86.不慣れな人がフルダイブに挑戦するとこうなるんですよ
さて、今日は現実世界からお送りします。場所は祖父の家のリビングから。
「お父さん、どう?」
「……大分慣れては来てるけど、戦闘は……しばらく諦めた方がいいかもな……」
「やっぱり?」
「うん……何時ものキレが全くって言っていいほどないや……」
私とお父さんが見ているのはテレビモニターで、その隣室の和室にはフルダイブ機器を取り付けた祖父が布団の上で横になっています。
そのモニターに映っているのは、《DCO》にログインしている祖父の姿……本人曰く、今をもうちょっとイケメンにした姿だそうな白髪の老師といったキャラクターが映されていました。
ゲーム内では春菜と秋華が見守っており、祖父のキャラクターことシリュウが格闘武器を手にウサギ相手に戦っているところ。
『どうにも勢いが入り過ぎておるのかすぐ避けられるし、これくらいでも数発いれんとダメかの』
『一応これゲームだからね? よ?』
『おじいちゃん、レベルが上ったら多分できる……と思うよ』
『なるほどのう! では……頑張るとするかのう、ほあっちゃ!』
二人にゲームであると説得されつつ、兎相手に戦闘訓練をしているのですが……まあ、以前試した時に比べれば全然マシな動きです。
ちなみに察知したと思われる背後に向けての蹴り攻撃ですが、ぴょんと跳ねたウサギに華麗に回避されています。これ現実だと綺麗に蹴り抜いてたんでしょうね。
以前にも評しましたが、祖父は現実では武道の達人とも言われる人ですがこのフルダイブについての適性はてんでダメな人です。
わかりやすく言ってしまえば天性のVR適性を持つ朱音とは真逆と言っていいほど。それでも、その全然ダメだった時に比べればまだ動けている方なのですが……
「多分これ、だんだんと動けるようになった時が怖いパターンですよね」
「間違いなくな……まあでも、お前達くらいが限界だとは思うが」
「魔術とかそっち方面は絶対合わないので、その分の伸びしろはゼロでしょうからね」
どうして祖父がまたVR…このDCOにチャレンジし始めたかというと、理由は幾つかありました。
一つめは、バージョン1が始まってから度々この画面で私達の動きを見ていてやりたくなったということ。
二つめは、朱音が私達の稽古の際に見せた実力の片鱗を確かめたいのと私達とこっちでも手合わせしてみたいから。
三つめ……これが最大の要因なのですが、セカンドライフ的な事……つまり、制作業や先日解禁された農業がゲーム内でできる事を知ったから、です。
特に社員である父として最も注目したのは三つめの理由でしょう。
今までは看板であるルヴィアが攻略を中心としてそういうゲームだと発信していましたが、こういった、逆にセカンドライフ的な要素も売りにしてもいいのでは、とそのサンプルケースとするつもりでしょう。
私達としてはそうした理由で始めた後方組が増えるのであれば大歓迎ですが……戦闘を中心とした私たち攻略組は二つ目の理由が怖いんですよね。
「あ、当たった。倒しましたね」
『どうじゃ! これでれべるが上がったじゃろ!』
『お爺ちゃん、視界の隅っこに経験値バーっていうのがあってぇ、これが一杯にならないと―――』
勢いよく突き出した拳がずっと追いかけ回していたウサギにヒット。ようやく体力バーがゼロになって倒せました。
ちなみにこの一匹に十分ぐらい掛かってます。ウサギからの攻撃はオーバーリアクション気味だったり、時々すっ転げてましたが一発も当たらずに回避はできているので、ここはまあいいとします。
まあどれだけ現実では強いとは言っても、散々話しましたが適性やゲームシステムの理解については御覧の通りからっきしですからね。
私達と本格的に手合わせできるようになるまでは結構掛かりそうですね。父はおそらくあちらに帰るまで付き合うつもりだそうですが……
農業をするには万葉まで行かないとなので、ゲーム内については御覧の通りにしばらく春菜と秋華のサポートを受けるそうです。
もっとも、ズレていた感覚が矯正されさえすればサポートはほぼ不要になるのでそれ次第なのですが……現に動けば動くほど動きは良くなってはいるので、外部知識が主になるでしょう。
『うーむ、やっぱり振り過ぎてしまうのう……』
『でも動きは良くなってるから大丈夫!』
『うまく止められるようになってはきとるからの、一週間ぐらいで慣らせるか……』
「あ、あはは、流石……」
……ゲーム内での動きは本当に時間で解決するようで、問題ないようです。以前までの適性の無さは一体何だったのか。
とはいえ、こちらに来てからプラクティスで日中慣らそうと四苦八苦していた様子なので、努力の成果なのかも知れませんね。
おじいちゃんことシリュウ、何処まで早く成長するのか楽しみで仕方ありませんが……まあ、廃プレイはお婆ちゃんがいるので無理でしょうね。
それに大地主としての仕事もあるので、追いついて来れるほどのプレイ時間もまずないでしょうから……
「そういえば、朱音ちゃんと橙乃ちゃんは?」
「昨日ちょっと別件で収録して遠出してたから、もうちょっとしてからって聞いてる。なんでもお友達の伝手らしいよ」
「そっか。あはは、ちょっと前まではデビューが待たれてたってくらいなのに」
「全くそうだよ、クラスの内外からもそうだったから、大学に進んでからは周囲もがらりと変わったし」
「流石南瀬Pってところさ。後ろではご両親や橙乃ちゃんの両親も関わってるけどね……」
「最近の朱音を見てると、あとは何時背中を押されるか次第だった、みたいに見えるね」
「本当にそうだよ。ま、話を持ち掛けて実際に押したのは深冬だったけど」
「ふふふ、私も慧眼だったでしょう」
昨日は母の送迎の元、ちょっと何かの撮影に行っていたようですね。近いうちにゲーム内でも発表される事柄なのかも。
その内容は本人と付き添いの橙乃しか知らないので、一体何が起こるのやら。私も楽しみにしておきましょう。
と、父の携帯が鳴りました。相変わらず着信音は変えていないのですね……
「おっと、仕事のメールだ。深冬は見ちゃダメだよー?」
「ふふ、見る気もないですよ。内容は大方予想は付いていますから」
「もう告知も出ちゃったもんね! ま、でも中身はもっと先のところだからね、黒葉Pも手が早いものさ」
「おっと? 世界観設定の人ですよね?」
「今回はストーリーも担当してるぞ」
「楽しみですねー……それじゃ、私もそろそろログインしないと」
「頑張ってね」
私はリビングを離れて、いつものダイブ用の部屋へ。ちょうど千夏もログインの為に横になるところでした。
今日の予定はその千夏の連れていたパーティと合流し、対談をしようというわけです。
予定されている期間限定イベントでもし同じサーバーに配置されれば、すぐに組めるから、という配慮もあるのでしょう。確かにそうなればとてもいいですからね。
「じゃあ、お姉ちゃ……こほん、お姉様も神社の前にて」
「はい。他の方にもそう伝えてありますから、大丈夫だと思いますよ」
「私達は夜界の転移門前に集合して、そこから移動になりますのよ。少し待たせてしまうかもしれませんが……」
「そこは問題なく。ルナさんとカエデさんもそちらで合流なのでしょう?」
「殆ど滑り込みで戦線に加わってましたもの。それに、情報収集もあって昨日も夜界にいたようですから」
「ですか。こちらもそちらの到着を見越して、少し遅らせた時間にしてあるので」
「流石お姉様ですわ。では、私はお先に」
口調を整えたジュリアは横になり、VR機器を起動し一足先にDCOへとログイン。
私も追うようして少し離れた場所で横になってVR機器をセット。起動しオートメンテナンス終了の通知を受けてから装着して横になります。
それから、何時もするようにしてDCOへとログインするのでした。
――◇――◇――◇――◇――◇――
「っと」
ログインした所は《万葉》の町中。《夜津》さんのお宿の前でした。
昨日はコシネさんと合流した後、ログアウトするまで卵と牛乳の買い出しに協力するために《如良》と往復していましたからね。
その届けた際にコシネさんが夜津さん……というより、漆咎さんにひとつ情報を聞き出していたのを耳にしました。
曰く、砂糖は夜界地域の《ヴァナヘイム》の南方で作られているが、現在は僅かな量しか流通していない……とのこと。
おそらくこのパンケーキを食べさせるイベントが終わり次第、コシネさんはそちらに赴くつもりでしょう。
彼女もあちこちを飛び回って忙しいものです。もっともそのお陰で美味しい物を私達も食べられているんですが……
なお《如良》方面への道に関しては、私達が一昨日時点で情報を流したので結構な人達がそこで素材やらを集めているようです。
聞けば、ふわふわクラゲの素材はなんと防水効果があるとかで、明日に開催されるイベントにおいて需要が物凄くあるのだとか。
あとで主に買い集めているホーネッツさんに私も持って行くとしましょう。あとはお肉もですね。
ただ、やはりクラゲの毒コンボ、鶏と牛の攻撃は結構強烈ならしく、今でも《緊急退避》で戻ってきている人もちらほら。
物欲に惹かれるのもいいのですが、それはそれでほどほどに……というのが感想です。
「時間は……まだちょっとだけ余裕ありますが」
時刻は待ち合わせ時間より余裕はあります。ですが、こういったものは呼びかけた側が先に集まっておいた方がいいというもの。
《転移》を使ってまずは王都へと飛び、転移門広場前へ。そこから西門へと行き、神社へと直進。
今日の輸送も参加する人は多く、最初期とは人の量も違い一度に結構な数を運べるようになっているとか。
前回参加した時は荷台は五つになっており、魔物の質もかなり上がっているように見えました。もっとも、最前線ほどのレベルはないのですが。
「っと、こんにちは」
「クレハさん、今回も来てくれたんですね」
最早慣れた道を通りすれ違うプレイヤー達に注目されるのも慣れて。《夜草神社》の千段階段の下へと辿りつけば、今日の担当である《八葉の巫女》が荷物の積み込みをしていました。
今日は三人と結構な大所帯であり、鬼娘の角を持つ《陽華》さんに蛇人の特徴を持つ《桜草》さん、それに狐尾を持つ《稲花》さんですね。
桜草さんは前髪で片目が隠れ、のっぺりとした黒の長髪を持つ方です。一応、《復讐の桜》……と、ちょっと物騒な二つ名を持ちますが、ちょっと陰気なくらいです。
「はい。今日は妹も来る予定になっています」
「それは頼もしいわね、もう二台増やしても大丈夫そうかしら」
「そんなに沢山出すならぁ、今日で開店までいけるかもねぇ……?」
三人とも、特に稲花さんとはよく逢うので既に顔見知りのようになっています。ジュリアは初回の時以来は稀に来ているようですね。
ちなみに周囲のプレイヤー達は、私がジュリアが来ると言った途端に騒めき立ちました。どちらの戦線でも相当な戦果を挙げてますからね、ちょっとした騒ぎになるのも分かると言いますか。
二人だけでも陽華さんが言った通りに二台ぐらいは……まあ襲ってくる魔物次第ですけれど、守り切るのは容易でしょう。
《居合術》も《刀術》もスキルレベルは65に達しそうなくらいには戦っていますし、当然ながらジュリアも成長していますから……
さてさて、話をしているうちに私が呼んだ面々も来たようです。一番乗りはイチョウさんにサスタさん、それにアマジナさんですね。
「クレハさんー! 昨日振りです!」
「おっす。ジュリアの方はまだ来てないみたいだな」
「あっちは夜界の方から来るんだから仕方ないさ」
「おや、早かったですね。もう少ししてから来ると思っていましたが……」
「ま、遅れてくるよりかはいいだろ?」
昨日は《如良》の方で一緒にレベル上げと素材狩りに精を出していたそうなので、三人一緒に合流するのも納得。
装備もちょっと一新しているようで、サスタさんはフルプレートメイルになり、アマジナさんはどちらかと言えば盗賊のような格好になっていますね。
オーダーメイドっぽいあたり、クラフター組合に注文して仕上げて貰ったのでしょう。武器はそのままですが……
「ほおー、こんなイベントやってたんだな……」
「カルパと僕はずっと最前線にいたからね、しょうがないか」
「よお、カルパ! そっちは猫幽霊のとこ行ってたんだって?」
「おうよ! 奴らすばしっこいこった、中々当たらねえぞアレ」
ちょっと間を置いてカルパさんとタラムさんが到着。カルパさんも山賊風の格好がよりグレードアップし、メイルベアの毛皮を使った上着を被っています。
一方のタラムさんは装備の変更はないように見えて……弓のデザインが変わっていますね。こちらを強化したということでしょうか。
「さて、こちらのメンバーはこれで全員ですね」
「カエデちゃんとルナちゃんはー?」
「あの二人は《万葉》での戦いが終わってすぐ《フィーレン》に行ってたらしいので、あちら組と一緒ですよ」
「アレは俺も行きたかったんだがなあ……」
「カルパは斧の修理が必要だったからね、仕方ないさ」
《万葉》での防衛戦はかなり消耗が激しかったのもあって、あの戦いに参加した面々は殆ど武器防具を新調していました。
なので、キャスターや遠隔組はそういった次の戦線への飛び入りなど結構な無理が出来たそうですが、近接組はそうもいかなかったようです。
……まあ私に関しては《唯装》である白雲があるので。ちなみにそれでも大半はすぐに修理や武器の強化に走ったり体を休めていたそうで、一昨日昨日はクラフター組合は大忙しだったとか。
「んで、噂の妹さんとやらは?」
「ええ、もうすぐ時間ですから……ほら、来ました」
現時点の《来訪者》達でも唯一の《竜人》が、今日に限っては堂々と五人を引き連れて歩いてきました。
自信満々の顔に紅玉色を基調とした装備、同色の尻尾、髪、そして角と瞳。久々に見ますが、その自信たっぷりと言った威風はひとつも変わりないようですね。
「お待たせしましたわ、お姉様!」
おじいちゃん、育てた孫達に触発されたようです。いつかきっと対人の強敵として二人の前に立つでしょう(予定)。
だいぶ調子が乗って来て文字数がだんだんと増えてきました。良い傾向です(?)
とはいえ一話あたりのノルマは決めてあるので、大幅にオーバーする……ということは恐らくないと思いますが。
次回からしばらく大多数のキャラクターを同時に動かします。ソロプレイ寄りになりそうとはなんだったのか……(2回目)




