74.《唯装》試し振り
翌日、今日もお昼過ぎからログインとなります。午前中はちょっと走り込みをしてきたので、身体の方にはちょっと疲労がありますが。
午後にフリューが田舎料理を習うそうなので、その材料の買い出しですね。おばあちゃんが久々にやる気一杯でした。
「……つくづく《来訪者》は不思議……綾鳴様と話す機会があれば聞いてみなければ……」
「おや、神奈さん。そんな間近で……ええっと、一体何を」
「観察。《来訪者》はつくづく不思議な法則を使っているから、つい」
ログインをすれば《他無神宮》からのスタートですが、目の前に神奈さんの姿があり、私を興味津々に見つめていました。
……そういえば昨日のやり取りの中で、研究がどうの、って言ってましたもんね。私達のような異世界の人はどうしても気になるのでしょうか。
実際どんなものか教えておきましょうか。ジュリアもシャワー浴びてからと言ってましたし、神奈さんも興味津々でしょうし。何より少し話してみたいですし。
「……力尽きたら《緊急退避》術式が起動して街に戻されると」
「はい、私達も貴重な戦力でしょうから、まあその死ぬことはないようにという措置かと」
「その点は他の異世界から渡って来た人達とも違う……綾鳴様が考え付いた術式、やはり研究のし甲斐が……」
「他にも私達のように異世界から来た人たちが……?」
「いる。もう逢ったと思うけれど、《遮那姫》や《フィア》もそう。《サナ》への選出は本当に不特定が過ぎるから」
「……それは少し、意外ですね」
話していれば、早速の爆弾のごとき情報が飛び出て来ました。しかも《サナ》であるお二方が、ですか。
遮那姫さんと言えば私と手合わせをした鬼族の侍の方ですね。フィアさんはベータの最後に夜側から現れた方で、神官服に身を包んだ方……でしたか?
ともかく今は頭の隅に留めておきましょうか。なんだかこれ、とても重要な話に繋がって来そうな気配がしますし。
「特にフィアは《女神》候補生として別の世界から修行の為にこちらの世界に派遣されたらしい。確かに、潜在能力だけ見れば未知数」
「《女神》……ですか、あの子が」
「サナの力は振れ幅がとても大きい。夜王都の吸血鬼のような最低限度しか力を持たないのもいれば、あの大百足の様に神喰い蟲もいる。実に複雑怪奇」
力の差があるというのは小耳に挟んでいましたが、戦闘能力のあるなしにまで絡んでくるとは……女神となると、スケールが大きいですね。
というか、そうなると紗那様が一番戦闘力がなさそうに見えますが、そうでないとなると……ちょっと嫌な予感がしてきました。
夜霧さんから聞き及んだ話に寄れば、紗那様は《魔力汚染》を受けて臥せり、夜霧さん自身にもその影響が及んでいるとのことでしたね。
となれば、《陽華》さん達《八葉の巫女》達のように近いうち彼女達と本当に交戦をしないといけない可能性がちらついてきました。本当に可能性ですから、今はまだ確定とは言えないのですけれど。
「夜王都にも《サナ》がいらっしゃるんですか」
「確か、普段は城でメイドをしていると聞いた。女王の使いとして冒険者組合と毎日行き来しているそうだから、運が良ければ会えるかも知れない」
「覚えておきますね。会えたら是非話してみたいものですから」
「多分、ジュリアと波長は近い……たぶん」
「たぶんですか……」
むむむ、となればこのあと試し斬りを終えたら《夜王都》の方へも行ってみましょう。
おそらくジュリアはこの後は夜世界を中心として動き始めるでしょうから、しばらく別行動になるのでその見送りも兼ねて、ですね。
一通り話をし終える頃にジュリアがようやくログインしてきました。
「お待たせいたしましたわ。やっぱりフリュー姉様は料理の才ありすぎでは」
「それはおそらく全部ルヴィアの為ですよ。ということは、何かつまんできましたね?」
「……熊肉のスライス焼きを一切れほど。しっかりと味が付いて美味でしたわ」
「いきなり熊肉と来ましたか……」
「夕飯は牡丹鍋だそうですわ。夏場だというのに」
「まぁまぁ、精が付きそうですからいいのではないかと」
フリューの料理、順調のようですね。というか牡丹鍋とは……たぶん、熊肉と猪肉が入り混じったものになってますね。
ジュリアと作り主のフリューがよく食べるので食べ残しは無さそうですね。もしかしたら本格的に作って味を覚えさせるところなのかも知れませんけれど。
ログインしてきたところでさて。いよいよ試し振りですね。
「それじゃあ神奈さん、試し振りをしますが……」
「うん、見せて欲しい」
神宮を出て、その手前にある肉ロードへ。相変わらず強力なMobが闊歩してますが、レベルが上がるようになってしまえば相手をしなれたこちらとしては狩り場です。
昨日も突破の内にレベルが少し上がり既に30を超えて完璧に一線、最前線でもちょっと頭抜けたステータスになっています。
近くに大兎が寄って来たので、こちらを相手取りましょうか。属性は……火ですね。
「では、先ずは私から……《八卦・水》」
頂いた《唯装》である白雲を抜き、その刀身を改めて見ます。曇り無く磨かれた刀身と纏う気配が、暗に力を宿したものだと示しているようです。
そこに《八卦》によって水属性を纏わせれば薄い青の輝きと共に刀身を水が包み込んでいき、まるで水の刃の様になって固まりました。
「以前の《鉄刀》でも薄く纏っていましたが、白雲だとはっきり分かりますね……」
「母様は自然の力を隆起させる力を持つから、しっかりと武器の方にも特性が出ている」
「ということは、私の槍が他の属性が使えないのもツィルさんの影響ということですわね」
「そうなる。特化させる分強力になる筈」
そういえばサクさんの力は《根源隆起》というもので、これを使って大自然を操る応龍らしさを出していた……んでしたね。
実際にそれっぽい様を見たのが開門のイベントの時だけなので、あまり実感は湧かないのですけれど。
今考えて見れば《八卦》といえば占いにも使われる事が多いですが、源流として見れば自然を八つの属性に当て嵌めたものでしたね。
自然の力を振るうサクさんの力である《根源隆起》も準じたものということでしょうか。であれば、サクさんの龍牙から作られた白雲が自然八属性の《八卦》を強化すると考えれば納得できます。
さて、とりあえず振ってみますか。加護があるのですから、どれだけダメージが伸びるのか気になりますし。
「……《行月》!」
距離を慎重に詰めて、一気に踏み込み。振るう刃は水面のように揺れ、透き通るような刃の一撃が大兎へと振られ。
水の刃が大兎を叩き斬り、大兎の体力ゲージはそのたった一撃で四分の一を削り取りました。驚きに気を取られる前に、そのまま《月天》へと繋げます。
まるで水が舞うかのように四連続の斬撃が続け様に炸裂し、残りの体力も容易く削り取りました。
「綺麗。まるで舞のよう」
「ありがとうございます……それにしても」
「威力が一気に跳ね上がりましたわね、以前とのスキルレベルやレベルも考えてもかなり……」
「はい、白雲自体の威力もあって、かなりダメージ量が跳ね上がっていますね。前はこれにあと四発か五発くらい加えないと駄目でしたが」
「さすが母様の力。目を見張る威力」
「これ、私も振るのが楽しみになってまいりましたわ」
以前はレベル差があり、かつスキルレベルも上限だったのでかなり苦戦しましたが、その差が緩くなった分を差し引いても威力が相当上がっています。
結構な強化が掛かっている、と見ても間違いはないでしょうね。もっと色々試してみないと細かくはわかりませんが……
となれば、もうひとつ今試しておきたいことが出てきます。というわけで、手近な火属性の大兎の探し……
「いましたね……《波濤》!」
放つのは水属性を纏う事で変化した《三日月》である《波濤》。振り下ろされた刃に沿って放たれた、以前よりもはっきりと見える水の刃が直撃し、今度は一発で四割ほど体力を削りました。
こちらは純粋な属性攻撃であり、《八卦》の影響が強いのかかなり強化されていますね。おそらく《薄月》と同じほどだとは思いますが、使い勝手が良い分これは便利ですね。
接近してきた大兎が体当たりを仕掛けてきますが、それに《居合術》のカウンターを合わせて両断。地味にカウンターの方も強化が入ったのでしょうか、威力が少し高いような。
「姉様に遠近両方が揃ってしまうと、私ももっと綿密に考えて攻め立てないといけませんわねえ」
「《竜眼》を使いこなせばそれも容易くなる。頑張るといい」
「と、言われるということはまだまだということですわね」
「更に上の《火魔術》が出て来ていますからね、そう言われるのも当然でしょう」
「認めて貰うにはまだまだかかりそうですわ。さて、お次は私ですわね」
試し切りを終えた私は《八卦》を解除してジュリアと交代。では見せて貰いましょうか、《火槍プロメテウス》の力を。
ジュリアは翼を羽ばたかせて《飛行》へと移り、目星を付けた風属性の大牛へと向けて先ずは超高速の域に達しかけている《ダスクラッシュ》で先制。
一瞬のうちによる一撃を貰い、軽い混乱を起こしながらも攻撃してきたジュリアを見定めるなり、巨体を震わせて対峙するように構える大牛。
「では、いきますわ、よっ!」
翼をもう一度、今度は大きく派手に羽搏かせて直上へと飛んでの急降下―――《ハイジャンプ》、そしてその槍先がどっしりと構えた大牛に直撃するのと同時に《フレアプロード》。
以前公式配信での《決闘》の際に見せた《竜眼》と跳躍系《槍術》の合わせ技"バーストダイヴ"。唯装の効果で《竜眼》の威力も直接の威力も相当上がっているようですね。
特に炸裂した《フレアプロード》の爆発力は以前よりも大きく増し、純粋な魔術使いビルドの放つそれと大差なく、或いはそれ以上の破壊力になっている様子。
そんなものが直撃した大牛はというと、体力の七割を大きく減らしながらもなんとかまだ体勢を維持し、着地したジュリアへと突進を仕掛けてきます。
「《バーニングアロー》、これでトドメですわ!」
が、それも計算の内だったのでしょう。《バーニングアロー》の《連唱》展開をとっくに終えて弾幕を形成し、残り三割を一気に削り取るような連射を仕掛けました。
全弾直撃を喰らった大牛は香ばしい香りを立たせながらその場に崩れ落ち、ジュリア自身はガッツポーズ。貰う前にやり合った時よりも手数がとても減っていますね。
やり終えたという顔でジュリアも飛行を続けながら私達のところへと戻ってきました。
「お見事。そこまで使えているなら、きっと完全な習熟も早い」
「大先輩にお褒め与り光栄ですわ。もう少し詰められるところもありそうですし、頑張ってみますの」
「それはとてもいい。槍の扱い方もよく出来ている、叔父様にはほど遠いけれど」
「叔父様……悠二さんの事ですね」
「正解。一度戦ったことがあると聞いている、本気の片鱗も見せていないと思うけれど」
「そのうち槍術を教えてもらえる事になっていますけれど……何時になるやら」
「そう遠くはない。頑張って鍛錬を積めば、その入り口くらいは教えてくれる。はず」
「はず……うーん、遠いですわねえ」
案外私にも通じる話なのですよね。《遮那姫》さんに剣技を教わる事にもなっていますから。
して、雑談を繰り広げていればフリューからフレンドメッセージが届いているのに気づきました。何やら……ほう、これは少し急がないといけないようですね。
内容はもう少しあと、一時間後くらいに《夜世界》でのグランドクエストが動くとの事。《昼世界》はまだ動く様子がないですから、おそらくずらして進むようにでもなっているのでしょうか。
「ジュリア、《夜世界》でイベントが進むようですよ」
「おっと……それなら是非見に行かないとですわね。《唯装》を受け取った事ですし」
「そう、もうそんな時間。きっと、夜世界の女王がお目見えする珍しい機会だと、思う」
「そんなに珍しいのですか?」
「うん、とても珍しい。普段は舞台裏から世界を眺めているような人だから」
そういえば、以前さんがこっちに戻るにあたってその方の力を借りたと口にしていましたね。
となればおそらく……唯の予想にしか過ぎませんが、二つの世界を渡らせるということはひょっとして《転移門》を作った方に当たるのでしょうか。
イベントが終わったら《昼世界》に帰る前に情報収集ですね。神奈さんから聞いた、あちらの王都に住むサナについても気になりますから。
「じゃあ、二人とも元気で。たまに遊びに来るといい」
「その時は是非に。また近くに寄った時は覗きに来ますね」
神奈さんと別れ、私達は一路イベントがあるという《夜王都》へと向けて出発するのでした。
《八卦強化》も《竜眼強化》も双方の強みを底上げする効果です。成長余地もあるのでどんどん強くなります。
次回はこちらでも初の夜世界へ。持ちキャラ的には夜の方が多いです。フフフ。
では、もし面白い!今後に期待するぞ!と思ってくださった方は評価、ブックマーク、そして更新通知をぽちっとしていただけると大変嬉しく思います。