83.まだ"待て"ですよ
《万葉》の防衛戦が終わった翌日。まだ昨日から残る戦勝の熱と住民達が取り戻した活気で街は賑やかさを取り戻していました。
防衛戦で持って来た資材の撤収作業や新たな冒険を求めて戻る人達と、王都とこの街の間の行き来がしやすくなったため、王都から運ばれる資材などで街の西側出入口は人でごった返しています。
さて、そんな中私はどこにいるかというと……
「……ぱん、けーき」
「ええっと、今から《如良》に行って牛乳と卵を頂いてきますから、それまで待ってくださいね……?」
「なるべく、はやく……」
街の南側、こちらから先にある《如良》へと繋がる道です。海沿いに向かうとあるとかなんとかで、ログインして早々に出立の準備を整えて向かっていたところ。
街も騒がしくなっていますから、それはもう当然の如く《夜津》さんがいつものように《漆咎》さんを従えて私を待っているのは当然の事でした。
……そんなわけで、出発前に頬を膨らませる夜津さんに捕まってしまったのでした。
「何とか夜津様を宥めておきますので、どうか……」
「ええ、約束ですからね。お任せください」
夜津さんの二歩後ろに立ちつつ、申し訳なさそうな顔を浮かべる漆咎さん。この人も苦労人なのでしょうか……と、思いつつもそこまで嫌な顔はしていませんね。
専属だと聞いていますから、ある程度慣れてしまっているのでしょうか。そう思うと夜津さん、こう見えて意外とワガママ……?
「《如良》への道中は、毒を持つクラゲがいるとのことなので解毒薬を常備するのをお忘れなく」
「おっと、ここでようやく敵も状態異常を繰り出すようになり始めますか……わかりました、準備しておきま―――」
そう返事をし掛けたところ、後ろから声を掛けられました。昨日も聞いた声なので、とてもわかりやすい声で。
「ヒーラーが必要と聞きました!だとしたらこのイチョウを是非!」
……おかしいですね、ついさっきまで誰もいなかったはずでしたが。すぐ後ろに笑顔を浮かべたイチョウさんが背後に立っていました。
それは置いておくとして、確かに薬を多種持ち歩いて荷物を圧迫してしまうよりかはいいのですし。
特段何かしら厄介と言うわけでもないので、彼女がいいと言うであれば連れていきましょうか。腕も確かですから、ひとりで行くよりは良いでしょう。
「……だれ?」
「あはは、昨日の戦闘で知り合った私と同じ《来訪者》で、イチョウさんです」
「……ふぅん」
この通り、《進化》をしていないプレイヤーに対しての夜津さんの態度は無関心そのものであり……目線で観察するに留まっています。
だからと彼女から何をするべくもなく、本当に観察しているというところに留まっているというか……目と言葉以外に感情が無いので、その辺読み取り辛いというか。
「えっと、彼女が件の夜津さん……で合ってますか」
「その通りです。今からこの道の先にある《如良》に行くので、イチョウさんがよろしければ同行して貰ってもいいですか?」
「是非! クレハさんの頼みなら喜んで!」
「あ、あはは……それではパーティ招待をしておきますね」
ひとまず、イチョウさんをパーティに誘います。レベルは昨日聞いていたのと、防衛戦でレヘルが上ったのでしょう、30レベルでした。
私も一応レベルが上がって33になっています。防衛戦で戦った魔物のレベルから考えると、おおよそここから先にいるのは25から30あたりのレベルの魔物がいるでしょう。
30もあればそう困る事もないので、ある程度気を抜いても大丈夫でしょうね。
「それでは私達は行ってきますので、待っていてくださいね」
「はい。道中お気を付けて」
夜津さんと漆咎さんに見送られながら、《万葉》から出立。海沿いの道をこれからしばらく歩くことになります。
漆咎さんの話通りなら、陸にもかかわらずクラゲの魔物が浮いているそうですが……まだしばらくはセーフティエリアなのか、魔物の影ひとつ見えません。
「夜津ちゃん、本当にお人形さんみたいですねー」
「えぇ。まともに会話が成り立ったのが私とルヴィアくらいですから、おそらく《進化》をしないとまともに会話してくれないでしょうね」
「そうなんですねっ、私も早く進化したくてあれこれ調べてるんですけど……」
「現状だと住民の示唆くらいで、実際のルートはまだ未発見……でしたか」
「はいー、掲示板にも全然……しばらくはレベル上げるしかないですねー」
現在進化の条件がほぼ明らかになっているのは、《夜草神社》で《翠華》さんに言われた《アルラウネ》と《ドリアード》。
そして《神奈》さんが試練を用意しているという《龍人》および《竜人》、ルヴィアがすでに進化しており《唯装》を手に入れた《妖精》と《エルフ》が進化できる《精霊》。
示唆に留まれば、先日ほんのりとルヴィアの配信で《セレニア》さんが口にした《魔族》からの《悪魔》への進化に対する適性……くらいですかね。
まだ《バージョン1》と言えど始まってまだ二週間目。まだまだ情報は出て来るので、それを待たないと、ですね。
「そういえば、イチョウさんは何の経由で私を?」
「はい! 最初はルヴィアさんの配信で初めて出てきた時に、ですね。一目惚れしちゃいました!」
「えーっと……具体的に、どういったところに……?」
「クレハさん自身に! です! ちゃんとアーカイブも全部見ました、本当に格好良かったです!」
「は、はあ……」
目を輝かせながら尻尾をぱったぱったと振って……はい、やっぱりフリューと同じ香りがします、たぶんいい子だとは思うのですが。
後衛の武器であり、かつヒーラーを選んだのも、多分ですけれど私達が前衛専門なのもあるでしょうね。
しっかりとレベルも最前線に追いつい来ている辺りもしっかりとした腕がある証拠ですし、信頼はしても大丈夫なのでしょう。
「肉ロードにも行ったと聞きましたが……」
「はいー……折角クレハさんを見つけたので、追い掛けたのですが……」
「あそこはレベルが高いですからね……」
「狼の群れに追いかけられながら、最初の祠までは辿り付いたんですけどそこから先がレベルが足りなくて……」
がっくりと肩を落として、うぅ、と涙目。結構な廃レベリングをしたと聞きましたし、武器の不得手もあったでしょう。
私があの辺りで戦っていた時は、大抵はジュリアと一緒でしたからね。弓を握っていてもジュリアが前衛を務めていてくれていたので、大して不便を感じませんでしたから。
「ですけどっ、そこで頑張ってレベルを上げました! もう狼でも鶏でもなんでも来やがれーっですよ!」
「あはは……基礎を学ぶにもちょうどいいところですからね。しっかりと見せてくださいね」
「ぜひぜひっ! 昨日はヒーラーに専念していましたから、しっかりとお見せしますからねー!」
今度はわーい、と喜びの笑顔。コロコロと表情が変わるのはちょっとわかりやすいですし面白いですね。
ジュリアよりも素直なのも……ですね。変にお互いがお互いの動きを見ている訳でもありませんから、その分気が楽とも言いますか。
と、雑談に話を咲かせながら歩いていれば、ちらほらと魔物の影が見当たり始めました。
「……わ、ホントにクラゲが浮いてますね……」
「海辺なのはわかりますけれど、これはこれでちょっとシュールな光景ですね……」
セーフティエリアから出てしばらく、砂浜の方を見ればふわふわと半透明のクラゲが宙を漂ってきました。
この海岸沿いにぷかぷかと風船のようにまばらに浮いているようで、なんというか……ちょっと幻想的に見えますけれどあれも魔物なんですよね……
早速ちょっとステータスを見てみましょうか。黄色と青色の二色のクラゲがいますね。
ふわふわアオクラゲ Lv.28
属性:水
状態:汚染 浮遊
ふわふわビリクラゲ Lv.28
属性:雷
状態:汚染 浮遊
なるほど、珍しい雷属性持ちですか。そして新しい状態、浮遊……まあ、浮いているということで良さそうですね。
地面タイプの技はききませーん、というわけではないでしょうけれど、一定の高さにまで届かない一部の攻撃は届かなさそうです。
「あれだけふわふわと浮いていると弓の方が狙い易そうですね……イチョウさんの得意属性は?」
「はい! 私は風属性が得意属性になります!」
「なら、アオクラゲをお願いしてもいいですか?」
「お任せあれですっ!」
というわけで私は《八卦・土》を使い、武器を弓に持ち替えます。不足する属性を万能にカバーできるので、こういう時の《八卦》は非常に便利ですね。
弓を握るのも久し振りですが、こちらの弓はガインさんに《鉄弓》を元に改造して貰った《獣牙鉄弓》です。
改造して貰ったと言っても、肉ロードや万葉防衛戦で獲れた各種素材で彩っただけなのですけれど。それでもちゃんと威力も上がってるのが流石というか。
「では、毒を持っているとのことなので気を付けてくださいね、っと」
手近な黄色いクラゲ……ビリクラゲへと照準を定め……《ストレートショット》。
放たれた矢は土色のエフェクトを伴いながら真っ直ぐと飛び……ビリクラゲを撃ち抜きました。一射目のダメージは三割ちょっと、それなりでしょうか。
射かけたことでこちらに敵視が向いたのでしょう、ダメージを与えたビリクラゲがふわふわとこちらに寄って来ました。
寄ってくると……大きさはよく店頭などで配られる風船よりちょっと大きいくらいですね。
近くにまで来れば風鈴のようにも見え、二本の太い触腕を伸ばし、ぶんぶんと振り回すような攻撃を仕掛けてきました。
「おっと。迂闊に近づかれると面倒臭そうですね……っ」
幸い動き自体はゆっくりなので避けやすいのですが、様子を見るのに近づけ過ぎたようです。それに、意外とこの触腕は射程があって初見はちょっと厄介かも知れません。
後ろに飛び下がって数発ほど射掛けて仕留めます。アーツを使わずともあっさりと簡単に倒せたところを見るに、体力はそこまでなさそうです。
……多分、厄介なのは漆咎さんも言っていた毒なのですが……
「わわわっ、クレハさん気を付けてください! なんだか吸い上げるような動きをした途端真下に毒を作るみたいですっ!」
「わかり、ました……が、えーっと……?」
イチョウさんの方を向くともう既に二体のクラゲが仕留められていましたが、彼女の言った通りその近くにはちょっと濁った水溜りが出来ていました。
多分これ……でしょうね。もう一体へとイチョウさんがアオクラゲへと矢を射掛けて敵視を貰い、寄って来たところで……
アオクラゲはまるで空気を吸い上げる様な挙動をした後、その真下へと向けてべちゃりと水を吐き出して水溜りを作りました。
なるほど、多分下手に範囲攻撃でもして複数を反応させるとこの毒の空中爆撃を喰らう訳ですか……試しにちょっと触れてみましょうか。
「毒の正体は《水毒》ですか……長時間触れなければスタックしないみたいですから大丈夫そうですね……」
「倒すなら一体ずつですね……気を付けて狩りますよー」
試しにアオクラゲが作り出した水溜りに触れてみたところ、《水毒》の状態異常が付きました。とはいえ、触ったのは一瞬でしたからすぐに消えてしまいました。
《水毒》の説明は、そのまま水属性の毒のことですね。ただ、こちらは《水毒》を付与する源に相手に触れさせた時間が長ければ長いほど持続時間が長くなるようです。
水溜りの持続時間は一分くらいとなると……おそらく直撃したら丸々一分間はこの《水毒》に悩まされるということですね。
毒のダメージ量はそれほどでもないですが、長く付与はされないようにしないと。じわじわと減らされて戦闘不能になり《緊急退避》、ただいま《万葉》は避けたいですし。
「ほい! ほいっ! 一匹ずつに絞ると楽ですねー」
「とはいえ、足を止め続けているわけにはいきませんからほどほどに……」
とりあえずあと数匹落としたらまた進みましょうか。採れる素材は……おや、これはまたガインさん達、特にホーネッツさんとハイムさんが喜びそうですね。
ふわふわクラゲから取れたのは《半透明のゼラチン》二色と《水毒液》、《痺毒液》。これがあれば状態異常に特化した武器も作れそうです。
……後者はまあ、触るとどういった状態異常になるのか容易に想像が付きますね。引っかかったら大惨事もいいところでしょう。
「黄クラゲの毒液はおそらく麻痺付きなので気を付けてくださいね」
「はいっ! ヒーラーの私が落ちたら大惨事ですもんねー」
「って言いながら青クラゲ、ばしばし落としてますね……」
「素材屋が喜びそうな素材は沢山! 取っておくのが! いいと思います!」
確かに言っていることは間違ってないんですけれどね……私も毒液から毒矢が作れそうですから、それはそれで面白そうなのですが。
……まあその、射掛ける相手が相手によっては住民が汚染によって魔物化してたものだったりするので、ちょっと躊躇われるものはあるのですけれど。
イチョウは後方支援特化型で、パーティさえ組んでいれば存分に実力を発揮するタイプです。
また、クレハの追っかけという立ち位置なので今後も出番は多いかも……?