75.こんばんは、夜の世界
「これが、夜世界ですか……」
「なんだか唐突に東から西へと旅行に来た感覚ですわ」
《昼王都・天竜街》の《転移門》を通り、この《バージョン1》の目玉である《幻双界》のもう片側……《夜王都・リベリスティア》へとやってきました。
ゴシック建築の建物が立ち並ぶ中、城を中心として東西南北に走る大通りに沿って無数の雑貨店が立ち並び、まるで迷路のように張り巡らされた路地とまた《天竜街》と違った街の造りとなっています。
《転移門》を経由してやってきた私達は西大通りの夜世界転移門前広場に出て、まずは一路王城へと向かって歩き始めることになります。
「夜世界最初の地域名は……《ヴァナヘイム》ですか」
「欧州モチーフだからでしょうね、おそらくは……」
「えぇ、北欧神話のユグドラシルから伸びる国々の名前から取ってあるのでしょう」
「昼世界に世界樹があるのに、という野暮な事は突っ込み止めておきましょうか、《九津堂》ですし」
「ですわね。何かしらの意図はある程度ありそうですもの」
空を見上げれば、建物の間からは様々な大きさの星々に彩られた星空と、丸く大きな月が照らし。
夜の通りは蝋燭を入れられたランタンの街灯によって通りが照らされ、《幻双界》で元より活動する冒険者達や《来訪者》に客寄せの声を上げる雑貨屋が立ち並び。
昼界よりも様々な人種による雑踏。とてもいい気分で石畳で舗装された大通りを歩いていられます。《昼世界》も風情があっていいのですが、こちらもこちらでとてもいい雰囲気。
そんな風に街並みを見渡せば、中世ヨーロッパ……それこそファンタジー色の強い世界になっているのがはっきりと見てとれます。
街の外へと出れば《ゴブリン》なんかもいるとか。ガチガチにファンタジーライクをしたいのであれば夜世界を冒険するのが雰囲気的にいいのかも知れませんね。
ただ、常に薄暗い夜闇の下で戦わないといけないために、やっぱり昼世界よりは戦闘の難易度は格段に上がってしまうそうですが……
「がっつり夜世界のお城ですね。古城のように感じますけれど、結構綺麗にされているようで」
「風情もあって、夜側を知るにはぴったりだと思いますわ」
それは後として、王城……リベリスティア城前の広場へと到着。やはり《夜世界》の物語が動くという事で、見物に来た人は少なくないのでしょう。
色褪せた石煉瓦を積み上げられて作られたであろう王城は、懐かしい最初のCMの時に見た城そのもの。であれば、その城主は……覚えのとおりであれば間違いなく黒衣の吸血鬼。
その正体はさてさて一体……というところで、期待しながら眺める事にしましょうか。そろそろ時間まであと五分を切ったところですから。
「……もうそろそろ……」
「始まりましたわね。ああ、やっぱり」
「CMの時に見た女性ですわね。少し遅れた登場ではありますわね」
城を見上げて待っていれば、バルコニーに黒衣を纏った女性が姿を見せました。同時に、この場にいた《来訪者》全員がムービーシーンへと入り、その女性へとカメラがフォーカスされます。
金髪に豪奢な黒いドレス。ヴェールに隠れた瞳は鮮血色が如く赤く、肌は長く日に当たっていないかのような色白であり……何よりも大きく目を引くのは、その手にある黄金の槍。
細かな無数の文字が柄に掘られたそれは異様な存在感を放つ傍ら、それを持つ女性、恐らくこの《幻夜界》の主がその口を開きました。
「《来訪者》達よ、この《転移門》を解放し、この《幻夜界》への道を拓いた者達よ、歓迎する。
妾の名は《ステラニシア・レイシルト》。この夜の世界を管理する神であり、《綾鳴》と共に其方達に救世を願う者である」
夜界の神様ステラニシア、ステラ様と呼ぶことになりそうですね。流星の名を冠しているあたり、ぴったりかと思います。
大槍を杖のように扱い、その石突を地に立てながらステラ様は言葉を続けます。
「差し当たっては、まずはこの《夜王都リベリスティア》の属する地……《ヴァナヘイム》の地の奪還を願いたい。
其方たちがこの世界に降り立つまでに多くの地が汚染に蝕まれてしまった。差し当たって取り戻す為の最初の一歩として、夜界に住む妾達の願いとしてまずこの地の奪還を目標として欲しい」
〔夜世界の目標が更新されました:ヴァナヘイムの地を奪還せよ!〕
「まずは《ヴァナヘイム》ということですわね……」
「えぇ。現実で言えばイタリア半島とその近辺と言ったところでしょうか」
「関わりがありそう、といえばギリシャ系ですわね……まあ、《九津堂》であれば色々な要素を盛り込んでいるので何が来るのかはさっぱりですが」
かなり大雑把な目標ではありますけれど、思い出せば《バージョン0》の時もこんな感じだった気がします。
あの時は王都に向かえ、でしたか。結局一週間掛かって到着しましたが……正式版(バージョン1)ではこの最初の目標の達成にどれだけ掛かるのでしょうか。
もっとも、まだバージョンタイトルも発表されていないので、ストーリー自体が始まるまでも結構長そうな気配はするのですけれど。
……そういえば、昼世界側もまだ発表されていませんでしたね。ストーリーの進行自体は初心者達が慣れるまでの期間の後に本格的に動き始めるのかも知れません。
「奪還のためにはまずは王都周辺の町村の問題を解決し、狂暴化した多くの魔物達を取り押さえることが目標となろう。
具体的な指針が判明した折には、再び令を発する。それまではよろしく頼むぞ《来訪者》達、我らが救世主達よ!」
声を大きくして私達へと伝えれば、ステラ様は一度礼をしてからバルコニーから城内へと姿を消しました。それと同時にムービー状態は解除、身体の自由が戻ります。
途端に、周囲が騒いてステラ様の言葉に従い街の外へと駆け出す者、情報を集め始める者、支度しに行く者……様々な人の動きが出来上がり、城の前の広場からはあっと言う間に人がいなくなりました。
途中、フリューあたりが人の波に呑まれた悲鳴が聞こえた気がしますが、きっと気のせいでしょう。
「……私達も動きましょうか」
「ですわね、まずは冒険者組合……でよろしいのでしょうか?」
「はい、確か城と冒険者組合の橋渡しをしているのでしたね、彼女は」
私達も行動を始めましょうか。まずは……《神奈》さんに教わった、このヴァナヘイムのサナとの接触からですね。
聞いた通りであれば王城と冒険者組合を往復する使用人の少女であるということ。それ以外の情報が全くないので出逢えたらになりますが。
もうひとり、既に判明しているサナである《フィア・セルナージュ》ですが……
「フィアさんは街の外で活動してらしているそうですから、またの機会ですわね」
「少し残念ですが……まあ、ジュリアが遭遇して機会があれば呼んでください」
「わかりましたわ。何時になるかは全くわかりませんけれど……」
彼女は……いえ、彼女"達"は掲示板の民によると、このリベリスティア周辺で冒険者組合のクエストを受注している場合のみ……ランダムなプレイヤーパーティに参加をしてくるのだそうで。
もちろん彼女達は複数いるわけではないので、参加中は他のパーティに申請が飛ぶことはないそうですが。ジュリアもそれを狙うのでしょうから、とりあえずの行き先は同じですね。
達、と付けたのはベータテスト最終盤に共に現れた猫人である《火刈》さんが示したとおり、フィアさんも《サナ》の一角でつがいがいたからです。
「確か、セレニアさんと一緒にいるのでしたわね?」
「調べた通りでは。むしろ、二人一緒に行動してるようですから」
同行する彼女の名前は《セレニア・セルナージュ》。こちらは修道女のようなフィアさんに対して攻撃特化の魔術師なのだそう。
フィアさんとセットで後方から強力無比な魔術が支援として飛ぶため、初心者組には喜ばれているとかなんとか……まあ、完全にランダムだそうなので、ジュリアにも機会があるでしょう。
石畳のメインストリートを歩き続けていれば、一際大きな木造の建物が見えてきました。大きな看板に書かれている文字を読めば、あれが冒険者組合のようです。
ちらほらとプレイヤー達が出入りしている姿もあるので間違いないでしょう。ついでに近辺にいる魔物……まあ、Mobの情報も仕入れられればいいですね。
ゴブリンを代表とするファンタジーでよく見らるモンスターがなどが出没するそうですし、何より冒険者組合でしか知れないレアMobの情報もありますから。
……事実、最初に登録して以降行ってなかったので掲示板で知った事ですが、近辺に湧くMobの情報の大半はそこで知れるそうで。ただ、あの三番道路のレアだった《クレイジーボア》の情報は無かったのですが。
「やっぱりプレイヤーの数が増えれば……」
「ごった返しますわよねえ。お姉様はゆっくりしておいてくださいまし」
まずは受付を、と考えていればずらりと並ぶプレイヤーの列。NPC達は適当な座席で座って飲み食いをしたりして、それからここ離れて……を繰り返していますね。
並んでおくのは当面此方で活動するジュリアだけでいいので、私は列から少し離れた位置に。少し店の中を眺めていましょうか。
「……ふむ、ふむ」
やっぱり店内の様相も昼と夜で大きく違い、洋装で天井には魔術か何かを原動力にして回るシーリングファンや、これもまた魔力を原動力にしたランプも設置されているので雰囲気もばっちりですね。
冒険者組合らしく、NPCの方々にはお酒も出ているようです。クエストボードには様々な依頼が張られ、プレイヤーも冒険者も問わず並んで眺めているようですね。
《バージョン1》から重要NPCの苗字が表示されるようになったのですが……この中にはいないみたいですね。まだ来ていないということでしょうか。
ちなみに私達やルヴィア、その他二つ名が付いているプレイヤーもこれで見えるそうです。私達もルヴィアも表示はオフにしていますが。
「おや、あれは……」
じっくりと組合の中を散策していれば……おや、ネームタグが付いた子が組合に入ってきました。名前は……なるほど、確かにこれは知っていれば分かりますね。
クエストボードの前から離れて、組合入り口で大量の封筒束を抱えているちんまりとした金髪のメイド少女の前へ。
……と、私が近づくと躓いて書類束の封筒をぶちまけ……ぎっしりと詰まっていただろうごつごつの封筒が私の頭に直撃。痛い……
さて、初めての夜界です。スイセン氏の後書きでも触れられていましたが、夜界、特に王都の雰囲気のイメージは『騒がば踊れと虚無の国』(HaTa)となります。
まあガスランプではなく魔術火のランタンなのですけれど、それくらい活気のある夜の国です。
初登場したステラニシア様、通称シア様またはステラ様ですが、こう見えて綾鳴並みにすごいぱぅわを持ちます。
でも神様属性なので千歳姫には追いかけ回される模様。
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