72.肉ロード、ふたたび
さて翌日。久々の朝稽古を終えて、午前中を皆とだらだらとレポートをして過ごしてからのログイン。
昨日のメッセージの内容は、ベータの最後に言われた物が出来上がったので受け取る為に《他無神宮》へ来てほしい、とのこと。
その為には《他無神宮への道程》こと肉ロードを突破しないといけない訳で……ああ、肉ロードと名付けられたのは予想通りですが、様々な肉が取れるからと。
「さて、行くとなるとこの道中……大分短くなっているとはいえ、まともにやると丸一日は掛かるそうですね」
「それにレベルも据え置きだそうですわ。何とか隠れて逃走を繰り返して神宮に辿り付いた人もいるそうですけれど」
「……となると、最後の全種による大量の出迎えも相変わらずということですね」
「ま、あのあたりはまだ倒せる人が少なすぎて、高価で取引されているそうですわよ。今後の資金稼ぎに如何?」
「そうですね、貯蓄を少し作っておくのも悪くないかもしれませんし……」
相談をしながらかつて《悠二》さんと《遮那姫》さんに見送られたあの隠れ道へ……と、思ったら様相は一変していました。
遠い昔のように思えるかつて最初のレイドボスであった大きなウサギと戦った広場、《四方浜》への道と《王都》への道の二つしかなかったはずですが、ひとつ大きな道が開いていました。
「……隠れ道の場所、でしたわよね」
「はい……歪められていた道が元通りになって、隠れていた道が広がった……ということでしょうか」
その道の先には少なくもない適正レベルのプレイヤーが進み、湧いてくるMobと戦っている様子が遠目に見えます。
道幅も普通に歩けるだけの通り道が出来ており、《夜霧》さんから聞き及んでいた元々参道だったという話に従えば、元通りになった……ということでしょうか。
以前は隠れ道となっていた場所は獣道だったのですが、現在だとちょっとした林道になっていますね。
「これなら色んなプレイヤーが見つけて潜っていくのもわかるというか」
「私達以外でも特攻する勢いで抜ければ確かに奥地のMobぐらいは拝めますわね、そこから肉ロードと呼ばれてもおかしくないというか……」
「そんなところでしょう。肉類に関してはコシネさん達にここの事をある程度話していたので、もしかしたらそこからかも知れませんが」
何時までも様子見として立ち止まっている訳にもいかないので、進んでみましょう。
道が短くなっていても目印としての《八葉の巫女》の祠はあるそうですし、まずは《稲花》さんの祠を目指して。
広くなった分歩きやすさがありますね、さくさくと進めます。そして……《索敵》に反応。
「早速湧きましたわね?」
「熊二種に狼、それに柿頭と以前と変わりないですね。さくっとやってしまいましょうか」
「わかりましたわ。では、早速……」
《フォレストベア》、《クレイジーベア》、《フォレストウルフ》に《タンコロリン》。以前の通りであればここから二つ目の《桜草》さんの祠までこの組み合わせが続きます。
襲ってきたのは森狼が三匹と狂熊が一匹。柿頭と森熊は他のプレイヤーが戦っているようなので、向かってきたものだけ処理をしましょうか。
レベルの方は25から30、かなりばらつきがありますがこれも以前通り。ベータ組からするといい塩梅でしょう。
……まあ、以前のままなら、なのですが。今回は他のプレイヤーもいるため、僅かに湧きが増えているんですよね。前回にはなかった事故には気を付けないと。
「……《八卦・火》」
「よしっ、ではいきますわよ!」
《八卦》を起動し、愛用の《鉄刀》に火属性を纏わせます。熊と狼、どちらにも効く判断をしてのことです。
ジュリアは変える必要が無いので槍を取り出し、くるくると回しながら構えてこちらを見つけた先の四体のところへと先に跳躍しての攻撃を仕掛けに行きました。
以前よりもより高く、そして翼による羽ばたきも合わせて高空へ。そこから槍を構えて狂熊へと狙いを定めての急降下。
「《ハイジャンプ》!」
「っと、一撃で大半を持って行きましたね……!」
もはや流星のような派手な急降下であり、その穂先は綺麗に狂熊の額を叩き割って七割強を一撃で持って行きました。突然の事に群れが動揺し、その隙にジュリアは《竜眼》による《フレイムスロア》で追撃。
《ハイジャンプ》はジュリアが槍のスキルレベル50を達成させて習得した大技。以前の《ジャンプアタック》よりも速度が乗るので使う側も慣れるまで怖いとか。
それにしても昨日に三度四度使っただけで慣れてしまっているのですが。まあ、《飛行》の慣熟の際に直角飛行をしたりしていたので、もう慣れてしまっていたのかもしれません。
さて、魅せてくれたので私もお披露目しましょうか。《居合術》のスキルレベル50のアーツを。
「……《瞬歩》からの……」
先ずは狂熊が倒されて狼狽え、動きの止まった狼の群れへと距離を詰めて。範囲の内には二体、《新月》を使って威力を跳ね上げ。
「《剣閃一刀》……!」
刀を納めた鞘を強く握りながら構え、溜めと同時に踏み込み……一瞬の間を置いて火炎を纏った一閃が煌めき、更に一歩踏み込めば先の二体の狼は一刀両断。
斬り飛ばした狼の亡骸が宙を舞い、それを見た残り二体が襲い掛かってきますが返しの刃の《薄月》からの連撃で一体を、残りのもう一体は飛び込んできたジュリアが仕留めました。
「昨日も見せて貰いましたけれど、絶対に喰らいたくない一撃ですわね」
「溜めと踏み込みもあるのでそれを見越して繰り出さないと避けられますが」
「……でも当てるのでしょう?」
「当然。むしろ私が時々していた動作に近いですからね」
《居合術》のSL50で習得する必殺剣《剣閃一刀》。挙動は先に見た通りですが威力は《斬月》よりも高くなっています。
その分扱い辛さはあり、溜めの動作が必要な事と踏み込むのが前提動作になるので若干の使い勝手の悪さと当てづらさはあるのですが、相手が動きを止めていればご覧の通り。
《新月》を交えればその破壊力は更に倍ドン……HPの少ない狼であれば余裕のオーバーキルであり、タフな熊でも先のジュリアが繰り出した《ハイジャンプ》の直撃にも引けを取らないでしょう。
体の慣らしは昨日終えたようなものなので、このダンジョンの攻略は戦闘の勘を取り戻す慣らしになりそうですね。
「この辺り見慣れた道ですからね、どんどん進んでいきましょうか」
――◆――◆――◆――◆――◆――
襲い来るMobを返り討ちにしながら半時間ほど進めば祠が見えてきました。以前と違い、かなり祠と祠の間が短くなっているようです。
そして、何よりも……この祠の主であった稲花さんが救出された事で、以前とは祠の様相が完全に変わっていました。
「わぁ……」
「以前とは大違いですわね……」
寂れた様子だった祠は綺麗に、傍にあった小さな水田には青々とした稲が並び稲穂が風に揺れており。
土肌の多かった地面は草花が生い茂り、まるでこの祠自体が活気を取り戻しているかのような。
祭壇にもお供え物がありますね。たぶん触れてはいけないのでしょうけれど……御餅のようで、近づくと減っていた体力が全快しました。
「これなら他の祠も本来の姿になっていそうですわ」
「以前も《蓮華》さんの祠だけ綺麗でしたけれど、バージョンボスから救出されて《八葉の巫女》が全員揃いましたし」
「なんだかこうした変化があるとやり遂げたーって感じがしますわ」
「まったくです。進むのも楽しみになるくらいにはですね」
ということは、寂しさのあった他の祠も本来の姿を取り戻している事でしょう。実際に目にするとジュリアが口にした通り、成し遂げた感がありますね。
こうして小さなところにでも救った後の変化が出始めると、プレイヤーの立場から見るととてもこう、こみ上げてくるものがあります。
一つ何か物足りないとすれば……いつもいた《夜霧》さんの姿が無い事でしょうか。あれほど場に合った存在がないと、何か寂しいですね。
「祠の間が短くなっているのも確かめられましたし、頑張れば今日中に突破は出来そうですね」
「流石に受け取ったらログアウトしないといけない時間になりそうですので、実使用は明日になりそうですわ」
「それはそれで仕方ないですが。となると、明日に肉集めとレベリングになりますか……」
「前よりも道が短くなっていますし、祠ごとに《転移》も出来るようですので帰りは以前よりも楽ですけれども……」
「ですね。《転移》での行き来が出来るのならレベリングするならやっぱり……」
「最後のところですわねえ……」
もう一つ祠が解放された利点と言えば、このダンジョン内では祠ごとに《転移》が出来るようになっているということ。
それでも入り口のセーフティから稲花さんのこの祠まで、陽華さんの祠から《他無神宮》までの間は自力で歩く必要がありますが。
なので、事実上最後のMobラッシュはどうしても都度越えないといけない様子。ある意味では、各祠を拠点にレベル帯を調整してレベリングが出来るということ。
私達であれば時間は掛かれど、最後のところでパワーレベリングをしても良さそうですね。肉自体も需要がありますから。
「となれば、さくさくと進んでしまいたいですわね」
「ですけれど、結局……多分蓮華さんの祠あたりからは格上が出て来るので、そこからは手間取りそうですね」
「確かに……槍でだけだと少し大変なのですよねえ、牛が」
「まあ、先に貰うもの貰ってからの方がいいでしょうから、出来る限り早駆けして先に《他無神宮》を目指しますか」
「ですわね。あまり待たせすぎるのも良くないですものね」
一休みしてから立ち上がり、ゆっくりと背伸び。先の祠の場所は割と人がいましたが、ここから先はかなり減る様子。
自分のレベル以上の相手だと、ある程度のスキルが無いと簡単に《緊急退避》してしまいますから。そこ、私達がおかしすぎるなんて言わない。
フリューとルプストは昨日意気揚々とここに挑んだそうですが、五番目の祠である蓮華さんの祠で止まったようです。どうにも猪と兎の群れとは相性が悪かったそうで。
またレベルを上げてから挑戦するそうなので、こっそりと応援しておきましょうか。
「しかし、物好きも多いものですわよねえ」
「この一帯、明らかに格上に溢れてますからね。それでもなお突撃するというのはなかなか肝が据わっているというか」
「初日に踏破したという話が出た時は驚きましたわよ。殆どのMobから逃げ回ったそうなので、真っ当と言えるかは謎ですが」
「それですねー。踏破しても神宮には入れなかったそうですけど」
「言われてましたわねえ。確か妖精の方でしたか?」
「ええ。鉄を打つ音はしたけれど、門は閉ざされていたと。おそらく《唯装》を作っていたのでしょうけれど」
「だとすれば……今は入れるかも知れませんわね」
「だといいのですが。とりあえず人がいるうちは《飛行》で突っ切りましょうか」
「賛成ですわ。時短にもなるでしょうし」
祠から出て、次の道へと足を踏み入れながらの雑談。周りにも戦っている人がいるので、そこまで密集してもいないためすぐには襲い掛かってくることはなく。
お互いに《飛行》を使いふわりと浮き上がれば、Mobとプレイヤーの間を縫って飛んでいきます。飛行できるとすいすい進めるので楽ですね。
掲示板で突破の報告をしたのは確か《バージョン0》でのグランドミッション《生い茂り過ぎた樹海》で先行偵察をしていた妖精の方だと聞きました。
その時の経験を活かしての突貫をしたのでしょうけれど……突破まで出来てしまうとは。
書き込んだ本人も予想外だったとは言っていましたが、今のところであればそこから行けるのは神宮以外に無く、骨折り損だったそうですが。
一応、神宮のスクリーンショットと私達の配信のアーカイブから試験を受けた場所だという情報が出回ってからは色んな人が突破に挑戦しているとか。
もしかしたら《龍人》あるいは《竜人》への進化に関与する場所になるかもしれませんからね。人気も高いですから当然といえば当然でしょうけれど。
「お姉様、少し飛ばしましょうか」
「ですね。なんだかんだと時間も掛けるのは良くないですから」
飛行速度を上げ、狂い咲いた桜のあった《桜の祠》をあっと言う間に通り過ぎ。ここも綺麗になったものです、と一瞥しますがすぐに次の道へと入ります。
ここからは敵の種類が変わり、大鹿に追い回されるプレイヤーの姿もちらほら。とは言っても、かなり人の数は減っているようですね。
レベルも大きく差が開いてしまうと大ダメージを覚悟で戦わないといけませんし、それなら手前でレベルを上げてからの方がいいですから。
このペースで進むことが出来れば夕方前くらいにはなんとか《他無神宮》に着きそうです。道が元通りになっているので次の祠がすぐに見えてきますから。
それでも到着するまでにそれなりに時間はかかりますし、途中からは徒歩になるので……夕飯に間に合うといいのですけれども。
新アーツのお披露目でした。なお道中は予告通りものすごく短くなっています。
祠の象徴する草花は一年中咲いているそうです。珍しい稲の花も狂い咲の桜もいつでも見放題!
……というわけにはいかず、実は担当の巫女が体調を崩すとへにょります。残念。
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