85.パンケーキ!
《幻双界》の《ミッドガルド》にあるアズレイア王国は、《九津堂》の代表作であり超大作にも登場した王国。
その王国の姫君であり聖女、《アメリア・フォン・アズレイア》。詳細は私達と比類するほどやり込んだルヴィアに譲りますが、そのキャラクターの姿がルヴィアの配信に出てきていました。
「……こちらだと《悪魔》なんですね」
「元が聖女だっただけに、ちょっとびっくりですねー」
ルヴィアの配信を同時視聴する私とイチョウさん。《セイサガ》についてはイチョウさんもプレイしたらしく、知っている人物の登場に目をキラキラと輝かせています。
私も目を輝かせるほどなのですが、やっぱり元が人間の少女だったので、その分どうしてこちらだと悪魔に……とそちらの方に思考が寄っていってました。
……それと、手元からは香ばしい肉の焼ける香りと肉汁が鉄板の上で跳ねる音の方に意識を向けつつ。
流石にここまでついて来てくれたんですから、焦がしてない、しっかりと火を通したものを食べさせてあげたいですから。
さて《如良》に辿り着いた私達ですが、ルヴィアの配信を眺めるのに併せて街の人からようやく外からの救援が来たとの歓迎を受けました。
《万葉》から離れた場所でもあるので、現地の人達からしたら何時助けが来るのか不安で仕方なかったのでしょうからね。とはいえ私も卵と牛乳を目当てに早々に来ただけ。
こちらの情報を持ち帰れば、早期に人もどんどん集まって来るでしょう。何せ、外は鶏と牛がいますからね。
真っ先に向かった商店で、とりあえず出来るだけの卵と牛乳を購入。商店の方には驚かれましたが、事情を話せば納得してくださりました。
そしてログアウトする時間も近づいてきたので、今日はルヴィアの配信を眺めつつ……ここまで付いて来てくれたイチョウさんにせめてものお礼とステーキをご馳走してました。
「……はい、できあがりですよ」
「わー……クレハさんの料理……まさか食べられる機会に恵まれるとは……いただきますっ!」
皿に盛った厚切りの牛ステーキをイチョウさんに差し出せば、すぐに箸を手に取ってむしゃむしゃと食べ始めました。
乱雑にではなく、端からもきゅもきゅとゆっくりですけれど。ジュリアは雑に噛みついて食べてしまうので、なんだかこれも新鮮というか。
フリューとルプストはああ見えてナイフとフォークで丁寧に切り分けて食べますし、ルヴィアとミカンも言わずともがな。
「……《バージョン1》のタイトル、ようやくお披露目ですか」
視線をルヴィアの配信へと戻せば、昼王都の城門前。暗く焦りの見える《悠二》さんが口にした言葉。
『紗那と夜霧は、今朝失踪したんだ。……たぶん、函峯だろうな』
ルヴィアが聞き、配信によって周知された途端に告知が届き……《Dual Chronicle Online ver.1》の昼編タイトルが《─猫怪暮聚の函の関─》と明かされました。
函の関、おそらく《バージョン1》決戦の地である《函峯》を指しているのでしょう。
そして猫怪暮聚とは、夕刻に"猫"が何処からともな集って来る様のこと。
そう考えれば……猫幽霊の発生、《火車》である《雫》さん、同じく猫である紗那さんと夜霧さんの失踪と、確かに猫が集うことになっていますね。
考察をしながらぼんやりと配信を眺め、とある言葉を脳裏に蘇らせます。
『にゃあも相当走り回っているにゃあからね。もし、にゃあがそうなった時は……頼むにゃあよ』
バージョン1の初日、夜霧さんに頼まれた言葉。
こんなにも早く覚悟を決める準備をさせられるとは思っていませんでした。
ですが……頼まれたのですから、その約束はきっちりと果たさないといけない。だから……汚染によって魔物と化した彼女と戦いましょう。
「夜霧さん、ちゃんとお約束は果たしますからね」
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さて翌日。イチョウさんは集まりのある日までこの辺で狩りをするそうです。
理由は新しい魔物である牛と鶏への対応を早期から学びたいということと、素材を集めて高値で売り捌きたいからなのだとか。
昨日にジュリア主催の顔合わせのついでにここの情報を面々に伝えたところ、サスタさんとアマジナさんのペアがこちらに向かっているとのこと。
現地イチョウさんと合流してレベリングを行うつもりなのだとか。他の四人は現在は《猫幽霊》を見物しに行っているとかで、近いうちにこちらに来るそうです。
私はというと……ログインして早々に《転移》して《万葉》へ。到着するなり、物流の再開した商店で《小麦粉》を購入し、真っ直ぐある場所へと向かっていました。
「《夜津》さん、《漆咎》さんいらしゃいますか?」
現在最優先で処理しなければいけないであろうイベント、夜津さんへのパンケーキイベント。
その約束を果たすために一路夜津さんと漆咎さんが滞在する宿へと向かったのでした。
いつも通りのログイン時間なので、外で待っている……ということはなく、屋敷の中にいるので来てほしいとのこと。
まあ食べるにしても彼女達の身分もあって、茶店でもないのに野外はちょっと、というところですからね。
ちなみにこれに当たり王都にいるコシネさんにも連絡を取っておいたので、今後はそちらに買いに行くでしょう。たぶん。
宿に私の声が響いた途端、物凄い勢いで駆け出す音……と同時に、真上から声がしました。
「ぱん」
「?」
きょろりと見渡す姿がないのでその上、天井を見れば、明らかに異質な真っ黒な魔術陣が真上に描かれており、
「けぇき」
「っわぁ!?」
その魔術陣からぬっと夜津さんが逆さ吊りに上半身を生やし、そのまま出て来てすとんと一回転しながら着地。
「はやく」
そして作ってくれるまで逃がさないと言わんばかりにぺたりと私の腕にくっつきました。
「あわわわ……び、びっくりしました……」
急にホラーのような登場をしでかした夜津さんですが、ぴったりとくっついてからは無表情な顔をこちらに向けたまま。
早く作ってと言わんばかりですので、顔を引きつらせつつ先日案内された記憶を頼りに夜津さんが寝泊まりする部屋へと歩き始めました。
歩き辛くするということはなく、ただ腕にしがみついているだけ。
少し遅れて奥から漆咎さんが走ってきて……夜津さんの姿を見れば、ほっと落ち着いた顔を見せました。
「申し訳ありません、夜津様が……」
「いえ、その……少し驚きましたけれど、大丈夫ですよ」
結構漆咎さんもびっくりしたようで、息を切らしている辺りその慌てようが察せます。
……と、ふと思いましたが。こちらの住民の方がこういった転移を使ったのは初めて見た気がするのですが。
サクさん達ですら使えるとは言っていましたが使おうとしませんでしたし、先のアメリアさんも飛行及び徒歩での移動だったと聞いたので、使える人が少ない、或いは汚染もあるから使えない……?
それに、汚染を気にしない状況下で魔術を使う姿を見たのも初な気がします。試合をした悠二さんと《遮那姫》さんはまた別にするとしても……
また聞くべき事が増えた気がします。それを聞き出すためのパンケーキでもあるのですが……
「ついた」
「ええと、調理器具の方は……」
「はい、持っているので大丈夫ですよ」
部屋に入ればようやく夜津さんが離れ、テーブルの上座へとちょこんと座ります。漆咎さんは気遣うように聞いてくれますが……多分調理キットのことでしょう。
私はそのまま調理キットを広げて、材料をインベントリから出し……そっと漆咎さんが何処かで買い集めて持っていたであろう砂糖を渡してくれました。
砂糖はそのうち私も欲しいですね。もっとも、コシネさんが半日後に王都での用を済ませてこちらに来るそうですから、彼女がきっと聞くでしょう。
「では……しばらく待っていてくださいね」
調理キット付属のレシピブックから調理方法を検索……すると《ある王族のパンケーキ》なるものがありました。
しっかりと作ると蜂蜜またはメイプルシロップが必要になるようですが……それを使わない部分であれば再現可能なようです。
とりあえずまずクリームを作るところから……それに、生地と……やることが多い……
「わくわく」
調理を進める私をじいっと見つめる夜津さん。相変わらず笑ったりもしませんけれど、とても待ち遠しくしているのは伝わります。
ところどころ漆咎さんが手伝おうとしてそわそわして、立ち上がろうとして夜津さんや私の視線に気づいて座り直すのが何度か。
話の通りであればこれは漆咎さんの仕事だったそうですから、なんだかんだと落ち着かないのはわかる気もしますけれど……
調理を始めて三十分ほど。クリームを作ったりで少し時間を取りましたが、ようやく三枚重ねのパンケーキが出来上がりました。
皿に盛りつけて、ナイフとフォークを添えて……夜津さんの前へ。ほぼレシピ通りに作りましたし、ジュリアへもよく作っていたので大丈夫……なはず。
「いただきます……!」
夜津さんがナイフとフォークを手にすれば、嬉しそうに両手を上げてから食べ始め……まずは一口。
途端、ずっと動かなかった表情が動き少女らしい笑顔を浮かべ……その様子に漆咎さんもようやくほっとした顔を浮かべました。
もしかして、パンケーキを食べる時だけ表情が緩むとかそういうこと……なのでしょうか?
「うん、おいしい」
「お口にあったようで何よりです」
頬を膨らませながらもきゅもきゅと食べる夜津さん。ここまで執着するほど好きなのであればなんというか納得です。
そして予想はしていたその一言を聞くことになるのでした……まあ、その為にコシネさんを呼んだのですから、いいのですが。
「もっと食べたい……」
「大丈夫ですよ、もう知り合いの調理師に声を掛けてあります。半日後にこちらに来るそうですから」
「ほんと?」
「本当ですよ。私よりもっと美味しいものを振る舞ってくれるはずです、ただ、人間の方ですが……」
「にんげん……クレハの知り合いなら、たぶん、大丈夫」
「いざとなればこちらで対応しますので、ご安心してください」
ちゃんと口に含んだ分は飲み込んでから返答をするあたりはしっかりしている様子。
コシネさんは人間の方でこれまでの夜津さんの対応を見るに少し不安でしたが、漆咎さんも対応してくれるようです。それなら安心ですね。
と、ここでイベントが発生しました。
○パンケーキが食べたい
区分:キャラクタークエスト
種別:サブストーリー
《万葉》に休暇に来ている夜津姫が大好物のパンケーキを食べたがっている。彼女の機嫌を損ねないように、お付のメイドである漆咎に代わって美味しいパンケーキを食べさせてあげよう。
特記:パンケーキの材料は各地で販売されているが、《砂糖》については同伴NPCである漆咎から支給される。
報酬:???
……なんともストレートですね!
報酬不明ですが、これは何か貰える……と解釈はしてもいいのでしょう、多分ですが。
区分も初めて見るものですが、ひょっとしたらこれもグランドクエスト絡みの可能性も……無きにしも非ず、ですね。
「クレハ、もっと食べたい。いい?」
「はい、コシネさんが来るまでであれば……その代わり、お話を聞かせて貰っても?」
「かまわない」
気が付くと、夜津さんは結構大きめに作ったパンケーキをあっさりと完食していました。ジュリアでこれで満腹になる量だったのに……
引き換えにお話を聞かせて貰えるとのことですし、まだまだたくさんの材料が手元にあるので次を作り始めるとしましょう。
牛乳をボウルに入れて、生クリームを……普通ならこれだけだと出来ない筈なんですけど、レシピ通りであれば何故か作れちゃうのでそのまま作りつつ。
「他の姉妹の方は、今どちらに?」
「……たぶん、長女は夜界のどこかでぐっすり寝てる。そういうひと」
「あの方は粗雑ですが、慕われていますから。多分部下の方々と一緒に休まれているのかと」
「逢おうと思うと夜界の方ですか……」
「完全に姿を眩ませてる次女よりかは、ましかも」
「……姿を眩ませてる?」
「あれは臆病でちょっとひねくれてるから。でも悪い人じゃない、姉妹の中で一番弱いけど」
「それは……次女様が聞いていたらまたいじけますよ?」
「本当のこと。自覚してるから、頑張ってるところある」
まずは夜津さんの姉妹……《蛇姫姉妹》の話から。長女の方は夜界にいるそうで……しかも部下もいるんですね。
こちらに関してはジュリアが何処かで遭遇するかも知れませんから、あとで伝えておくとしましょうか。
次女の方は行方不明……まあ、散々な言われ様をしていますが、そのうちひょっこりと顔を合わせることになりそうです。
「三女はわたし。で、妹は……」
「城の方には帰ったという話は聞かないので、どこかをふらついているのかと思われます」
「じゃあたぶん、《東海道》のあそこにいるね」
「そんな近くに?」
「知り合いがいるから、ってよく遊びに行っているところがある。私もたまに行く」
「じゃあ多分、次に会うことになるのはその人になりそうですね……」
「まず、餌を用意するところから、になると思う」
「……餌ですか」
「うん。それがわかれば、すぐに出てくる」
四女の方も散々な言われ様ですね!? まあ、話に聞くに姉妹の中でも突出した力の持ち主である夜津さんの視点からだとは思うのですが。
そうして様々な事を聞き出しながら、コシネさんが来るまでパンケーキを夜津さんにご馳走し続けました。
……はい、この子。コシネさんが来るまでにおおよそパンケーキを四十枚ほど平らげてなお、コシネさんの腕を試すようにまだ追加注文をしていました……
夜津「あと倍は食べれる」
姉妹達については今後出てくる予定です。いつになるかは……お楽しみという事で。
末女に関しては登場するであろう時期をもう告知しちゃってるようなものですけどね……