98.《再誕の巫女》狐八葉の稲花
「制限時間は10分でケージ全損式。もしくはリタイアで決着……そして《飛行》スキル禁止となりますが、よろしいですか?」
「はい、そのルールで問題ありません。ただ……」
「……わかっていますよ、私は本気で参りますので……相応に、お覚悟願います」
稲花さんから申し込まれた《決闘》を行う為、七番街の広場へと来ていました。
手慣れているかのように私へと申請が行われますが……実際の私にし全く違ったヘルプウィンドウが私には表示されており、じっくりと読んでいました。
申し込まれたのは《決闘》のはずだったのですけれど、申し込まれた際に新たなキーワードとヘルプが開いたんですよね。
稲花さんは《決闘》のつもりなのでしょうけれど……実態は《想起戦》というもの。飛行禁止ルールはおそらく稲花さんが地上戦メインなのもあるからでしょうね。
ヘルプを読む限りは、一度レイドバトルの対象になったネームドNPCに関してはNPC本人からの了承を得られれば再戦できるというものでした。
その際は挑む際の人数によって相手NPCの体力は変動し、基本的にソロから1パーティで挑むことが目安になっているようです。
そして……魔物化してボス化していた当時の性能も勿論の事、あの時には"使わなかった"ものも使っているとの情報が記載されていました。
もちろん《想起戦》に勝った場合は特別な報酬もあるとか。ただ、本人もかなり体力を消耗してしまうので数日に一度が限界でしょうね……
「大丈夫です。私、こう見えても強いですから」
「え、あ、はい……もちろんそれは承知の上ですから、こちらも手を抜きませんよ」
「ふふふっ、よろしくお願いしますね。それに私、実際にクレハさんの剣技を間近で見てみたかったですし……」
「間近というか、至近ですけれどね……」
思わず少しばかり力が籠ってしまう様子を見た稲花さんにくすくすと笑われてしまいました。
いえ、緊張するなという方が無理なんですよねこれ……先程食べたパフェとお団子でバフが乗っているとはいえ、実質これソロでのボス戦みたいなものですし。
《決闘》用の大型円形フィールドが張られれば嫌でも目立つので、なんだなんだと他のプレイヤー達もこぞって押しかけて来ています。
すぐにフィールド外は観客でいっぱいになりますが……まあ、もういつものことと割り切りましょうか。
画面に映されたカウントが進み、目の前の稲花さんは戦闘の準備を始めます。微笑みながら、先程の《紅椿の太刀》を左手に……そして私が先に手元へと納めていた《幻咲稲穂》を右手に。
なるほど、二刀流ですか。《双剣》については開始前の先行公開でジュリアが使っていましたが、太刀の二刀流は初めてですね。
もっともNPC専用の装備の仕方があるというのは、ベータテストの時に悠二さんが槍の複数本装備を見せていましたからね。例外があるというのは大方察することはできます。
となると、おそらくは。先に稲穂に備わっていたアーツを使ってくるというのは確定と言って間違いないでしょうね。
カウントがゼロに近づき、私は白雲を構え……稲花さんはそのまま立ち、尻尾をゆらりと動かし。
「では、いざ―――」
「勝負!」
《決闘開始》の合図と共に、お互い距離を一瞬で詰めての鍔迫り合い。稲花さんもおそらく《瞬歩》を持っていますね、飛び込みの速度が私と全く同じでしたからね。
鉄と鉄がぶつかる金音。稲花さんの顔が見えますが、先程までの余裕を保った微笑みから戦闘を楽しむような薄ら寒さすら感じさせる微笑みに変わっていました。
鍔迫りから先に動いたのは稲花さんで、私の一刀を受け止めた右刀からすぐに切り替えてるように左刀からの斬り上げ。私はすぐに飛び下がって回避するなり、更に次の攻撃を警戒。
嫌な予感がしてさらにもう一歩飛び下がり。瞬間、その足下から《植物魔術》の《クリーパーヴァイン》が飛びました。
「っ……!」
「うふふ、流石クレハさんですね?」
「そうでしたね、貴女は《アルラウネ》でもありました……!」
植物系種族であれば間違いなく持っているだろうその《植物魔術》。その存在を忘れかけているところでした。
そして間髪入れずに稲花さんが《行月》を使って私へと距離を詰め、二刀による攻撃から更に《円月》を使って回転しながらの斬り付け。
突進攻撃は後ろに下がり、回転斬りは白雲で受け止め。反撃のばかりに受け止めながらの蹴りを繰り出せば、稲花さんの華奢な身体が吹き飛びますが、受け身を取ってすぐに構えました。
さながら動きは二刀流魔法剣士。攻撃面に偏っているためか体力はそこまで高いわけではないようで、先の蹴りの一撃でも一割ほど体力が削れています。
……まるでジュリアかルヴィア、と考えたいのですがあの二人よりも手数は恐らく上。二刀、思ったよりも厄介ですね。
今度はこちらから仕掛けるようにして《行月》で接近しつつ、《八卦・闇》を使って稲花さんの弱点属性である闇属性を付与。
再び打ち合いを始めつつ稲花さんが繰り出した《フラワーストーム》を紫色の霧を纏った《月輪》で薙いで打ち払い、追撃に斬撃を繰り出してきますがこちらは受け止め、更に私の尻尾による追撃。
槍の様に突き出した尻尾に驚いたのか、稲花さんはバランスを崩しつつ横っ飛びで回避。自分の尻尾、忘れそうになるんですよね……よく感情に合わせて動いてるとか言われますけど。
何度かの打ち合いをすれば、やはり分はあるとして稲花さんの体力をゆっくりと削っていくことは出来ていますね。そして、二割削ったところで……
「《サップアンバー》《スタンブルルート》……!」
「っわ、とっ、ぉ!? 流石に足場が、悪くっ!?」
「足場を悪くするのは基本でしょう?」
「それもそうですけど、も……ここまで悪くされると……」
並行ではなく、連続しての詠唱で地形が一変。《サップアンバー》はルヴィアも使っていますがその量の比ではなく、《スタンブルルート》で地面を根で荒らした上に樹液をぶちまけました。
その範囲は尋常ではなく、直径二十メートルもある戦闘域すべてを凹凸の激しい地形に一変させたうえで。樹液も全域にランダムに飛び散らせています。
張り巡らせた根は不意に着地しようものなら足を取られますし、樹液を塗られた部分に足を付けようものなら即転倒ですからね。飛行禁止、多分こういうことでしょうね……
飛行に無意識に頼っていたので、ちょっとした訓練ですね。いえまあ、ここにきて最近足腰を鍛えるために作られたアスレチックを走ることを祖父に仕込まれていた事が活かされるとは。
出来るだけ平地を、樹液の無い場所へと降りるように足運びを意識し始め……というより、稲花さんの攻撃的な動きに対応しようと思うととてもやり辛いですね……!?
こういう荒れた場所での戦闘はもうちょっとジュリアと訓練しておくべきだったかも知れませんが……少し稲花さんの方の動きが良くなった程度で、こちらが腕で上なのは変わりなく。
「《リーフエッジ》《薄月》」
「《月天》!」
「さすがに、強いですねクレハさん……!」
「いいえ、稲花さん、もっ!」
飛び散る葉による斬撃に紛れて、稲花さんは二刀による斬撃を繰り出します。それを四連の剣舞によって弾き返し、その腕に切っ先を掠らせました。
じわじわと削っていきはしているのですが、一瞬でも気を抜けば即座に二刀や植物魔術によって逆に体力が削られるでしょう。それにまだ、稲花さんはあれを出していない。
このまま出さないのであれば、出される前に……最低でも足場を確保をするために《サップアンバー》が消えてから一気に仕留めに掛かりたいところ。
そう思った途端、悪寒と共に距離を取った稲花さんが見た事の無い動きを見せました。刀を降ろし、尻尾を揺らめかせたかと思えば、地を蹴って、錐揉みに回転しながら―――
「―――《狐八葉》」
二刀を交差されるように構えての接近、錐揉みに突撃しつつ繰り出された大技《狐八葉》を、避け、いえ受け止めようと刀を構えます、が。
振り下ろされた二刀による斬撃によって白雲が弾かれて仰け反ったところに、不意打ちの様に尻尾に握られていた三刀目。それが先の二撃と併せて逆三角を描くかのように三撃目を繰り出しました。
不味い、受け切れない! そう悟った矢先には尻尾によって振られた三撃目が、刀を弾かれて姿勢を戻せないままに胸元を横に引き裂き……私の体力ゲージが三割ほど吹き飛びました。
「仕留め損ないましたか」
「いえ、いえ……流石に、肝を冷やしましたよ」
最後の一撃以外、同時に繰り出された三度の斬撃全てを貰っていれば即死にまで追い込まれていたでしょう。威力は恐るべし、ですね……《斬月》や《降月》、《剣閃一刀》よりも遥かに高いでしょう。
それでも回避の選択肢を選んでまともに三撃目を喰らっていれば、三割程度でも済まなかったはず。避けようとしていれば、足下すぐにあった樹液に足を取られていましたからね。
これが刀三本の装備を必要とする《幻咲稲穂》固有のアーツ《狐八葉》。自分で使うより先に身を以て体感する事になるとは。
綺麗な三角形の剣閃、これを同時に繰り出すわけですか。実際自分から繰り出すとなるとどうなるか……少し楽しみではありますが、と。
先の一撃でお互いの体力は同じ程になってしまいましたが、それでもまだ終わりではない。残り時間は六分……再びお互いに構え合い、今度はこちらから仕掛けます。
「っ、せいっ!」
「《ポップフルーツ》」
《瞬歩》で距離を詰めて《薄月》で斬り付けようとしますが空振り。そして初耳の魔術、《ポップフルーツ》を唱えられれば目の前に小さな木の実が現れ。
稲花さんは飛び下がって張り巡らせた根の足場の上へ。代わりに残された木の実に嫌な予感を感じ、空振りした返しの刃で弾けば飛んだ先で爆発……植物魔術は特殊な性質なものが多いですね。
一瞬目を離した隙に稲花さんの姿が消えていますが、聞こえる足音から根の上を飛び回って距離を取りつつ奇襲を掛けるつもりでしょう。
《スタンブルルート》での足場に《サップアンバー》の樹液が絡みつていおり、下手に追い掛けて動くとこちらの方が不利になりますし、地味に根を動かして逐一動きづらくしているようで。
あまり棒立ちしていれば―――不意打ちの様に根の隙間から蔓が伸びて、私へと攻撃してきます。おそらく《クリーパーヴァイン》でしょうね。
隙を見て先程の《ポップフルーツ》を投げ込まれる事も想定すれば、出来る限り動きたいところですが……
「っ……!?」
言っていた矢先に《ポップフルーツ》が投げ込まれたので打ち返していれば、背面から《行月》による飛び込み奇襲。《居合術》で何とか弾きますが、すぐに《瞬歩》で根の中に飛び込んでいきました。
上手く往なしますが、どうしてもステータス差で上回られているので、あまり長くこの状況を繰り返されればじわじわと体力を削られて負けとなるでしょう。
現に先程の奇襲も避けはしましたが、掠った際に更にまた一割削られています。飛び込んでくるのは本人だけでなく多種の植物魔術も投げ込まれ、威力もあちらが上なのでよりじわじわと削られて行きます。
何より適度に撃ち込まれる《リーフエッジ》と《フラワーストーム》が厄介であり、何時の間にか《グラスケージ》が足下に生い茂り更に私の逃げ場を狭められてますね。
このまま動けずにいれば、削り殺されて負け。現にもう私の体力は残り三割近くにまで削られています……であれば、強引に状況を変えるしかないですね!
「《八卦・火》」
「ひうっ!?」
「《新月》……燃え尽きなさい、《焦熱》!」
火属性を纏った白雲を振れば、燃え盛る火の刃が飛んで張り巡らされた根へと着弾、同時にそこから根が燃え上がり始めました。短い悲鳴が聞こえた気もしますが、まあそれはそれ。
どうして早々に思いつかなかったかと自分に問いたいですが、それはそれ。張り巡らせた根が魔術攻撃であれば通用するかどうか判りませんでしたからね、試してみるものです。
次第に火が回って大炎上した根の森から飛び出してきた稲花さんは半泣きでしたが、まあ……その、ですね?
「クレハさんやってくれましたね!?」
「こうでもしないと不利ですからね……ってああ、そういえば」
アルラウネは火属性弱点、持ってましたね……すっかり忘れていました。何時ぞやはルヴィアが松明持っただけで燃えかけてましたっけ。
お陰様で稲花さんの体力がごっそりと減り、残り三割を切るか切らないか。根を焼き尽くした今も余熱でじりじりと未だ減っている辺り、本当に効果絶大なんですね……
さて、あとはこれだけ追い詰めればトドメを刺すだけ……なのですが、何やら稲花さん半泣きで大激怒してますね。
「アルラウネに火は禁止ですよーっ! なのでお仕置きです……!」
「お仕置き……って」
怒る稲花さんが声を上げれば刀を納め。息を吸い目を見開くと同時に鈴の音が鳴り響き……私の身体はムービーモードへと移行して止まりました。
「"巡る命よ地に満ちよ、死してもその命巡りて姿を変えながら地を満たせ。其を示す葉の名は―――《再誕》"」
稲花さんが詠唱を終えれば、戦闘フィールド内が黄金色の稲穂に満たされたと同時に一瞬だけ夕暮れが映し出されたかと思えば。
その黄金色の野で歩を進めるのは巨躯の狐。尾を立てて私を見つめれば、遠吠えを上げて……その身を稲の花と蔦で飾り。
尻尾が揺れれば、本来の尾から分かたれるようにして大きな葉の尾が八つ。その姿はまさに"狐八葉"。
「おしおきです、クレハさん。アルラウネに炎は厳禁だって、知らしめます」
ムービーモードが解除されましたが、この戦闘フィールド内に展開された黄金平原のまま戦う様子。
八枚葉の尾を持った狐へと変化した稲花さんは私を見つめ、いつ飛び掛かるかかろうかと威嚇し尻尾を揺らしています。
残り時間は四分で私の体力は三割、稲花さんの体力は三割……これからが本番ということですね。
住民(ネームドNPC)達の本気。ついでに新要素ふたつめ。
想起戦はちょっと制限強めな再戦モードです。しかも明らかに以前怪物状態で戦った時より強いです。
もちろん倒せればいいものが……貰えると思いますよ?




