80.《万葉》戦線進軍中
この回から敵の呼称をMobから魔物に切り替えています。ご了承を。
《万葉》の前線に参加して四日目、《バージョン1》開始から十日目ですね。
「……《氷針》!」
近寄って来たMob……というより、住民達曰く"魔物"を《八卦・氷》で属性付与された《三日月》が変化した《氷針》によって《連唱》で串刺しに。
地面から直接突き上げるように氷柱が飛び出るので、《八卦》で変化した遠隔攻撃の中では最も使いやすいんですよね。
もはや手慣れたような狩りの様相ですが、この最前線も大きく進み、この《万葉》グランドクエストも最終盤を迎える頃合いになりはじめました。
「よし、こっちはオッケーだ!」
「よく単独で持ちこたえてくれたな……」
「これくらいの魔物の量でしたら、一人でもなんとか」
「流石クレハさんだよ!」
私のやや後方で、このグランドクエストにおける第三段階……防壁構築に参加していたクリヌキさんを筆頭としたクラフター組合の面々からの声が上がりました。
他にも数パーティほどこの構築中の防壁の防衛に参加した面々はいるのですが、私は特にパーティを組まずに結構広い範囲を担当していました。
《飛行》による機動力と先も見せた通りの《氷針》による遠隔トラップ、それと―――
「《八卦・闇》―――《闇霧》!」
近寄って来ていた大熊に対し、属性不一致となりますが闇属性へとチェンジ。《瞬歩》で懐に潜り込んで文字通り黒い霧を掌から噴射して大熊を呑み。
バックステップで離れて間合いを少し取って体勢を整えているうちに、大熊を包み込んだ霧が継続ダメージを与えつつ、その分私の削れていた体力をじわじわと回復させていきます。
これが何より長く前線にいられ単独で維持出来ていた秘訣であり、この《闇霧》を使う事でポーションの補充を極力抑えて継戦能力を高めれるのです。
適度に削ってこの《闇霧》を付与し、別の敵に向かっているうちに負ったダメージを回復しつつ撃破できるので複数体の相手も楽なんですよね。
「とどめ!」
刀を納め、ある程度削ってから《剣閃一刀》。昼界の夜でも分かりやすいほど黒紫色の光に包まれた一閃が煌めき、大熊を両断しました。
体力も全快であり、防壁の構築を終えた後方の撤退も始まっているようです。となれば、私も一旦の撤退をしないとですね。
「迅速に撤退してください、グランドクエストも最終段階に移行しました」
「お、進んだか! よーしじゃあ非戦闘員の俺達はスタコラサッサだぜぇ!」
「はっはっはー! まるで長篠だぜー!」
柵と防壁を作っていたクラフター達が一気に撤退を始めます。私達防衛隊も完了の報せと同時に撤退。
魔物達も私達が引けば後退をし始めた模様。防壁の完成もあるのでおそらく後続と合流し、作り上げた防壁を打ち破りに来るつもりでしょうか。
ということは、次の襲来までは時間もある筈なのでその間にこちらも手勢を集めろということでしょう。
私も軽く《飛行》しつつ、出来上がった防壁の背面へ。一番乗りー……ではないようです、先に引いた面々も固まっていて、柵越しに魔物の群れが引き切るのを見届けている様子。
「完全に引いたってことはー……第三フェーズの《防壁構築》は完了して、最終フェーズに移行したってことでいいのか?」
「クエストの内容変化を見てもその通りですね、既に最終フェーズ《勢力域奪還》に変わっています」
「内容はー……ほぼ殲滅戦みてえなモンか。掲示板に上げて人を募るぜ」
「その方がいいでしょう。おおよそ早くて明日にはこちらに再度襲撃が来るみたいですから、人を集めるなら早い方が良さそうですね」
「今なら《転移》移動に関しちゃ《万葉》未開放でも、王都から歩けば半日くらいでこっちに来れるからな。ちょうどいいって事だろ」
まるで山賊のような格好をした人間のプレイヤーが掲示板に書き込み、メガネに弓を携えたエルフ青年が遠目に魔物達を眺めていました。
防壁の後ろには簡易的な投石器が拵えられており、いざというときはこちらで応戦するとのこと。流石に長篠と言っても《魔銃》の解放はまだですからね。
基本的には長射程の攻撃を行えるプレイヤーは主にここで防衛に当たるようです。今回私は一気に前線へと突貫する気満々なので、後ろにいるつもりはないのですけれど。
「それにしても多分明日は……」
「まあベータ組は慣れてるとはいえ、昼界は完全に日暮れから深夜、明朝に掛けての決戦になるね」
「問題ねえだろ、タラムは防衛組で俺達近接組は前線で暴れりゃいい」
「カルパはすっ転ばないようにね。タンク向きのステータス振りしてるとはいえ、それでも受け続けると危ないんだから」
「わかってらぁ!」
ある種問題があるとすれば、明日にあるとされる襲撃はちょうど《幻昼界》における夜、陽の無い時間帯の戦闘になるんですよね。
昼界の夜の時間は短く、たったの四時間。襲撃は明日の夕暮れ時からなので、始まって数分もすれば夜に移り変わります。
夜間で戦闘を行うとしても、支障がない程度の明るさは保たれているので、戦闘に影響はないは思いますが。
ちなみに山賊風で鈍器を武器にする大男がカルパさんで、弓使いエルフの青年の方がタラムさん。外見が似つかわしくない二人ですが、普段はコンビで活動しているとか。
二日前くらいからこの防衛線を共に戦っており、いつのまにやら顔見知り(先に相手の方が知っていたそうですが)になってフレンドになっていました。
「今日のところは街に引いても良さそうですね。壁には寄って来ませんがちらちらと魔物はいるみたいなので、《浄化》の手伝いに回っても良さそうですが」
「じゃあ、僕はちょっと《聖水》の材料集めでもしようかな」
「なら俺も行くかあ。クールダウンする前に体力をある程度使い切っておかねえとなあ」
「私は少し補充をしたいので下がりますね、MPポーションがちょっと心許ないので」
「ま、あんだけバガスカ撃ってりゃあなあ……んじゃ、俺達はちょいと行って来るぜ」
「またね、クレハさん」
「えぇ、また明日にでも」
二人と別れて街の方へ。四日も滞在していれば《万葉》の街並みももう見慣れた風景になってきました。
《夜津》さんとすれ違うのも何時もの事ですが、時々進捗を聞かれるのもいつもどおり。
……やっぱり普段通りにしていればただの人懐っこい女の子なのですけれどね。どうにもあの悪寒の正体がなんだったのか聞き出せずにはいますけども。
「店売り……でもいいですけど、やっぱり組合に行かないとですよね……」
やはり長く街にいて、かつ王都と往復していると住民達の顔色が全然違うんですよね。王都の方は活気がありますが、こちらは最前線ということで落ち着かない人が多い様子。
それに、やはり流通も滞ったままなのか良質なものを求めるとやはり王都に飛ぶしかないんですよね。ある種、当然の事ではあるのですけれど……
明日の《勢力域奪還》が終われば次の街への道が解放され、ここも活気が戻るでしょう。それまでは頑張らないと。
とりあえず補充のために王都へと向かいましょう。というわけで、《転移》を使うために街の入り口へ。
カルパさんの掲示板の書き込みを見たのか、こちらに移動し始めている人がちらほら見えますね。こちらとしても人を集めないとですから、願ったり叶ったりですが。
そんな中に、見知った顔もいるわけですが……
「あっ、クレハー!」
「おや、フリューにルプスト。もう来たんですか?」
「うん。ルヴィアが来そうなところに暴走天使あり、だよ!」
「なんだかんだ気に入ってるわよねえ、そのあだ名。でも行き先にいない事も多々……」
「それは言わないでえ……」
「あはは……」
足も耳も早い事で、幼馴染の二人であるフリューとルプストはもうやってきた様子。フリューの杖……なんがゴツくて禍々しいんですけど。
ルプストは大分あちこち飛び回って《魔銃》に関する情報を集めている様子。最初に解放するのはルプストになりそうですね。
「そういえば、例の《サナ》ちゃんに逢ったわよお。《フィア》と《セレニア》ちゃんねえ」
「えっ、ジュリアが組むと思ってたんですが、先に組めてしまいましたか」
「そうよお。私達結構似た役割同士だからちょっと不安だったけども」
「逆にすっごい意気投合できるくらい息が合って、受注した依頼全部サクサク!」
ふふん、とフリューが少し自慢げにしています。フィアさんとセレニアさんは夜界側での最初に現れたサナのペアですね。
二人共が《バージョン1》の夜における案内人でありキーキャラクターで、金髪神官のフィアさんは回復術士で黒髪魔女のセレニアさんは攻撃特化の魔術師ですね。
《冒険者組合》の依頼を受けた場合のみにランダムでパーティ申請されるそうですが……運よくこの二人は引けたと。
冷静に考えれば、超火力のルプストとセレニアさんを守り切れるフリューですし、フィアさんの加入でタンクとヒーラー両方をこなすフリューの役割が片方に絞れるのであれば相性抜群でしょう。
依頼がサクサクとこなせたというのも納得です。役割も根元が似通っていますから、意気投合するのもわかりますし。
「フレンド登録もしたから、多分進展がある時はお誘い来るかも? かしら?」
「それはいいですね……ジュリアは別の《サナ》と知り合って、その子の専属で動いてるみたいですし」
「わ、それはそれでいいなー……ジュリアちゃんに逢ったら紹介してもらお」
ちょっとだけフリューが羨ましそうな顔を浮かべます。たぶん、自分が知り合いになればルヴィアにも紹介できるからとか考えてそうですけど。
ルプストはというと、ぐるっと周囲を見回してから私をつつき、にやーっとしつつ聞いてきました。
「……っとお、この街にまだ例のクトゥルフガールいるのかしら?」
「夜津さんの事ですか? 彼女なら宿の方にいるとは思いますけど、早々逢ってくれないと思いますよ」
「そんなー」
「私も最近は街ですれ違った時に二、三ほど話すくらいですから。もう少しイベントを進めたら、パンケーキを持って行くとお話できるかも知れませんよ」
「パンケーキねえ……フリューに作らせてみようかしら」
「うー、ルヴィア以外に作るのは気が引ける……」
「だそうですけど?」
「仕方ないわねえ、今は諦めるしかないわね」
フリューも頑固ですね……まあ、ルプストもお菓子、特に洋菓子は得意なんですから自分で作ればいいのに。単純に手が回らないのでしょうけども。
夜津さんは見知っていれば挨拶はしてくれますが、その他自分の興味を示さないものに対しては見向きもしないのは彼女と街を歩いていて知った事です。
ルヴィアと私、ジュリアの話については興味を示したあたり、まずは《進化》をしないと話し相手になってくれる気すらしません。
実際にカルパさんとタラムさんと一緒にいた時に彼らを紹介してみましたが、「ふぅん……」という興味なさげな声を漏らしていましたから……
なので、他に会話の切っ掛けとなるなら……彼女が大好きなパンケーキを献上するしかなさそうですからね。
「ルプスト達は今回も?」
「うん! もちろんルヴィアと近いところに行く!」
「と、姉が申し上げておりますのでえ……」
「なら今回は最前線に繰り出しましょうか」
まあですよね、という返答でした。先程自分で自己紹介してましたし……
そこは納得できるのですが、逆に私の返答に二人が驚いているようでした。
「あー……まだカメラを避けてるの?」
「純粋に前に出たいから、という方が大きいのですが……まあ、ベータの時散々避けてたのがちょっと癖になっちゃいまして」
「習慣化しちゃったのねえ……」
「別に映るのはいいんですけれどね……やるならもっと派手な時とか、紛れやすい時にとか」
「もしくは映った方が利が出る時?」
「正解」
本当に癖になっちゃっているんですよね、カメラの視線を避けるの。なので、今後も出来るだけ離れて動く事になりそうです。
むしろルヴィアの方はプレイヤー代表としてのイベントが挟まる事が多々なので、そちらはそちらでイベントを見れるので私は別口のイベントやストーリーを追えるから、というところですね。
もちろん先程口にした通り、私が映る……つまり、同行することで何かしらのイベントが発生するのであれば同行する、ということです。
ジュリアと昼夜別々で活動しようということになったのもこれが起因しています。気を利かせてくれたのでしょうし、ジュリアもジュリアでお話が好きですから。
「じゃあ、今回の戦場は別々ねえ」
「後方が危うくなればすっ飛んでいくつもりですから、そこは安心してください」
「クレハは前線で無双してそうだけどねー……」
「あ、あはは……では、私は一度王都に戻って薬の補充をしますので」
「うん、いってらっしゃい。そろそろ夕飯なの忘れないようにねえ?」
「……もうそんな時間でしたかー……」
次回、万葉防衛戦イベント。
さり気に新はくプレイヤーが二人新登場、意外と斧持ちと弓持ちっていなかったんですわ。
(スイセン氏との会話から)