第一章 ツクヨミ宙域の戦い
第五次ミズホナ戦役(A.F.682〜)
第一章 ツクヨミ宙域の戦い
A.F.682/05/11 22:46
「艦影確認」
ディスプレイに映し出される映像を、見るというより脳内に取りこんだと表現するべき無機質さで呟く。
「ちょっ!・・・」
後席から、狼狽の一歩手前で留まった呻きと微かな舌打ち。
「エンジン停止」
「、了解、エンジン停止」
一瞬の間は驚愕と反論が頭をよぎったためか。だが、瞬時に戦場経験兵への信頼が勝ったらしい。
「索敵モード パッシブ、IRCM投射用意」
「了解、…IRCM投射用意よし」
窮鳥は羽ばたきを止め、息を殺す。だが尚も飛翔を続ける。
「軽巡2 、駆逐艦4・・・いや」
動力はない。が、慣性により進み続ける機内で、センサーの能力を最大限に引き出すべく調整を続ける。
相手は通常航行を続けている、気付かれた様子はない。巡航艦のサイズに比べれば、こちらはハチドリだ。光学索敵ではこちらに分がある。
半ば常識となったステルス技術により、軍用機にレーダーは通用しない。こちらは機関も停止している、熱射検知式も反応しない、はずだ。
モニターからの情報に全神経を集中させる。速度や編成・配置から判断するに、より大型の艦艇が必ずいる、
…いた!
「航宙母艦1 エンジン再始動」
「了解、エンジン再始動!」
國籍不明の宙母が至近にいることは、死に直結する意味を持つ。が、意外にも明るい声が返ってくる。大物を見つけた興奮が優っているのだろう。
(いいことだ。)
生き残れるかを決めるのは、個々の技量となにより運だ。死地において未来を悲観する者に、運は味方しない。
(運は後ろに任せるとして、オレの技量はどうかな。15年振りか・・・)
エンジン点火と同時に操縦桿を左に倒し、左足をも踏み込む。機体が一気に進行方向を変え、慣性制御システムが警告を発しつつも2人の生命を護る。過大なGを緩和してくれる搭乗員の生命線だ。
「緊急通信、不明艦発見、航宙母艦1、軽巡航艦2、駆逐艦4乃至5」
この宙域に國籍不明の艦艇がいることは、政略面及び戦略面における重大な脅威だ。だが、なぜと考えている時間などない。
早くも駆逐艦が対宙戦闘態勢をとる。機関を始動した瞬間に、存在が知れたことは疑いようがない。
近づいてくる駆逐艦の甲板上から光が溢れる。
「発砲光!ミサイル!」
「IRCM射出」
後方モニターに眩ゆい軌跡が描かれる。大熱量に欺瞞されたミサイルがフレアに突入し飛び去っていく。だが、別方向から1機が急速に接近する
「6時方向!」
後席の声が上ずる。悲鳴にならないだけ大したものだ。
「後席、着弾までを秒読め」
「はい!…4、3、2」
(良いパイロットになるな。)
世辞ではない。戦場でしかも初陣で、成すべきことを成せる者はそうはいない。
訓練では優秀だった者が、実戦の緊張に取り乱す姿を幾度となく見てきた。恐怖と生存への欲求を機械的手順と使命感でねじ伏せる。これは実戦でしか得られない経験だ。
もっとも、その経験を活かし成長の糧に出来るか否かは、生き残った後の話だ。
スロットルレバーを一気に押し込み、ブースターを最大出力で吹かす。ミサイルがエンジンノズルに接触すると思えた瞬間、機体が右に跳んだ。残影を貫いて細長い物体が機体の脇を追い抜いていく。
「よし」
「やりましたね!」
死地を超えた安心感はさすがに隠すことができない。息を大きく吐き、そして現実に向き直る。
航宙母艦まで含んだ部隊が自國領域に侵入している、更に、警告も無く攻撃までしてきた。詳細を直ぐに報告しなければならない。
「通信は生きてるか?」
「ダメです、ジャミングが酷い。」
「よし、妨害領域から出て、詳報を発信する。」
敵索敵機に発見され、第一報の通信まで許した不明艦群は、もはや隠匿の必要がなくなった。猛烈な通信妨害電波を発し、これ以上の情報を与えまいとする。
そして、いまいましい凶鳥の息の根を止めようと、4羽の猛禽が躍り出る、闇と星々が支配する空間に。
A.F.682/05/11 22:57
惑星が落とす陰の中を更に暗い影が進む。陰から出て初めて、黒く染められた船だとわかる。舷側の一点が僅かに光った、青い菱に赤い斜線のエンブレム。アテラス國國防軍の所属だ。戦うために生まれた船、新鋭駆逐艦ムツキとその姉妹たちである。
ムツキ型はバランスの取れた能力を持つ。到達速度・武装は従来型や他國艦と大差ないが、機動性に優れ俊敏だ。最大の特徴は、81式複座艦上偵察機の搭載である。この装備により、運用の幅は格段に広がる。
スニール・ラジ少将率いる第12駆逐戦隊は、新造艦の受領後、完熟航行及び航宙機運用訓練を行っていた。厳重な情報管制は新鋭装備秘匿のためと説明され、深く考える者は稀であった。
司令部部員が集合する中、いつものように参謀長トン・タイン准将が状況を説明する。
「航法訓練中の艦上偵察機ウヅキ1より緊急発信があった。『國籍不明艦発見、航宙母艦1、軽巡航艦2、駆逐艦4乃至5』発見ポイントはここだ。」
部屋の中央に設置された3Dディスプレイ上の一点が、赤く明滅する。タインが続ける。
「言うまでもなく、軍用艦艇の本宙域航行は和平合意違反である。即刻、脅威を排除すべきだ。」
怪訝な表情を浮かべる者がいることに、タインは気付いた。
「ですが、民間船団の誤認という可能性はありませんか。」
若手参謀の1人が控え気味に述べる。タインが返してくるかと身構えたが、言葉を発したのは索敵哨戒参謀のリョウ・カケヒ大佐だった。
「発見したウヅキ1のオウ大尉は前戦役からのベテランだ、誤認はありえないだろう。ましてや、宙母だ。万に1つも見間違えんよ。」
皆、分かっていた事ではある。だが、改めて言葉にされ、状況を再認識する。
ようやく、司令官ラジ少将が口を開く。
「その艦偵はどうした?」
通信参謀が答える。
「第一報の直後から、当該宙域において電波障害が発生、通信途絶状態です。状況から、敵機の追撃を受けているものと推察されます。」
「完全な敵対行動だな。だが、ことがことだ。確認の機を出すか、・・・ツクヨミ基地は?」
「スクランブル機を上げたとのことです。同時に攻撃隊の準備中かと。」
「では、状況確認は基地に任せよう。通信封鎖を継続する、わざわざ我々の方から位置を教えてやる必要はない。全艦、第1種戦闘配置、当該宙域に向かう。基地航宙隊の支援を受けられる好機だ。」
「はっ!」
参謀たちが敬礼をして退席する。ラジとタインが司令室に残された。
「さすがだな、進路・規模・日時、どれをとっても完璧だ。」
「ええ、スエツミからの情報がなかったら、この宙域はガラ空きでした。ツクヨミは壊滅だったでしょう。」
「軍令部からの指令は?」
「今のところありません。予定通りの行動でよろしいかと。」
「うむ。しかし、今日の参謀長は勇ましかったな。」
「いやいや・・・」
2人は部屋を出る。
A.F.682/05/11 23:42
イザナ共和國軍 第21任務艦隊司令官ディアオ・プレス中将は進むべき道を決めかねていた。彼らは敵地奥深くに侵入している。しかも、隠密行動にも関わらず、攻撃開始直前に発見されてしまった。
小癪な偵察機は駆逐艦のミサイル攻撃を躱し、浮遊デブリ帯を巧みに利用し戦闘機隊の追撃からも逃げおおせた。しかも、戦闘機隊は追撃に失敗したばかりか、1機が大型デブリに衝突し損傷まで負ってしまった。
「もはや、一刻の猶予もありません。直ぐに攻撃隊を出しましょう。発艦の後、母艦の方を進出させればなんとか届きます。」
「いや、本作戦は奇襲を前提としている。前提が崩れた今、速やかに撤退すべきだ。」
正に司令官の判断と指揮を必要とするこの時、…プレスは沈黙している。
(進発時の威勢はどこにいきやがった!)
(今更何を迷う!迷うなら発見された直後、ミサイルを撃つ前に悩め!)
面々が司令官を見つめるが、好意的なものは1つもない。両派とも苛立ち、その感情を隠そうともしない。最も貴重とすべき時間を浪費し、不毛な議論が続く。不利な状況が益々悪化していく。
たまりかねた参謀長ノアム・ラッシュ少将が、ともかく艦載機を上げねば戦力として無力になると、半ば脅迫ぎみにペンスに首肯させ、ようやく方針が決まった。
だが、その時には、懸念が現実のものとなった。敵編隊接近の報がもたらされたのである。
A.F.682/05/11 22:58
無骨な工場を宇宙に放り投げた。そう揶揄させるほど、造形美とは無縁の人工物がツクヨミである。外周は配管類が這い回り、構造体の骨組みも所々露わになっている。この施設はアテラスより4光秒の距離に位置する人工の小惑星で、アテラスと共に主星フソーを周回している。
軍事施設とは言え、多少は体裁良く整備したいと言う軍の要望は、市民の至極当然かつ猛烈な反対により白紙に戻された。計画書に『美観』という文字を記載した担当官の予見力は、まったくもって賞賛に値する。
基地には艦艇の補給や整備に必要な物資・設備がある他、主星アテラス防衛のため航宙戦闘隊が常駐している。
不明艦発見の報に際し、司令部は即座に臨戦態勢をとり、全搭乗員に集合をかけた。ところが、司令部の危機感は、全くと言って良いほど現場に伝わっていなかった。彼らは誤報による空振りに充分すぎるほど慣らされており、また、報告の敵戦力があまりに強力だったため、却って信憑性を持てずにいたのだった。
「どうせ、また故障だろ。」
「抜き打ちの訓練、これに100ネシヤだ。」
そんな軽口を叩きながら警戒解除の指令を待つ隊員達は、偵察機から送信された画像情報を見せつけられ戦慄した。迫りくるミサイル、飛び交うパルスレーザー、被弾の衝撃、そこには紛れもない戦場が映し出されていた。
「いよいよ、本番だ!チビるなよ、若僧ども!」
古参搭乗員の愛に溢れた激励に
「待ちに待った出撃だ!やってやる!」
若者達も呼応する。が、表情の硬さは如何ともしがたい。
この中の何名が帰れるものか、搭乗員の損耗率を知る者は考えずにはいられない。
アテラス國防軍ツクヨミ基地から発進した攻撃隊の編成は下記の通り、
第1次攻撃隊
制宙隊16機(対宙誘導弾×4)
攻撃隊16機(対艦推進弾×2)
計32機
第2次攻撃隊
制宙隊 8機(対宙誘導弾×4)
攻撃隊16機(対艦推進弾×2)
計24機
機体は全機79式艦上戦闘機、3年の実績を積んだアテラス航宙隊の主力機だ。航続距離の長さと機動性の高さで他國の同世代機を圧倒する。
マルチロール化の進歩により戦闘と攻撃は機体を共有しており、両者は追加兵装のみが異なっている。
精密に加工された工芸品のように、美しい編隊を維持し荒鷲が飛翔していく。
A.F.682/05/11 23:50
「制宙隊、前へ」
制宙隊の任務は、攻撃隊に先行し敵戦闘機を排除して攻撃隊を護ることだ。隊長のチェン・ユウ大尉は、隊内通信と機体の動きで指示を出す。
「第2小隊は俯角8°の4機に向かえ、第4小隊は右の奴ら、第3小隊は機速を維持して援護だ。」
「えー!なーんで!」
第3小隊隊長タケル・ユゲ中尉から非難めいた返信が聞こえる。だが、部下たちはどうだろう?内心では胸を撫で下ろした者もいるかもしれない。
「次は美味しいところを用意しておくさ。いくぞ!」
理由はわからないが、敵の母艦から発艦できたのは10機に満たないようだ。敵の機種はCFー32D、79式より重武装で最高速も上だ。本来なら強敵だが、発艦直後で機位が悪い。機速を上げ有利なポジションを占めようと意図するが、パルスレーザー砲を放ちつつ突入する79式に蹴散らされる。そこかしこで、乱戦が始まった。
「ちっ、どいつもこいつもあめーな。」
ユウは状況を見ながら毒づく。
敵も味方も間合いが遠く、腰の引けた発砲をする者が多い。無理もない、前戦役から15年が経過している。既に実戦経験のない者が多数派だ。しかし、機先を制し数でも勝る79式が、次第に優勢となってきた。
「ほら、ニシ!やれ!」
自らはルーキーの援護に回り、経験を積ませる。小隊各機に細かく指示を出し、連携して敵機を追い廻す。ようやく敵機を射程に捉えるその瞬間、目の前を火炎を引いた79式が通過した。追うイザナ機は一気に肉薄し、短くレーザー砲を発射し反転する。被弾した79式は一瞬の後、爆散した。
(相当な手練れだ。)
「奴をやる!援護しろ!」
右に急旋回を行い、敵を追う。正面モニターに機影を捉えた時には、既に旋回を終えた敵機が真っ直ぐ突っ込んできた。
(反航戦!)
僚機のいない単機で、ドッグファイトは不利だ。瞬時に切り返し挑んでくる技量と判断力、やはり只者ではない。ほぼ同時にレーザー砲を放つ。お互いの機速を合した相対速度で、一瞬にすれ違う。
ガガガ
衝撃と振動を感じる、被弾だ!素早くディスプレイの情報を確認する。
(左エンジン停止!慣性制御エラー!まずい!)
(奴はどこだ?!)
周囲を見廻し敵機を探す。後方モニターの一角に離脱する機影を捉えた。
(奴も被弾したのか?…いや、それはない。交錯する一瞬前、オレは逃げた。負けたのはオレだ。)
機体だけでなく、プライドと経歴に深く大きなキズを負わせた相手は、更に加速し戦闘宙域を離れていく。
制宙隊が敵戦闘機を引き付けている間、攻撃隊は目標に向かう。狙いは当然、航宙母艦だ。各機は、大型の対艦推進弾を機内ウェポンベイ(兵器格納庫)に装備している。
地球時代の航空戦は、遠方から誘導兵器を撃ち合うことに主眼が置かれ、いかに長射程の誘導兵器を開発できるかにかかっていた。だが、ステルス技術の発展は電波誘導兵器を無力化し、また、電磁シールド技術と艦艇の高機動化は、搭乗員に肉薄攻撃を強要することとなった。
母機の機速と推進力とで加速した、超高速推進弾を突入させる戦術が現在の主流だ。戦果は、衝突エネルギーと爆発エネルギーが、電磁シールドと装甲を打ち破れるかにかかっている。
護衛艦が集合し、宙母の周りを取り囲む。ぴったりと寄り添い、最重要艦へのアクセスを自らの船体で妨害しているのだ。
「軽巡が邪魔だな。先にあいつをやる。」
攻撃隊隊長のマグダ大尉は、突破口を開く役を自らに課し、付いてくるよう部下に伝える。8機の機体が1列になり、突入を開始する。スロットルは全開。対する対宙砲火は濃密だ。左右上下を曳光が走っていく。
「3番機、5番機、被弾!」
最後尾機のホア副隊長の声だ、構わず突っ込む。
(今さらやり直しなど出来るか!)
更に、1機、また1機と被弾・落伍する。画像解析対宙砲の進化は、艦艇の生存率を飛躍的に向上させた。だが、パイロットにとっては悪夢そのものだ。
モニター一杯に映し出された敵艦めがけ、2発の推進弾を発射、直ぐに機体を引き起こす。後続もマグダに続く。
「1、2、」
ゆっくりと数え、息が『さ』の振動となる瞬間、艦手前で爆発が連続した。
宇宙空間の戦闘では、音は生じない。自機内から以外は無音の世界だ。奇妙にリアリティーのない美しい閃光がモニターに映しだされる。4回の爆発エネルギーによってシールドは破られ、5発目からは艦表面に、7発目からは艦内部で爆発が続く。
「ルバドス級軽巡へ命中弾4、撃沈確実!」
突入の数秒間で半数となったマグダ達は、憎しみの砲火の中を駆け抜けていく。
A.F.682/05/12 00:52
「軽巡航艦アバーブーダ、撃沈」
「航宙母艦グレナダ、大破、機関停止」
「駆逐艦アンティグア、中波、火災鎮火」
「駆逐艦セントビン、小破、運航可能」
被害状況の報告が次々に入る。2度にわたる航宙攻撃によって、艦隊は深刻な被害を受けた。だが、撃沈が1隻ですんでいるのは僥倖と言えよう。
航宙母艦グレナダには多数の攻撃機が集中した。だが、アバーブーダの様な効果的な波状着弾には至らず、シールドと装甲により相当数の推進弾が跳ね返された。懸命なダメージコントロールの甲斐もあり、未だ生き長らえている。
大破したグレナダから軽巡航艦ドルシアに将旗を移し、司令部は機能している。だが・・・
「ラダキュアはアバーブーダの救難艇を回収後、速やかに集合」
「エルトリは、グレナダの復旧支援に当たれ。各艦、航宙警戒を維持。グレナダを護れ!」
もはや、モニターに向かい惚けているプレスには一瞥もくれず、ラッシュが指揮を採る。
奇襲を意図し、返り討ちにあったことは今更どうにもならない。だが、せめて傷ついた残存艦艇を生還させねば。
「作戦参謀、更なる攻撃があると思うか?」
「来襲機50余機に対し、11機撃墜、16機撃破の報告です。基地についての事前情報から、大規模な攻撃の可能性は低いかと。」
「だと、よいが・・・帰還ルートの策定の方はどうだ?」
「はっ、巡航速度で3日の距離に亜空間跳躍可能域を確認しました。当宙域への最短ルートを作成中です。」
超光速移動は人類生存圏を飛躍的に拡大した偉大な発明であり、科学史上始まって以来の成果である。だが、何時でも何処にでも移動できるレベルに達するまでには、更に世紀単位の時間を要するだろう。
現代の技術では、宇宙に点在する亜空間跳躍可能域を慎重に見つけ出し、重力波や外乱エネルギーを極限まで排除した上で初めて可能となる。つまりは、敵の攻撃を振り切り、その宙域まで辿り着かねばならないのだ。
A.F.682/05/12 00:58
8人のアスリートを思わせる、引き締まった艦影が戦闘宙域に向け全速で進む。
旗艦ムツキの艦橋で、戦隊司令部の面々が正面モニターを見つめる。
「ツクヨミからの攻撃は、相当の被害を与えたものの壊滅には至っていない模様です。」
「宙母はどうなった?」
「攻撃隊からの連絡では、大破を主張しています。」
「まぁ、当てにはならんな。会敵までどのくらいだ?」
「あと1時間ほどで会敵予定です。」
「ウヅキ1の回収は済んだか?」
「サツキ1が会合地点にて待機中です、そろそろ合流している頃かと。」
艦隊は無線封鎖を維持して航行している。計画通りの航路であれば問題はないが、発進後、母艦が大きく転進してしまうと偵察機や哨戒機が帰って来られない。従って、迎えを出してやる必要があるのだ。
10分の後、サツキ1がウヅキ1を従えて艦隊に戻ってきた。ウヅキは収容のため艦列から離れていく。サツキ1は再度、艦隊進行方向に進出し哨戒行動に戻る。
航宙母艦ではない艦艇への着艦は、非常に高度で時間を要す作業である。ウヅキ1は母艦の左舷側にゆっくりと近づく。速度と進路を同調させ、収容モードに入った。舷側が開き、マニピュレーターが伸びる。先端を機側の着艦装置とドッキングし、船体内に機体を引き込む。
不明艦を最初に発見した武勲機は、被弾しつつもなんとか母艦に帰還した。
地球時代の20世紀中期以降、海上戦闘の主役は完全に航空機に置き換わった。艦艇同士の砲戦・水雷戦は姿を消し、この思想に基づいた艦艇は、時代遅れの長物となってしまった。誘導兵器の発達がこの潮流に拍車をかけ、長射程兵器の開発に邁進したことは前述の通りである。
戦場が宇宙空間に拡張され、『艦艇』が主に宇宙航行船を指すようになった時代にも、救い難いことに兵器は進化を続けた。
慣性制御システム搭載の小型航宙機と航宙母艦の登場により、地球圏海洋艦艇の歴史を再現すると予見する者は多かった。しかし、航宙攻撃の有用性は高まりつつも、艦艇戦力を完全に代替するまでには至っていない。
戦術論的説明として挙げられる理由は、2者の速度差の点である。海洋艦艇と航空機には20倍、あるいはそれ以上の速度差がある。対して、航宙機は機動・加速面では遥かに宇宙艦艇に勝るが、到達速度の面では2倍程度に留まる。航続距離も限られ、長距離の進出は難しい。極めつけに、機体サイズに見合う武装で艦艇防御力に打ち勝つことが困難である。
今後の発展如何では主力となり得るだろう。しかし、現状の宇宙戦は、艦艇の砲撃戦と航宙機の機動戦とを組み合わせた形で進行することが多い。
A.F.682/05/12 02:09
「機関、再始動!出力80%まで回復!」
グラナダから報告が入る。
「おー!やったぞ!」
周囲から歓声が上がる。言外には、これで帰れるという本心もあるだろう。しかし、敵機の攻撃を受け続けた彼らの女王が、必死の治療によって回復した事は素直な喜びを与えた。また、絶望的状況で何とかなるのでは、と将兵を鼓舞する効果もあった。
すぐにラッシュが指示を与える。
「グラナダの速度に合わせて球型陣を組め、進路144°仰角11° 撤退だ」
「第3波は無かったですね。」
「グラナダは沈めたと考えたのかも知れんな。あの損害で生き残ったのは運がいい、復旧班の優秀さもあるが。」
「事前情報では、有力な艦隊は付近にいないはずです。基地航宙隊の攻撃圏外に出れば、撤退できるでしょう。」
「その事前情報と言うのが、信用ならん。情報部は哨戒行動はないとほざいていたぞ。それを真に受けた結果がこれだ!」
普段は冷静なラッシュだが、喋るうちに苛立ちが高まったのか語勢が荒い。
「そういえば、最初の偵察機は見慣れない機体だったそうじゃないか、アイツは本当にツクヨミから来たのか?」
「・・・」
確信がなく、参謀は黙っている。
「まあ、いい。とにかく逃げるだけだ。」
(そして、帰ったらあの役立たずを殴ってやる!)
右の拳を強く握りしめ、自己の世界に逃げ込んだプレスを睨みつけたその時、
『有力な艦隊』の来襲が報告された。
ラッシュ(もはやプレスではない)艦隊は機関停止から復旧した航宙母艦グラナダを中心に、5隻の駆逐艦が球状に取り囲んでいる。将旗を移した軽巡航艦ドルシアは最後尾だ。進路はツクヨミと逆方向、即ちフソー星系の外縁を目指し、許す限りの最高速度で航行している。
対するラジ艦隊は新鋭駆逐艦8隻が真っ直ぐ1列に並ぶ単縦陣を組んでいる。ラッシュ艦隊から見て9時方向から全速で接近する。
ラッシュ艦隊は、このままグラナダに合わせた速度で航行しても、優速のラジ駆逐戦隊に捕捉されることは必至である。ラッシュは、グラナダと駆逐艦1隻を脱出させ、軽巡ドルシアと他の駆逐艦4隻で砲戦を挑む覚悟を決めた。
決死の5隻は敢えて速度を落とし、離脱艦との距離を開ける。ラジ艦隊はグラナダを追いかけ背後を占めるであろう。グラナダ後方の宙域を焦点とする半包囲陣形を維持し、一斉射撃を行う作戦だ。
ラジ艦隊が狙い通りグラナダを追えば、極めて大きな損害を受けたであろう。しかし…
ラジ艦隊の将兵は、緊張を感じながらも自信を持って戦闘準備を進める。平時よりアテラス軍1厳しいと言われる訓練を繰り返し、練度では全宇宙1だと自負している。その我等が、新鋭艦をもって敵に当たるのだ。
(負ける訳がない!)
心中でもあるいは有声でも、その言葉が溢れている。散々しごいてくれた司令官への信頼も厚い。指揮官へ全幅の信頼を置く軍は強い。宇宙時代になっても変わらない戦場の真理である。
信頼する側は信じるだけで救われるらしいが、される側はそうはいかない。状況を判断し、決断し、指揮をせねば負けるのだ。その重圧をも快く感じられる胆力が、ラジには備わっていた。
10時方向には手負いの航宙母艦が必死に逃走を図っている。12時から1時に敵艦が展開しているが、正面から撃ち合うにしては各艦の距離がありすぎる。連係が取りづらい不利な陣形だ。
ラジが指揮卓のディスプレイをみて呟く。
「宙母を逃がす意図だな。」
「そうですね、しかし正面から向かっては来ませんな。我々に宙母を追えと言っているような。」
タインが答える。
顎に拳を当て、2呼吸ほど考え込んでから、ラジが指令を下す。
「よし、わざわざ敵の意図に乗ってやる義理はない。2時方向に転進。」
参謀の1人が慌てて答える。
「それでは、宙母との距離が開き追撃が不可能になってしまいます!」
「構わん、宙母を逃しても減速した奴らを捕捉・殲滅する。」
航宙母艦の持つ戦略上の意味は大きい。取り逃しても良いという、司令官の意図を図りかねた者は多かったが、命令は伝達され、ラジ艦隊は宙母から離れる。
意表を突かれたラッシュは慌てた。宙母を見逃すという発想そのものがなく、ラジ艦隊の意図が読めない。だが、これで虎の子の航宙母艦が救われる、充分な成果だ。後はグラナダの退避時間を稼ぐため徹底的に抵抗するのみだ。
ラジ艦隊は10時方向にラッシュの乗艦ドルシアを臨む。軽巡航艦であるドルシアは、主砲レーザーカノンの出力・射程・砲数全てにおいて駆逐艦を凌駕する。先に射程に入ったドルシアは、左舷に全ての砲門を指向し砲撃を開始する。
一方のラジ艦隊は、旗艦ムツキを先頭に巧みな艦隊運動でドルシアの砲撃をかわす。3番艦ヤヨイまでが有効射程に入ったところで右に回頭。ムツキ、キサラギ、ヤヨイの3隻は左舷にドルシアを見て一斉に砲撃を開始した。後続艦も射程に入り次第、次々に砲撃を開始する。
ラッシュ艦隊からも必死の反撃をする。だが、包囲戦を意図した陣形の外側を通過され、砲撃の密度は比べるべくもない。ムツキの砲撃開始から僅か5分後にはドルシアはシールドを失い、その2分後には爆沈した。
殴る側も殴られる側も、その機会は爆発と共に霧消してしまった。
旗艦と指揮系統を失った部隊には過酷な運命が待っていた。4隻の駆逐艦の内、ラダキュア、アンティグアは絶望的状況で頑強に抵抗した後、撃沈。マイカジャとセントビンは離脱を図ったが、周囲を完全に囲まれて降伏した。
A.F.682/05/12 03:22
「ムツキはあと1時間で応急処置を終えます。ヤヨイの火災は鎮火しましたが機関出力が50%程に制限されます。」
「よし。ヤヨイ、ウヅキ、ミナヅキ、ハヅキは拿捕艦を連れて先にツクヨミに向かえ。」
若い参謀が発言する。
「司令!健在な艦で宙母を追撃しましょう!我らの足なら追いつけるかもしれません。」
「ムダだ、間に合わんよ。」
「しかし!」
「それより、救難艇が残っていないか周辺の捜索だ。」
納得できず歯噛みする参謀の肩を叩き、ラジは言う。
「焦るな、戦いは続く。それに、我々だけではない。」
言葉の意味を解せない参謀を尻目に、ラジは艦橋を降りる。
A.F.682/05/14 14:37
亜空間跳躍可能域に2光秒と迫った航宙母艦グラナダと駆逐艦エルトリは、待ち構えていたアテラス國防軍第1艦隊(巡航戦艦4、重巡航艦4、軽巡航艦2、駆逐艦16、航宙母艦2)に捕捉された。
両艦は降伏。グラナダ艦長スプール大佐は、乗員を戦時捕虜として扱うことを確約させた後、自室にて自決した。




