵されている。アテラス、イザナ両國はこの資源を巡り、領有権を主張し争いを続けているのである。
両惑星がアズリアの支配下にいた時代、この衛星はイザナ系複合企業体の所有となっていた。当時、資源の存在は明らかになっておらず、またその可能性は低いと考えられていたため、開発も調査も行われずにいた。
第2次ミズホナ戦役の際、マガツヒはイザナの占領を受ける。この時にレアメタルの鉱脈が発見されたのである。
アテラスは、『フソー星系内衛星の領有に疑義を挟む余地はない。』と主張し、イザナは『所有権を有しているのも鉱脈を発見したのもイザナだ、アテラスが不法占拠していたのだ。』と主張している。
マガツヒは第4次戦役でアテラスに奪還された。イザナがこの衛星を狙い行動することは、非常に可能性の高いことに思われた。
現在、主力戦力の第1艦隊がマガツヒ宙域の警戒・監視を行なっている。この方面の警戒を更に厳重にすること、首都の防備体制などを確認して、その日の会議は終了した。
その頃、18光年離れた惑星でも、1人称と2人称とを入れ替えた形で、話し合いの場が設けられていた。
イザナ共和國軍参謀本部 本部長のペリル・ローソン元帥が最初に口を開く。
「第21任務部隊は全ての艦艇と航宙戦力を失ってしまった。この損害はもちろん痛手だが、それよりも、宣戦布告前に事実上の戦争状態に入ってしまったことが問題だ。アテラスからの批判は良いとして、世論は政府と軍部への批判で沸騰している。むろん、政府の奴らも軍に怒りを向けている。」
本来の計画では、航宙攻撃と同時に宣戦布告する予定であった。
(奇襲などと賢しげで卑劣な手を使おうとするからだ、『策士、策に溺れる』とはこのことではないか!)
出席者の誰もがそう思っていたが、口には出さず、表情も変えずに黙っている。1人嬉々として発言を始めた男がいる。統合艦隊司令長官ポール・クラフトマン大将、自他共に認める主戦派だ。大柄でいかにもな風貌である。
「そのようなことは大した問題ではありません。これまでの戦役でも、宣戦布告は戦闘開始後に為されています。とにかく戦いに勝てば良いのです。」
肯く者もいれば首を振っている者もいる。若干、白けた空気が流れた場を再びローソンが引き取る。
「まあ、済んだことは悔やんでも仕方がない、分析は必要だがな。一旦戦端が開かれたからには、戦いに勝たなければならない事も事実だ。作戦参謀、始めてくれ。」
イザナ側は部隊が全滅したため、戦況の何割かは、傍受した通信やアテラスの発表から、想像せざるを得ない。だが、グラナダらが捕捉された状況を分析するに、1つの懸念が浮かんできた。
「アテラスは我々の動きを掴んでいたということか?」
クラフトマンが問いかける。
「敵の第1艦隊は訓練の名目で惑星アテラスを05/05に抜錨し、その後の動きは不明です。05/14にフソー星系外縁に現れているので、この宙域に居た可能性が高いのです。」
作戦参謀は3Dディスプレイを操作しながら、列席者の顔を見回す。質問や発言はない、話を続ける。
「この宙域は浮遊デブリの密度が高く、これだけの大部隊の訓練には適さないのです。また、訓練を1日か2日で切り上げた事になり、行動が不自然です。」
「なるほど、…だが、イヤな話になるな。誰かがアテラスに情報を漏らしていると?」
今度はローソンが列席者を見回す、居心地の悪い空気が流れる。
「その可能性もありますが、他に情報を得るルートがあるのか、または我々の行動を予測するツールを持っているのか、その辺りはもう少し情報がない事には…」
「わかった。情報局とも協力して真偽を明らかにする様に。と、前戦の分析はそのくらいにして、次の作戦について討議しよう。」
作戦参謀が入れ替わり、作戦の説明を始める。
「今回、我々の目標はフソー星系第7惑星クラミツハの第2衛星マガツヒです。諸将ご存知の通り、前戦役においてアテラスに占領され、現在も実効支配の下に置かれております。この地の奪還が作戦の骨子となります。」
クラフトマンが腕を組み、憮然とした態度で口を開く。
「まあ、見え見えだな。作戦と言うほどのこともない。奴らもそのくらい予想しているだろう。」
作戦参謀は、一足分だけクラフトマンから離れて続ける。
「司令長官の仰るように、敵も予想しているでしょう。ですが、我々が衛星に侵攻するのが明らかであれば、戦わない訳にはいかないはずです。兵力を温存される方が後々面倒なことになります、ここは決戦を覚悟すべきかと考えます。尚、この宙域にはアテラス第1艦隊が確認されており、警戒・監視を行なっているとの報告です。」
3Dディスプレイを操作し、アテラスの戦力を表示させる。
アテラス國國防軍第1艦隊
巡航戦艦 4
重巡航艦 4
軽巡航艦 2
駆逐艦 16
航宙母艦 2
「ここに表示していない戦力については、アテラス本星付近や他宙域の哨戒に当たっていることが確認されています。多少の増減はあるかと思いますが、状況的にこれ以上の戦力集中は難しいでしょう。」
一拍だけあけて、イザナの戦力も表示させる。
イザナ共和國軍統合艦隊
戦艦 6
重巡航艦 8
軽巡航艦 6
駆逐艦 20
航宙母艦 4
「これに編成中の統合艦隊を当てます。敵第1艦隊を大きく凌駕しております。敵艦隊も我が統合艦隊の前には、瞬きの間にも宇宙の藻屑となる事でしょう。」
追唱のつもりなのか、参謀は余計なことを言った。
「ふん、口先だけで戦いができると思うなよ。だが、我が統合艦隊がアテラスなんぞ蹴散らしてくれるわ。」
クラフトマンの魂は、既に戦場に赴いてしまったのか、我慢できないといった風にニヤニヤしている。向かいの席に座る諸将は、それが気持ち悪くて仕方がない。
ローソン元帥が場を締めるためか口を開く。
「小細工を弄さず、堂々と決戦するのも1つの作戦だ。統合艦隊を以ってすれば鎧袖一触であろうが、油断するなよ、クラフトマン大将!」
「はっ!敵艦隊を葬り去ってご覧に入れましょう!」
大きな声でクラフトマンが答える。その自信に満ちた姿を、頼もしく思う者ももちろんいた。が、微かな不安を感じた者も、それなりにいたのである。
イザナが狙うのはマガツヒ。
各方面から得られる情報はその可能性を裏付けるものが多く、次の戦闘はマガツヒ宙域において発生すると多くの者が考えるようになっていた。
次々に離降陸用舟艇が降りていく。マガツヒに人員・兵器・車輌、食糧や居住設備をも送り込み、基地の増強を急ピッチで進めていく。平時には、採掘基地に千人程度の民間人、航宙哨戒機の基地に千人程度が居住するのみだが、現在は2万人にまで膨れ上がった。民間人は帰りの輸送船でアテラスに送られる。
進入路に防壁を築き、パルスレーザー機関砲の銃座を設置する。塹壕を掘り、装甲車に土の模様を描いたシートを被せる。兵器が変わっても、やっていることは地球時代とそう変わりはしない。
「さてと、お客さん本当に来るのかねぇ?」
防壁の構築状態の確認に来た士官が、積んだ土嚢をポンポンと叩きながら呟く。マガツヒには大気がない。従って、戦闘服は酸素供給タイプだ。当然、他者の声は聞こえないのだが、隊内通信のスイッチが入っていた。
「来てもらわないと困りますよ。いつまでも、隊長に坊や呼ばわりされますからねぇ。」
声は副長のケンジ・ササキ大尉、彼は32歳 前戦役には参加していない。
思いがけなく返事が返ってきて、自分の失敗に気付いた男は、新設されたマガツヒ防衛隊隊長のニール・ウォルシュ中佐である。
「坊やは戦ったって坊やなんだよ。」
適当な言葉を返しながら、全体の防備の状況を確認していく。軍事学上の常識としては、攻撃には防御側の3倍の兵力が必要とされる。敵が本気で攻める気なら2万の3倍、6万の兵力を投入してくることになるが、敵味方合わせて8万人が命をかける。そんな価値が、本当にこの殺風景な衛星にあるのかと言う気がしてしまう。できることなら戦闘にならずに、などと隊長らしからぬことを考えている彼は、アテラス軍でも指折りの地上戦指揮官なのである。
第4次戦役では、まさに今いるマガツヒの攻略戦に参加した。敵に押し返され、戦列が後退する中を彼の小隊のみが踏みとどまり、反撃の起点となったことは全軍中に知られている。冷静でありながら大胆な戦いぶりは、味方の羨望と敵の憎悪を集めた。
ウォルシュは銃座に座り、射線を確認しながら指示を出す。
「Y8の防壁をもう少し上げろ、あそこは狙われるぞ。」
膨大な資源を消費して、戦いの準備が整えられていく。




